史跡の記事一覧

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水辺の風景に心和む茨城県茨城町。埋もれた魅力に触れて小旅行気分【徒然リトルジャーニー】
茨城県のほぼ中央に位置する茨城町。県庁所在地の水戸市に接しているものの、喧騒(けんそう)は希薄で、どこかしらのどかな雰囲気が漂っている。まずは町域の東側を占めるラムサール条約登録湿地の涸沼(ひぬま)周辺を探索してから、町内各所を訪ね回るとしよう。
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【多摩散歩コース】清瀬市~ケヤキ並木、柳瀬川、空堀川と歩く水辺の散歩道~
清瀬駅北口から北に向かって延びる道がけやき通り。道の両側にケヤキが生い茂り、道沿いには国内外の彫刻家の作品が24基展示されている。『清瀬市郷土博物館』や「清瀬市役所」などが立つ清瀬のメインストリートだが、農業が盛んなこともあって道沿いに畑が残る。市内最古の寺である「圓通寺」は、よく手入れされた庭が美しい。『旧森田家主屋(おもや)』まで来たら柳瀬川回廊と呼ばれる水辺の道を歩く。「清瀬金山緑地公園」は武蔵野の雑木林を再現した緑地が広がり、水鳥が遊ぶ池もある。清瀬橋から空堀(からぼり)川沿いを歩いて「清瀬せせらぎ公園」へ。約500mの清流を復活させ、隣接する雑木林と一体となった水辺の散策路として人気がある。「圓福寺」の三重塔は、檀家の大工さんが建てたというから驚きだ。
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いま行っておきたい豊臣兄弟ゆかりの城! 13選。城郭カメラマンが注目ポイントを教えます
日本各地を縦横無尽に駆け回り、戦を勝ち抜き、天下へと上り詰めた秀吉と秀長。大河ドラマ『豊臣兄弟!』が放送中のいま、行っておきたい城とは。彼らにゆかりある城とその逸話を紹介し、城郭カメラマンの岡泰行さんに注目のポイントを教えてもらった。
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『旅の手帖』8月号、大特集「涼しい王国 信州」は7月10日発売!
酷暑から逃れるなら信州へ。平均標高が1000m以上という長野県は、上高地や軽井沢だけでなく、古くから避暑地としての文化をもち、日本屈指の美しい山岳風景が連なる風土だ。おなじみの山々や高原の向こう側には、まだまだ知られていない眺望や秘湯、歴史がひそんでいる。 でも古いままではない、アップデートしていく温故知新な魅力を存分にお届け。
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【多摩散歩コース】調布市~名物は花と古刹と鬼太郎~
調布を代表する観光スポットといえば神代植物公園と深大寺。バラをはじめ、サクラ、ツツジなどの四季折々の花に加え、武蔵野の面影を残す雑木林や熱帯の植物が咲く大温室などもあり、花好きを魅了する。隣接する深大寺は、東京では浅草寺に次ぐ歴史があり、釈迦堂に安置される銅造釈迦如来像は東日本最古の国宝仏。参詣のあとは、参道の深大寺そばで決まりだ。調布は『ゲゲゲの鬼太郎』の作者・水木しげるが50年以上も暮らした街。「布多天神社」や「天神通り商店街」などでは、作品に登場する妖怪たちのオブジェを飾り、訪れる人を迎えてくれる。マンガに夢中になった頃を思い出して鬼太郎たちを探してみよう。
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日本初の鉄道は海の上にあった?開発で発見された鉄道遺構「高輪築堤」を探る
明治初期、蒸気機関車は陸を走ることから「陸蒸気(おかじょうき)」と呼ばれた。だが日本初の鉄道が走ったのは陸上だけではない。『TAKANAWA GATEWAY CITY』の開発に携わった、JR東日本マーケティング本部の武田幸彦さんにお話を伺った。
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【多摩散歩コース】府中市~大國魂(おおくにたま)神社が見守る緑豊かな街~
府中散歩は多磨霊園から始めよう。江戸川乱歩、岡本太郎、長谷川町子、三島由紀夫など著名人の墓が多いので、管理事務所を訪ねて園内マップを入手してから歩くとよい。浅間山(せんげんやま)公園、府中の森公園、馬場大門のケヤキ並木などを歩くと、緑が多い街であることを実感する。大國魂神社は府中市民の心のよりどころ。1000年以上の歴史がある「くらやみ祭」では22台の山車がお囃子(はやし)を競演しながら巡行し、クライマックスの神輿渡御では街じゅうが熱気に包まれる。新田義貞公之像や髙安寺、府中高札場跡などを訪ねれば戦国時代や甲州街道の歴史の一端を知ることができる。四季の花が楽しめる『府中市郷土の森博物館』では、移築した歴史的建造物が見応えあり。
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八ツ山橋から立会川まで、消えた海岸線をたどる。海はもっと近くにあったのだ
度重なる埋め立てによりすっかり遠のいてしまったが、かつて東海道のすぐ脇は海だった。今となっては想像もつかないその光景を感じてみたい。江戸時代末期の絵図を片手に、八ツ山橋から立会川まで、消えた海岸線をたどってみた。
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【東海道・中山道を歩く】草津宿~大津宿|人々を癒やす名物・もちもちの旅
歩く、歩く、ひたすら歩く。江戸時代の旅は体力勝負だから常にエネルギー補給が求められた。そう考えると、サッと食べられて体力が回復でき、腹もちもいい餅や団子はうってつけ。街道沿いの茶屋の名物になったことも納得できる。
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『風、薫る』主人公のモチーフの一人・大関和(おおぜきちか)のふるさと、黒羽ってどんなとこ?
連続テレビ小説『風、薫る』で、見上愛さん演じる一ノ瀬りんのモチーフになっている大関和は、旧黒羽町(現・大田原市)の出身。黒羽藩の家老・大関増虎(ますとら)の次女として生まれている。ふるさとの黒羽(くろばね)とは、どんなところだろう。黒羽藩の居城や藩主累代の墓所がある菩提寺を訪ね、当時から受け継がれる伝統工芸などにふれて、大関和が生きた時代に思いを馳せよう。
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子連れシングルマザーが、文明開花の東京で就活に奮闘【大関和の東京を歩く(1)】
連続テレビ小説『風、薫る』の主人公のモデルになっているのが、日本初のトレインド・ナース(看護の正規教育を受けた職業看護婦)の大関和(ちか)だ。彼女は黒羽藩家老・大関団右衛門の娘に生まれ、旧黒羽藩士の福島福之進と19歳のときに結婚して一男一女の母になっていたのだが……夫の福之進は40歳を越えた中年男、20歳以上の歳の差婚。価値観の違いから夫婦仲はしっくりいかず、また、夫に妾がいたことも和には気に入らない。やがて、夫婦の不仲は決定的なものになる。和は娘・心(しん)の出産を理由に実家に戻り、夫のもとには帰らず離婚を申し入れるのだが、この時に和が里帰りした“実家”の場所はどこだったか? それについては諸説がある。
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【多摩散歩コース】三鷹市~太宰治ゆかりの地を歩く聖地巡礼~
三鷹市には、『国立天文台三鷹キャンパス』や『三鷹の森ジブリ美術館』、野川公園などの見どころがあるが、今回は作家・太宰治の足跡に注目する。太宰は30歳となった昭和14年(1939)9月から愛人・山崎富栄と、心中した1948年6月までの約10年間を三鷹で暮らした。この間に発表した作品を見ると、『富嶽百景』『走れメロス』『斜陽』『人間失格』など代表作が勢揃いで、太宰文学を知るうえで重要な地であったことがわかる。市内にはゆかりの地が多数あり、これらの聖地巡礼をする太宰ファンの姿をよく見かける。今では説明板が立つだけのところも多く、入水した玉川上水もかつての流れを見ることはできないが、そこに立てば、この地で暮らした太宰の存在を感じることができるはず。
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軍港の歴史とともに歩んだ横須賀へ。子供が指差すエイの向こうには【「水と歩く」を歩く】
前回の取材で歩いた埼玉県狭山市・入間市は、16号沿いの基地の街だった。「郊外」的な風景が広がるロードサイドとして言及されることの多い国道16号は、首都圏の基地をつなぐ軍用道路としての歴史をもつ。ふだん東京23区東部で暮らしているとほとんど意識することがない基地の存在に戸惑いもしたが、同時にそうした風景が首都東京を囲むように存在することを、もっと知らなければと思った。今回は都内から京急線一本で行ける「軍港都市」横須賀を歩いてみることにした。そこには東京の湾岸とは全く異なる港の風景が広がっていた。
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『旅の手帖』6月号、大特集「金沢 能登」は5月9日発売!
加賀、越中、能登を治めた加賀藩。その大藩の城下町で日本海側の中心地だったのが金沢。北前船など流通に恵まれ、いまもその独自に発展してきた個性的な文化が風景、建築、食、庭園……あらゆるところに表れています。6月開催の「百万石まつり」も紹介。能登は巨大地震の復興の最中であるが「来てほしい、見てほしい」という現地の気持ちがあります。この2年の道のりと、いま体験すべき能登の旅へ。
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【大江戸散歩コース】亀戸・向島・堀切~江戸庶民を美しい花々で楽しませた行楽の地~
大河ドラマの影響か、注目を浴びている江戸時代。その江戸期の古地図(切絵図)を見ながらの東京散歩がとても面白いことをご存じだろうか? 今回は、安政3年(1856)の「隅田川向島絵図」を手に歩く亀戸・向島・堀切の散歩コースを紹介。タイムスリップを楽しむ特別な散歩体験を!
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【大江戸散歩コース】千住大橋・谷中・西日暮里~隅田川最古の千住大橋から風流な行楽地へ~
大河ドラマの影響か、注目を浴びている江戸時代。その江戸期の古地図(切絵図)を見ながらの東京散歩がとても面白いことをご存じだろうか? 今回は、安政3年(1856)の「根岸谷中日暮里豊島辺図」を手に歩く千住大橋・谷中・西日暮里の散歩コースを紹介。タイムスリップを楽しむ特別な散歩体験を!
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名曲生まれた川沿いの道へ。ミックスカルチャーが響き合う狭山稲荷山公園~入間川~ジョンソンタウン【「水と歩く」を歩く】
先日YouTubeを見ていたところ、これまでに閲覧した動画との関連からか、埼玉県狭山市にあった「狭山アメリカ村」の痕跡を巡る動画が表示された。1970年代初め、ジョンソン基地の周辺にあった米軍ハウスに、デザイナーやミュージシャンたちが移り住んだことから、一帯は「狭山アメリカ村」と呼ばれるようになる。細野晴臣のアルバム『HOSONO HOUSE』(1973)も当時の米軍ハウスでの暮らしから制作された。どうやら近くには入間川や霞川も流れているようだ。好きでよく聴いていた音楽がどのような場所で生まれたのか気になり、早速訪れてみることにした。
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【大江戸散歩コース】青山・渋谷・神宮前~青山家下屋敷をはじめ、地名の由来を知れば町の歴史がわかる~
大河ドラマの影響か、注目を浴びている江戸時代。その江戸期の古地図(切絵図)を見ながらの東京散歩がとても面白いことをご存じだろうか? 今回は、安政4年(1857)の「東都青山絵図」を手に歩く青山・渋谷・神宮前の散歩コースを紹介。タイムスリップを楽しむ特別な散歩体験を!
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【大江戸散歩コース】広尾・六本木・麻布十番~幕末の歴史が動いた坂の町。アメリカ公使ゆかりの寺も必見!~
大河ドラマの影響か、注目を浴びている江戸時代。その江戸期の古地図(切絵図)を見ながらの東京散歩がとても面白いことをご存じだろうか? 今回は、文久元年(1861)の「東都麻布之絵図」を手に歩く広尾・六本木・麻布十番の散歩コースを紹介。タイムスリップを楽しむ特別な散歩体験を!
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『旅の手帖』5月号、特集「東海道 中山道 旧街道を歩く」は4月10日発売!
古来、日本の大動脈である東海道と中山道。その旧街道に目を向けてみれば、歴史の記憶を刻むスポットがあちこちに。絶景に息を呑んだり、名物グルメやスイーツを味わったり、伝統的な古い町並みに迷い込んだり。気ままで楽しい街道歩きに出かけよう。特集2は、さわやかな初夏の風が気持ちいい那須。今春スタートの連続テレビ小説『風、薫る』主人公のモチーフとなった大関和(ちか)の出身地、黒羽地区にも案内します。

史跡のスポット一覧

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小幡北山埴輪製作遺跡(おばたきたやまはにわせいさくいせき)
茨城県茨城町にある遺跡。1987~88年に調査・発掘が行われ、全国一の多さを誇る59基もの埴輪窯跡が発見された。8つの工房跡、4カ所の粘土採掘坑跡も確認されており、出土した土器は6世紀中頃~ 7世紀前半の古墳時代のものと推定されている。一帯は広々とした公園として整備されている。
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中里の富士塚
江戸後期に、丸嘉講武州田無組中里講社によって築かれた富士塚。高さ約9mで、山頂には石製の祠(ほこら)と大日如来を刻んだ石碑がある。
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旧森田家主屋
武蔵野の文化を伝える古民家。森田家は16世紀後半より市内の野塩地域に定住し、幕末に名主を務めた旧家で、野塩にあった主屋を移築した。
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名護屋城
天下統一を達成した豊臣秀吉が大陸侵攻を実行するため、わずか6カ月ほどで建てた。150以上もの大名が集結した陣跡だ。
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三木城
城主・別所長治(ながはる)と羽柴(豊臣)秀吉が相対し、苛烈な“三木の干し殺し”の舞台となった城。本丸には井戸跡と伝天守台が残り、その上に長治辞世の句碑が立つ。
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岸和田城
紀州を平定した豊臣秀吉が叔父の小出秀政を城主に整備を進め、天守を築いた。江戸時代の落雷と明治維新の破却で、堀と石垣が残るのみ。天守は昭和期の再建だ。
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高取城
日本三大山城の一つ。郡山(こおりやま)城主となった豊臣秀長の詰城で、標高583.6mの高取山山頂に築かれた。大小天守に27の櫓、33の門をもち、郭内周囲約30㎞という規模を誇ったが、現在残るのは石垣のみ。
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墨俣一夜城(すのまたいちやじょう)
永禄9年(1566)に30歳の豊臣秀吉が築いたといわれる砦。わずか一夜で築かれたという伝説が残るが、史料が少なく築城時期やその実在は明らかではない。歴史資料館では、『武功夜話』を基にした墨俣築城や稲葉山攻めを解説。
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有子山城(ありこやまじょう)
天正2年(1574)、山名祐豊(すけとよ)が新たに城を築くが、天正8年(1580)に豊臣秀長が侵攻して落城。城主になった秀長は、藤堂高虎に築城を命じたと考えられている。標高321mの山頂からは出石の町を見下ろし、城主の気分を味わえる。
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備中高松城(びっちゅうたかまつじょう)
毛利氏の重要拠点だった城で、昭和57年(1982)に復元された堀の沼も見どころ。沼を彩る美しいハスは「宗治蓮」と呼ばれ、水に守られ水に散った、かつての城主・清水宗治の気配を伝える。
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竹田城
かつては但馬国山名氏の重臣・太田垣氏が城主だったが、天正6年(1578)に豊臣秀吉の命で秀長が落城させ、城代に。豊臣の城となり石垣が造られた。雲海の名所としても知られる。
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鳥取城
織田信長も「名城」と評した、久松山に立つ防御に優れた山城。豊臣秀吉の鳥取城攻めの壮大さが伝わる太閤ヶ平(たいこうがなる)も見どころの一つだ。
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