何といっても 本の街!
街を歩いていて目につくのは、やはり古書店。古書店といってもブックオフのような単なる古本ではなく、店ごとに専門分野を持っているのが神保町の特徴だ。
文学なら『三茶書房』『田村書店』『八木書店』『小宮山書店』、歴史なら『南海堂書店』、地図なら『大屋書房』『秦川堂』、美術なら『ボヘミアンズ・ギルド』『源喜堂書店』、映画や演劇は『矢口書店』『@ワンダー&ブックカフェ二十世紀』、建築なら『南洋堂書店』、サブカルや雑誌なら『マグニフ』『ブンケンロックサイド』『夢野書店』『荒魂書店』など、それぞれの店の強みが決まっている。
とは言え、お目当ての本が決まっている場合、この街は意外に探しにくい。その場合はネットで探すほうが断然楽だろう。この古書店街の楽しみ方はたとえばこうだ。自分の行きつけを決めておいて、それをザーッと見て歩く。そこでお眼鏡にかなう本が見つかればラッキー、見つからなければそれまでのこと。そんな風に、本との一期一会の出会いを楽しむ街、つまり本の散歩が楽しい街なのである。
もちろん新刊書店も充実している。ビルの6フロア全部が書店のフラッグシップ『三省堂書店』(建て替え工事のため小川町仮店舗に移転中)、文学、人文科学、カルチャーに強く、軍艦と呼ばれる平積の台の存在感がある『東京堂書店』、マンガや鉄道などサブカルに強くアイドルイベントも多い『書泉グランデ』と、この3店が隣り合うように立っているのだ。
小学館、集英社をはじめ大小さまざまな出版社も多く集まり、毎年10月の終わりに行われる神田古本市も大盛況。とにかく世界に誇る「本の街」なのである。
カレーと喫茶店が充実
『さぼうる』『ミロンガ・ヌオーバ』『神田伯剌西爾(かんだぶらじる)』あたりは神保町はおろか東京を代表する純喫茶に数えられる名店。いずれも読書にぴったりの落ち着きを持っているが、それ以外にもジャズが流れる『きっさこ』、東京堂書店に併設された『Paper Back Cafe』、岩波書店の本を読めて買えるカフェ『神保町ブックセンター』など新顔も続々。どこを覗いても、買ったばかりの本をうれしそうに眺めている姿に出会える。
また、神保町はカレーの聖地としても知られている。
『共栄堂』『ボンディ』『エチオピア』といった老舗を筆頭に、400軒以上ものカレー屋が集まっているのだが、その理由として「古書店で買った本を読みながら食べられるから」だという説がある。一理あるが、それにしてはうまい店が多過ぎる気もするだが……。
学生街、スポーツ街、中華街……一体いくつの顔があるのか?
登山用品やスキーを扱う店も多いのは、ここが日本一の学生街だったから。明治大学、日本大学、専修大学、共立女子大のほか、かつては一ツ橋大と中央大も神保町にあった。60~70年代の登山ブーム、80年代のスキーブームで、靖国通りはスポーツ用品店が続々。学生が列をなしてスキー板を買い求めていたという。
JR御茶ノ水駅付近の明大通りには楽器店も目立つ。1910~1920年代に日本初のオーケストラが誕生し国内の音楽活動が盛んになったころ、このエリアに音楽学校があり、「下倉楽器」や「石橋楽器」など楽器店が徐々に増えていったといわれている。
また、あまり知られていないが、神保町は古くからの中華街でもある。戦前は周恩来が学生服姿で闊歩していたとも。高級店なら『新世界菜館』、町中華系なら『北京亭』と、予算や気分に合わせて選択肢が豊富だ。
もちろんいい酒場も多い。たとえば老舗酒場の筆頭『兵六』。かつては強面のご主人だったが、三代目になっていい意味で敷居の低い店になった。
さらに、このエリアは 「ラーメンの街」 でもある。『伊峡』『成光』『たいよう軒』など多くの老舗のほか、地方の味を提供する『長尾中華そば』、『可以(かい)』、『きたかた食堂』、高級食材を使う『無銘』、『麺巧 潮(うしお)』、『海老丸らーめん』、『五ノ神水産』、『黒須』など、挙げれば枚挙にいとまがない。
長い歴史を持つジャンルや老舗ばかりではない。2010年にできた『らくごカフェ』、活版印刷を体験できる雑貨店『PRIMART』と、斬新で魅力的な試みも光る。ちゃんと新陳代謝しているのである。
全ての通りに裏道あり。これぞ散歩天国
ここまで、店の話ばかり書いたが、神保町散歩最大の楽しさは魅力的な路地が多いことかもしれない。
神保町交差点から延びる4本の街道筋、その全てに裏通りがあり、散歩心をくすぐられるのだ。特に美しいのは『三省堂』裏の『ラドリオ』や『ミロンガ』のある路地。散歩の達人でも、2015年10月号、2021年11月号と2度も表紙にもなった場所だ。その他、昼でも暗いカレー屋『まんてん』のある路地、かつて名物三兄弟がいた『キッチングラン』の路地、外壁いっぱいに本を並べる『矢口書店』のある路地と合わせて、路地四天王と呼びたい。
東京広しといえど、こんな街なかなかないのである。
神保町によく見かけるのはこんな人
神保町でよく見かけるのは、大きな四角いリュックを戦利品でパンパンに膨らませ、さらに両手に本で一杯の紙袋を下げた重装型のおじさん。雑多に置かれている古本を前にすれば、片目をつぶって狙うべきターゲットに照準を合わせるスナイパースタイルの本選びが得意技だ。
男性に比べるとかなり少ない印象だが、女性もいる。こちらは一見してタダモノじゃないと感じられるほどの重量級の文学オーラを纏いながらじっくりと品定め。同じ姿勢でじっと動かないこと多し。
そうかと思えば、ちょっと堅気には見えないスタイルで本を一冊だけ小脇に抱え、喫茶店で読書に耽る超軽装型の小じゃれたダンディーおじさんも散見できる。
一口では語れないが、彼らをつなぐのはやはり読書という文化なのである。
取材・文=星野洋一郎・中村こより 文責=散歩の達人/さんたつ編集部 イラスト=さとうみゆき