先日、そんなあつこちゃんに「二人で飲みに行こう」と誘われた。千住を開拓するのもいいし、神楽坂に行きつけの店もあるという。「どこがいい?」と聞かれ、千住界隈で飲むことに息苦しさを感じていたわたしは「神楽坂!」と即答した。

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あつこちゃん行きつけの店は、『BEER BAR Bitter』というクラフトビール専門店だった。薄暗い店内はまさに大人の隠れ家。ドキドキしながらメニュー表を見ると、なんと1杯1500円もする。普段、1杯200円や300円の酒ばかり飲んでいるため、思わずメニュー表を閉じそうになったが、あつこちゃんに「ここは出すから気にせず飲んで」と言われ、1500円のクラフトビールを注文した。

正直、酒の味などわからない。しかし、「神楽坂のお洒落なバーでお洒落な友人とお洒落なクラフトビールを飲んでいる」というシチュエーションにのどを潤した。こんなにうまい酒がこの世にあったのかと驚いた。

次に向かったのは、『スナック BOUQUET』。1時間1500円で、飲み放題、歌い放題というリーズナブルな店だ。あつこちゃんが越路吹雪の「ラストダンスは私に」を歌うと、可愛いミラーボールがキラキラと店内を照らした。「貴方に夢中なの いつか二人で 誰もいない処へ 旅に出るのよ」――。歌も酒も人も、なにもかもが素晴らしく、いつか天国に行くことがあれば、そこはこんな場所であってほしいと願わずにはいられなかった。

あつこちゃんといろいろな話をした。お互いの仕事のやりがい、これからの夢……。「ライターをしていて、どういう瞬間に一番楽しいって思うの?」と聞かれ、咄嗟に口をついて出たのは「文字を打っているとき」という答えだった。取材の楽しさや、いい記事が書けたときのうれしさではなく、文字を打っているときなんだと、自分でも驚いた。

思うような文章が書けない苦しさもあるし、つらい瞬間もたくさんある。それでもパソコンでカタカタ文字を打つだけで、多幸感に満ち溢れる。普段はまったく意識していないが、あつこちゃんと話していて、自分にとって根っこの楽しさを思い出した。なんて幸せな時間なんだろう。素敵な友人とおいしいお酒を飲みながら、文字を打つことの楽しさを語るなんて、極上の幸せでしかない。

千住界隈で飲んでいると、みんな愚痴か人の悪口ばかり言う。わたしも一緒になってネガティブな話ばかりしているが、なんだかそういうのに疲れてきてしまった。もっと前向きで、楽しい話がしたい。神楽坂に来て、楽しい話しかしていないじゃないか。いつかこういう素敵な街に住みたい。わたしの中で、神楽坂という街への憧れがどんどん募っていった。

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数日後、新宿で飲んだ帰り、一人でまた神楽坂へ行った。終電を考えると1時間もいられないが、どうしてもまた『スナック BOUQUET』に行きたかったのだ。

「一人で大丈夫かな?」と不安だったが、相席になったお客さんたちが仲良くしてくれた。「初めて?」「どこから来たの?」「名前はなんていうの?」――矢継ぎ早に質問が飛んでくる。誕生日のお客さんがいて、わたしもシャンパンをいただいた。カラオケでデュエットもして、とても楽しい時間を過ごすことができた。

でもふと、ここには『居酒屋とんぼ』のママはいないし、かなえちゃんも、まみこちゃんも、シゲルさんも、千住の愉快な人たちもいないんだなと思うと、強烈な寂しさに襲われた。ああ、いますぐ『とんぼ』に行って、「神楽坂で1杯1500円のクラフトビールを飲んだ話」をしたい。神楽坂のスナックにはミラーボールがあるんだよ。とっても素敵なお店なんだよ。でもわたしは少し寂しくなって、みんなのことを思い出したよ――。そんな話をしたら、みんなは笑うだろうか。

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最近、かなえちゃんと「飲み仲間に会うのは週に1回が丁度(ちょうど)いい」という話をしている。それ以上会うと、お互いの嫌な面も見えてくる。わたしが「一時期、『とんぼ』に週5で行っていた」という話をしたら、かなえちゃんに「それは依存よ」と言われた。

昔から人付き合いの悪さに定評のあるわたしが、ここまで人と仲良くなったのは初めてだ。この仲間たちを大事にしたい。しかし大事にしたいと思うがあまり、依存していたのかもしれない。夕方5時に『とんぼ』に行き、10時に一旦(いったん)家に帰って4時間眠り、また朝3時に『とんぼ』に行くという生活は、どう考えても不健全だ。1日に2回行くと、お通しだって同じなのだ。

人付き合いは難しい。41歳になって初めて人と向き合って、その難しさを痛感している。

文・イラスト=尾崎ムギ子