散歩の記事一覧

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神田明神資料館で千代田区・中央区の著名人の歴史を掘り起こす特別展示『偉大なる人財展』が2022年11月27日まで開催中
神田明神資料館(東京都千代田区外神田)では、神田明神の近隣である千代田区・中央区の著名人に関する歴史を掘り起こす特別展示『偉大なる人財展』を開催中だ。この特別展示は、2030年に神田明神が迎える創建1300年に向けた記念事業の一環で開催されるもの。神田明神資料館の収蔵品から歌川国輝『大日本撃剣会』(1873)、河鍋暁斎『東海道名所之内 御能拝見之図』(1863)などが展示されるほか、ちばてつや、エサカマサミをはじめとする現代の作家13名による書き下ろしイラスト作品も展示される。
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日本古来の「ことば」の本意を国語学者が解説! 原義に近いのは 「言葉」より「事端」
国語学者の小野正弘先生が、日本語の本来の意味や成り立ちを掘り下げる本連載。約1年間で、ことばの奥深い世界に触れてきました。今回は総括として、ずばり「ことば」の意味と役割を解説してもらいました。
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登りごたえのある山道が続く、雷電山から青梅丘陵へ【東京発日帰り低山さんぽ】
『散歩の達人 日帰り低山さんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。青梅駅の北側に横たわっている小高い尾根が青梅丘陵である。そこに一本のハイキングコースが設けられている。名称はハイキングコース、実際は登山コースという意外と手ごわい登山道だ。<東京都 青梅市>
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【小説に鉄道を読む】時代によって異なる、小説のなかの“描かれた鉄道”。池澤夏樹『キップをなくして』の時代設定の妙
「映画やマンガ、小説に登場する鉄道」と聞くと、どんな作品の、どんなシーンを思い出しますか? 描かれた、あるいは映り込んだ鉄道に着目すると、作品の時代背景や鉄道の歴史を読み解くことができます。これまで「マンガに鉄道を見る」「映画に鉄道を見る」と題し、『年表・サブカルチャーと社会の50年』著者のパンスさんに、さまざまな年代や設定のマンガ・映画作品から鉄道を見据えてもらいました。今回は、いよいよその小説編です。
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日本いかにも土産物考ふたたび~土産キーホルダーをピアスにする編
日本各地の観光地で今でも販売されている、昭和の時代からあるような土産物。これまでこのコラムでは、スノードームやピンバッジ、湯呑みなどを取り上げてきた。しかし「いかにも土産物」の代表選手といえば、キーホルダーではないだろうか。
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「渋谷に住む」ってどう思う?渋谷の静寂ポイントを歩こう
突然のエルボーからの一緒に住まない?に動揺したオレ。だってオレの予想とは全く逆の答えが返ってきたんだから。てっきりオレは元カレとヨリを戻す話をされるのだと思って一日ビクビクしていたのだ。エルボーはオレを見て小首をかしげる。「……え、だめかな?」「もちろん良いよ!!一緒に住もう!!」……なんだよーもう。てっきり元カレとヨリ戻したいとか言われるんだと思って今日一日冷や冷やしてた。そんなオレの心境を知ってか知らずか「女って過去の男のこと結構あっさり忘れられるものよ。電話きて、今さら何?って腹たっちゃった」と。なんかカッコいい!!けどオレも歴代の彼女たちにあっさり忘れられているんだろうなきっと……だがそんなことは今はどうでも良い!!!ついにオレはエルボーと同棲だ!!!張り切って次のデートで家を見にいこう!!!
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「万引き」の同調圧力に耐えた中学生の自分をほめてあげたい
中高時代、私が信奉していたバンド、ブランキー・ジェット・シティの「D.I.Jのピストル」という曲の一節に「何かとっても悪い事がしたい」という歌詞がある。一時期の私はブランキーのボーカル、ベンジーの言うことは全て正しく、自分をベンジーに擦り寄せていきたいと思っていたので、「D.I.Jのピストル」を聴くたび、「何かとっても悪い事がしたい」という感覚が自分の中に存在しないことを再確認してはひどくがっかりしたものだった。ロックには、社会からはみ出してしまうことを気高いもの、美しいものとする価値観がある。すごく才能がある人というのは一般人にはおよそ理解できない無軌道な衝動を抱えていて、それが思春期に盗んだバイクで走り出したり、校舎の窓ガラスを壊して回るような破壊的行動として発露するのだ。そしてそういった衝動を持つ者だけが群衆の中から突出し、独自の作品を世に残すことができる。「悪い事がしたい」という衝動が一切湧いてこない自分には才能がないのかもしれない――。そう考えながら私は多感な十代を過ごしたのである。そんな私にも人並み程度には悪い事をしそうになった経験がある。たとえば、万引きをするかどうかの瀬戸際に立たされた日があった。
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「寂しさに負けませんように」。阿佐ヶ谷散歩でもたらされた、気の早い神様のご利益
秋だからだろうか、ときたま無性に寂しくなる。前提として私は一人暮らしだ。結婚しているのだが、ここ一年と少し、夫は地方にある自分の実家で暮らしている。夫の実家では高齢の義父と義母が二人で暮らしていたが、義父の認知症が進んで義母の手に負えなくなったため、夫が同居するようになった。夫はフリーランスのイラストレーターなので、居住を移すことが可能なのだ(ちなみに義父は認知症だが元気なため要介護度が低く、訪問介護サービスを受けている。施設ではなく自宅で介護しているのは夫の意思で、私も彼の選択を尊重しているつもり)。夫には都内で働く弟がいて、月に一度、週末に介護を替わってくれる。その間だけ、夫は東京の我が家へ戻ってくる。つまり、私と夫は月に一度しか会えない。友達からは、夫と一緒に暮らせないことを「可哀想に」と言われる。夫や義母からも「一人にしてごめんね」と謝られる。しかし、私は自分を可哀想とは思わない。むしろ、家族なのに介護を手伝えないことを申し訳なく思う。私ももっと夫の実家に行けたらいいのだが、仕事が忙しくてなかなか時間を作れないのだ。そんな私に夫は、「僕は僕で今の生活を楽しんでるから、サキちゃんは僕に遠慮しないで自分の生活をめいっぱい楽しんでね」と言ってくれる。そんなわけで私はこの状況に納得しているのだが、ときたま、発作のような寂しさに襲われることがある。「それ」がやってくるのは大抵、仕事と家事を終えた夜の時間帯だ。ほとんどの夜は本を読んだりラジオを聴いたりして寂しさが入り込む隙を作らないようにしているが、たまに失敗して、心にヒュっと寂しさが入り込んでしまう。寂しさは即効性のある毒のようなもので、あっという間に全身に回る。気づけば、愛用の手ぬぐいは絞れそうなほど涙でびしょびしょ。嗚咽が漏れ、ホラー映画に出てくる幽霊のように「寂しい、寂しい」と呻いてしまう。「寂しい」と夫に言えば、罪悪感を抱かせてしまう。友達に言えば心配をかけてしまう。そもそも愚痴を言いたいわけじゃない。誰かと話したいだけだ。でも、夫に電話すれば「寂しい」と言ってしまうだろう。じゃあ、なにげないふうを装って友達に連絡しようか。そう思うものの、友達はみんな仕事や子育てで忙しく、遠慮してあまり連絡せずにいるうちに、用件なく連絡する術を忘れてしまった。LINEのトーク一覧を遡り、誰かに声をかけられないか考えてみるけれど、話題が思い浮かばなくてスマホを放り投げる。私って友達いないなぁ……。そう思うとますます寂しくなって、すすり泣きが一段と激しくなる。こうなったらもう、人とつながることで寂しさを解消するよりも、孤独と共存する方法を考えたほうがいいのかもしれない。寂しさを飼い慣らすのだ。そのためには、一人の時間をもっと楽しめればいいのかも……。そんなとき、ラジオでなにわ男子の大西流星くんが「明日はオフだから一人で山形に行ってくる」と話していた。朝6時台の飛行機に乗って、おいしいものを食べて、帰りは新幹線で帰ってくると言う。私よりもはるかに忙しいであろう彼が、たまのオフに弾丸一人旅をしているとは。その気力がまぶしい。思えば、私は一人旅をあまりしない。一人旅どころか、都内でも「目的が明確じゃない外出」をすることはほとんどない。買い物や観劇など、目的があるときは一人でも出かけるが、目的なくブラブラするのは苦手なのだ。一人だと時間を持て余してしまいそうだし、退屈しそうだから。だけど、たまには目的なく散歩してみようか。一人散歩を楽しめるようになったら、この底抜けの寂しさをもっと飼い慣らせるようになるかもしれない。そんなわけで、次のオフに行ったことのない街へ行ってみることにした。どこにしようか考えて阿佐ヶ谷に決める。阿佐ヶ谷は前から行ってみたいと思いつつ行ったことがなかったし、次のさんたつの特集があるから。そうと決めたら、ワクワクする気持ちと億劫さがない交ぜになった。大西流星くんも山形に行く前はこんな気持ちだったろうか?
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「ありがとう」は実は珍しい感謝限定のことば! 国語学者が使用上の注意も含めて深堀り解説
「ありがとう」はコミュニケーションを円滑にする大切なことば。照れくさくても、はっきりと感謝の気持ちを示すことが、家族、友人の関係を良好にします。そのいっぽう、「屈折したことば」でもあると指摘するのは、国語学者の小野正弘先生。使い方を間違えると、人間関係をこじれさせてしまうかも!?
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段丘上の天上の畑は縄文からの贈りもの【ニッポン面影散歩/沢井川と大日野原】
陣馬山の登り口に沢井集落がある。集落は沢井川沿いに南北に点在している。川の右岸の段丘上には縄文のころから人が住んでいた痕跡も残る。いまは電気柵に囲われた畑だが、その地は天空に近い広い畑だった。
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