【約240kmの実踏記録】岡山・備中高松城から京都・山崎まで、前田利家の令和版・中国大返しをご覧あれ!
皆々、息災であるか。前田又左衛門利家である。豊臣秀吉には逸話が数多くある。信長様の草履を温めた草履とりや、敵の目の前に一夜で城を築き上げた「墨俣一夜城」、三木城を攻める前に城下の米を高値で買い付け、兵糧戦を大幅に短縮した「三木の干殺し」などなど、誠かどうかもわからぬような神がかりの話が残っておるわな。そして、秀吉の逸話の最たるもので、天下を掴む決定打ともなったのが「中国大返し」である。備中高松城を攻めておる最中に本能寺の変の報を聞いた秀吉が、備中から京都・山崎の地まで恐ろしい速度で引き返し、光秀殿の虚をついて信長様の仇討ちを果たした、これが中国大返しである。距離にして230kmを大軍で駆け抜けた神懸かりの進軍であったのじゃが、要した日数も5〜10日と軍記物によってまちまちで、近年ではそもそも山崎の戦いに間に合っておらんかったのではないかとも言われておる。名が知られておるわりに、実像が定かではない中国大返し。中国大返しがいかなるものか確かめるべく儂、前田利家、実際に中国大返しをして参ったぞ!!秀吉が歩いたとされる道を通り山崎まで参ったでな、道中の様子を皆に伝えて参ろうではないか!改め、超散歩の達人・令和の中国大返しへいざ出陣!!