大正時代から続く地元に愛されるだんご屋
香ばしさの出どころを探して辺りを見回すと、境内で営業中のだんご屋が目に入った。どうやら、香りの正体はだんごを焼く香りだったようだ。昔ながらのこぢんまりとした店で、店名は『松山商店』。鼻をくんくんさせながら、そのまま誘われるようにふらっと暖簾(のれん)をくぐった。
ショーケースをのぞくと、こんがりきつね色の焼きだんごがずらり。表面を強めに焼いてあり、その焦げ目がなんとも凛々しくて魅惑的だ。「大正時代に私の曾祖母が店を始めました」と、4代目の松山英彰さん。代々、醤油を効かせたキリッとした味わいが特徴なのだとか。
松山さんはだんごをひっくり返しながら、裏表とていねいに火を入れていく。最初は何もつけずにそのまま焼き、それからタレをつけて焼く。作業の様子をもっとよく見たいと思い、焼き台に近寄ると、立ち上ってくる香りに鼻先をくすぐられた。思わず息を吸い込み、うっとり。たまらず焼きたてを購入し、いただくことに。
だんごは一から手作り。米を研ぐところから自分たちで
焼きたてを受け取り、青空の下で早速かじりつく。むぎゅっという弾力があり、噛み締めるとだんごの材料である米の旨味がじわじわと膨らんでいく。そこに醤油の風味と塩味が加わり、より力強い味わいに。食べ終わってもしばらく心地良い余韻が残り、1本でもこんなに満足感を得られるのかと驚かずにはいられない。
ここまでしっかり米の旨味を感じられるだんごもめずらしい。聞くと、米屋から仕入れた生米を研ぐところから自分たちで行うのだという。
「契約している米屋さんに、うちの店用に粘りのないものを選んでもらっています」
研いだ米は店内で製粉し、それを蒸して生地にするそうで、だからだんごにしても旨味がしっかり保たれているのだろう。
手間のかかる作り方だが、一つひとつの工程を大事にすることも代々引き継がれてきた信念。素材の持ち味を最大限生かせているからこそ、必要以上に甘みを加える必要もないのだろう。材料は米、醤油が基本でいたってシンプル。それが、素朴さを出しながら味に深みを与える秘訣だ。
地元の住民が胸を張ってすすめたくなる店
だんごは店内で食べていくことも可能で、軒先の日陰には赤い毛氈(もうせん)を敷いたベンチも用意されている。腰掛けて休憩していると、常連だという年配の男性に声をかけられた。
「ほぼ毎日、ここと銭湯は日課のように通っているんですよ」
うれしそうに胸を張り、満面の笑みでそう教えてくれた。
ちなみに、『松山商店』ではいなり寿司やのり巻も手作り。いなりの皮は煮汁をたっぷり染み込ませてあり、ジューシーで、のり巻の酢飯は甘さを抑えつつ、醤油を付けなくても食べられるようにしっかり酢を効かせてある。
「これらを始めたのは、昭和24年(1949)。戦後のごたごたが落ち着いた頃に、先々代が仲良くしていた近所の『松寿司』から教えてもらったんです」
現在、「松寿司」はすでに閉業してしまっているので、『松山商店』がその味を引き継いだことになる。地元の人にとって「記憶に残る味」なのだ。
先程声をかけてくれた常連客が去った後も、散歩のついでと見える親子連れなど、地元客がやって来る。境内ののどかな風景を眺めていると、蓮馨寺の鐘の音がゴーンと響いた。それを聴きながらだんごを頬張れば、味わい深さもひとしお。歩き疲れた体もじんわり癒やされていくようだ。
取材・文・撮影=信藤舞子