神社・寺の記事一覧

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非業の死を遂げた三代将軍・源実朝。その歌人としての才を偲ぶ、鎌倉歌碑巡り
源頼朝の跡を継ぎ2代鎌倉殿となった頼家は建仁3年(1203)、比企の変に関連して将軍職を追われてしまう。その後、弟の実朝がわずか12歳で3代鎌倉殿の地位に就いた。まだ幼かった頃は、実際の政治は北条氏を筆頭に、重臣たちが執り行っていた。しかし長ずるにつれ政治に関与することも増えてゆき、それとともに官位も高くなっていく。実朝は歌人として優れた才能を発揮し、92首が勅撰和歌集に選ばれたほどの名人であった。本来ならば武家の棟梁は兄に務めてもらい、自らは文化人として生きることを望んでいたのかも知れない。今回は鎌倉に建立された実朝歌碑を訪ね、その才に触れてみたい。
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【週末民話研究】悪行に手を染めた商人が辿った人生「中野長者伝説」
中野区には「中野長者伝説」という伝説が残り、語り継がれています。主人公は「中野長者」と呼ばれた商人・鈴木九郎という、室町時代に実在した人物。このお話のどこまでが本当のことで、どこまでが本当のことではないのか……。今回は境界線が曖昧になる不思議な感覚を味わいながら、中野長者・鈴木九郎ゆかりの地を歩いてみることにしましょう。
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城から飛び出し市内を散策!名古屋さんぽに参ろうぞ~名古屋おもてなし武将隊・前田利家が語る!
前田利家と行く名古屋旅、後編開幕である!!此度は名古屋城を飛び出し、名古屋の街に繰り出そうではないか!名古屋そして愛知県は工業の街。然れど織田信長様、豊臣秀吉、徳川家康殿からなる戦国三英傑をはじめ、数多の猛将を輩出した場所である。即ち戦国時代の文化に触れるにも誂(あつら)え向きであると言える。故に此度は歴史の趣と現世の華やかさの二刀流で名古屋を紹介致そうではないか!では前田利家と行く名古屋旅後編へといざ参らん!!
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茨城県常陸大宮市~森林と農地が交錯し、清流が彩りを添える~
栃木県に接し、八溝(やみぞ)山地の東麓に位置する茨城県北西部の常陸(ひたち)大宮市。2004年、大宮町・山方(やまがた)町・美和(みわ)村・緒川(おがわ)村・御前山(ごぜんやま)村の5町村が合併し、新たな市としてスタートを切った経緯もあり、県内の自治体では2番目に広い面積を有するという。たしかに市内の隣接地域へ足を運ぶ際、山あいを縫うように進み、いくつもの起伏を越えて、ようやくたどり着くことも少なくない。地域それぞれが異なる表情を見せ、さらに一級河川の久慈川・那珂(なか)川が彩りを添える市内を縦横無尽に巡ると、あたかも複数の市町村をハシゴしたようで、その分達成感も大きい。
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【神楽坂って、どんな街?】江戸時代から続く坂と横丁の宝庫。個性的な寺社、雑貨屋、書店、居酒屋、フレンチの名店までがそろう迷宮の花街。ただし物価は高め。
神楽坂の中心にあるのは長い一本の坂道。そこから大小さまざまな道が無数に延びているのがこの街の特徴だ。しかし、主要なスポットのほとんどがその坂道に面していないのだから心にくい。秘するが花という言葉は、この街のためにある気がする。
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東急多摩川線で感じる温故知新~東京23区ローカル線さんぽ~
わずか7駅の沿線には、大地に眠る古墳からにぎやかな商店街、ユニークな造形物など、新旧ごった煮の風景と出合うことができる。一駅ずつゆっくり時間をかけて、界隈の風情を味わおう。
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「寂しさに負けませんように」。阿佐ヶ谷散歩でもたらされた、気の早い神様のご利益
秋だからだろうか、ときたま無性に寂しくなる。前提として私は一人暮らしだ。結婚しているのだが、ここ一年と少し、夫は地方にある自分の実家で暮らしている。夫の実家では高齢の義父と義母が二人で暮らしていたが、義父の認知症が進んで義母の手に負えなくなったため、夫が同居するようになった。夫はフリーランスのイラストレーターなので、居住を移すことが可能なのだ(ちなみに義父は認知症だが元気なため要介護度が低く、訪問介護サービスを受けている。施設ではなく自宅で介護しているのは夫の意思で、私も彼の選択を尊重しているつもり)。夫には都内で働く弟がいて、月に一度、週末に介護を替わってくれる。その間だけ、夫は東京の我が家へ戻ってくる。つまり、私と夫は月に一度しか会えない。友達からは、夫と一緒に暮らせないことを「可哀想に」と言われる。夫や義母からも「一人にしてごめんね」と謝られる。しかし、私は自分を可哀想とは思わない。むしろ、家族なのに介護を手伝えないことを申し訳なく思う。私ももっと夫の実家に行けたらいいのだが、仕事が忙しくてなかなか時間を作れないのだ。そんな私に夫は、「僕は僕で今の生活を楽しんでるから、サキちゃんは僕に遠慮しないで自分の生活をめいっぱい楽しんでね」と言ってくれる。そんなわけで私はこの状況に納得しているのだが、ときたま、発作のような寂しさに襲われることがある。「それ」がやってくるのは大抵、仕事と家事を終えた夜の時間帯だ。ほとんどの夜は本を読んだりラジオを聴いたりして寂しさが入り込む隙を作らないようにしているが、たまに失敗して、心にヒュっと寂しさが入り込んでしまう。寂しさは即効性のある毒のようなもので、あっという間に全身に回る。気づけば、愛用の手ぬぐいは絞れそうなほど涙でびしょびしょ。嗚咽が漏れ、ホラー映画に出てくる幽霊のように「寂しい、寂しい」と呻いてしまう。「寂しい」と夫に言えば、罪悪感を抱かせてしまう。友達に言えば心配をかけてしまう。そもそも愚痴を言いたいわけじゃない。誰かと話したいだけだ。でも、夫に電話すれば「寂しい」と言ってしまうだろう。じゃあ、なにげないふうを装って友達に連絡しようか。そう思うものの、友達はみんな仕事や子育てで忙しく、遠慮してあまり連絡せずにいるうちに、用件なく連絡する術を忘れてしまった。LINEのトーク一覧を遡り、誰かに声をかけられないか考えてみるけれど、話題が思い浮かばなくてスマホを放り投げる。私って友達いないなぁ……。そう思うとますます寂しくなって、すすり泣きが一段と激しくなる。こうなったらもう、人とつながることで寂しさを解消するよりも、孤独と共存する方法を考えたほうがいいのかもしれない。寂しさを飼い慣らすのだ。そのためには、一人の時間をもっと楽しめればいいのかも……。そんなとき、ラジオでなにわ男子の大西流星くんが「明日はオフだから一人で山形に行ってくる」と話していた。朝6時台の飛行機に乗って、おいしいものを食べて、帰りは新幹線で帰ってくると言う。私よりもはるかに忙しいであろう彼が、たまのオフに弾丸一人旅をしているとは。その気力がまぶしい。思えば、私は一人旅をあまりしない。一人旅どころか、都内でも「目的が明確じゃない外出」をすることはほとんどない。買い物や観劇など、目的があるときは一人でも出かけるが、目的なくブラブラするのは苦手なのだ。一人だと時間を持て余してしまいそうだし、退屈しそうだから。だけど、たまには目的なく散歩してみようか。一人散歩を楽しめるようになったら、この底抜けの寂しさをもっと飼い慣らせるようになるかもしれない。そんなわけで、次のオフに行ったことのない街へ行ってみることにした。どこにしようか考えて阿佐ヶ谷に決める。阿佐ヶ谷は前から行ってみたいと思いつつ行ったことがなかったし、次のさんたつの特集があるから。そうと決めたら、ワクワクする気持ちと億劫さがない交ぜになった。大西流星くんも山形に行く前はこんな気持ちだったろうか?
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千葉県匝瑳市 ~海と里山が並び立ち、随所で植木が出迎える~
千葉県北東部、雄大な太平洋に面した匝瑳(そうさ)市。大海原を思い浮かべて足を運んだところ〝植木のまち〟と知り、意表を突かれた。聞けば温暖な環境が植木育成に向いているため、大正末期から生産が本格化し、今や国内屈指の栽培面積を誇るという。市内を巡ると造園業者の多さや一般家屋の槇塀(まきべい・生け垣)の見事さは目を見張るばかりで、なるほど納得だ。さらに海から離れた市北部に目を向けると、起伏のある台地が複雑に入り組み、風景にアクセントを与えている。里山の自然と触れ合いながらの散策や寄り道を楽しめるスポットも各所に点在していて興味深い。
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【東京ひとりさんぽ】浅草~水路がみちびく歴史絵巻~
今戸から吉原へと続く山谷堀(さんやぼり)跡を遡り、かつて高級別荘地だった橋場界隈を歩くほどに、埋もれていた水路と川が織りなす歴史が見えてくる。下町の猫たちに誘われるように、浅草のもうひとつの歴史絵巻をたどってみた。
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美しい信仰の形の鑑賞指南 教会建築への導き
厳かで、凛として、背筋の伸びた美しさがあるキリスト教会の教会堂。建築様式や細部のこだわりに注目して眺めてみると、実はさまざまなスタイルがあって興味深い。「入ってもいいの?」と臆することなかれ。マナーを守ってこの美しい空間に足を踏み入れてみよう。※見学の際は、事前に各教会へお問い合わせいただくことをおすすめします。

神社・寺のスポット一覧

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鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ(栃木) または とりのこさんじょうじんじゃ(茨城))
茨城県と栃木県の県境上に鎮座する古社。創建は大同2年(807)。参道の中央に県境を示す標識が立ち、両県それぞれに宮司がいる(茨城県側は諏訪神社宮司が兼務している)。大神様の使いとしてフクロウが崇敬されており、運気を呼ぶ神鳥として日本一の大フクロウをはじめ、境内のあちこちでフクロウ像が参拝者を迎える。
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飯高檀林跡(いいだかだんりんあと)
天正8年(1580)に開かれた日蓮宗最古の学問所(現在の大学に相当)跡。約300年間多くの僧侶を輩出し、最盛期には600人超が学んだとされる。総門・鼓楼・鐘楼・講堂の4棟が国重要文化財に指定されており、南駐車場の一角には観光案内所も併設。
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長光山 陽岳寺(ちょうこうざん ようがくじ)
臨済宗妙心寺派の寺。寛永14年(1637年)創建。門前仲町の交差点からほど近い、清澄庭園や住宅の並ぶエリアに建つ。坐禅会・寺ヨガ・茶会など、一般向けのさまざまな催しを行なっている。
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カトリック片瀬教会
江の島の近く、境川沿いに立つ和風意匠の教会。日中戦争の戦時下、周辺住人の外国文化への抵抗感に配慮し、寺院のような姿で建てられた。堂内にはフレスコ画家・長谷川路可の描いた聖画も多数ある。
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日本基督教団 根津教会
大正ロマンの雰囲気を今に伝える、可愛らしい教会。木造の下見板張り壁と赤いとんがり屋根や、ゆるやかに曲線を描く折上げ天井、礼拝堂の吊り下げライトなど、そこかしこの造形が趣深く魅力的だ。
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東京女子大学チャペル
建築家A.レーモンドが手がけた大学のシンボル。パリ郊外ランシーにある「ノートルダム教会」をモデルにしたといわれている。42色のステンドグラスに目を凝らせば、丸や菱形、十字架がかたどられ、その造形もおもしろい。
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カトリック麹町聖イグナチオ教会
固定席700席という大規模な礼拝堂を持つ教会。すり鉢状で一番低い位置に祭壇が置かれ、信徒席がぐるりと祭壇を囲むため、神父と信徒が共にミサを行うという一体感が生まれる。陽光降り注ぐ花模様のドームも美しい。
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西福寺
江戸時代に広く庶民に親しまれた六阿弥陀詣の一番札所である西福寺。行基作と伝わる木造の阿弥陀如来は戦災で焼失したが、難を逃れた胎内仏は今も秘仏として本堂に今も奉安。変わらず人々の信仰を集める。『江戸名所図』の挿絵にも描かれた仁王門は色鮮やかに修復され、門柱に絡みつく「鳴き竜」の彫刻が見事。
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妙法寺(みょうほうじ)
約400年前、真言宗だった寺を日蓮宗に改宗。その後に碑文谷法華寺から譲り受けた日蓮の祖師像に厄除けの御利益があることから、“除厄けのお祖師さま”と呼ばれ、多くの信仰を集めている。
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大宮八幡宮(おおみやはちまんぐう)
武蔵三大大宮の一つで、別名“子育厄除八幡さま”として親しまれている。安産、子育ての信仰を厚め、戌(いぬ)の日になると安産祈願を詣でる人でにぎわう。創建は康平6年(1063)。
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阿佐ケ谷神明宮(あさがやしんめいぐう)
三貴子と呼ばれる天照大御神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つくよみのみこと)、須佐之男尊(すさのおのみこと)を祀る。境内は約3000坪あり、神明造りの御殿や神門、祈祷殿や能楽殿などがある。また、和紙に季節変わりの繊細な刺繍を施した御朱印符(大和がさね)は感動の美しさだ。
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湯島山 緑泉寺(ゆしまさん りょくせんじ)
浄土真宗東本願寺派の寺。食器や調理器具などの専門店が集まる「かっぱ橋道具街」エリアに建つ。3階には本堂があり、「暗闇ごはん」などの催しを行っている。
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