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さんぽの壺
散歩の途中、見逃しがちなどうでもいいものの中に、ふとツボにハマる何かを見つけることがある。あれはなんだろう? どうしてあんな形なんだろう? どうしてここにあるんだろう? そんなたくさんの「なぜ」について、マニアなイラストレーターが考える、100パーまじめなイラストコラム。

最新記事

ブロック塀の古文書~サビた金属看板を解読する~
近頃のレトロブームに伴い、昭和中期に多く作られた金属看板が評価されている。大村崑のオロナミンCや、松山容子のボンカレーの広告看板はその代表格で、状態の良いものはオークションサイトなどで高値で取引されている。また郊外を車で走っている際などに目撃する、木造住宅の壁にビッシリと貼られた貸金業者の金属看板が好きだという人も多い。このように注目を集める金属看板がある一方で、長らく設置されていながら街に同化して全く顧みられない金属看板も、実は都内に多数残されている。こうした金属看板は大抵、古いブロック塀にビス止めされたものだ。外すのが面倒であるとか、跡が残るといった理由で、広告主が廃業するなど広告としての...

この連載の記事一覧

駅の「白ポスト」にまつわるさまざまな疑問
子どもの頃、「なぜこれが駅にあるのだろう」と疑問に思うものがあった。有害図書を入れるポスト、通称「白ポスト」である。成長するにつれて、電車内で読んだ成人雑誌を家に持ち帰らないようにするために駅に設置してあるのだ、ということを理解するようになったが、その頃には既に白ポストは東京23区の駅から姿を消していたように思う。たまに「白ポストかな」と思って近づいてみれば図書館の返却用ブックポストだったりして、うっかり成人雑誌など入れようものなら大変なことである。入れないけれど。
なぜかM&M’sチョコ以外のものを売っているエム君の悲劇
M&M’sというチョコレートをご存じだろうか。赤、黄、青のカラフルな糖衣をまとったアメリカ生まれのチョコレートで、「お口でとろけて、手にとけない」というキャッチコピーも有名だ。
なぜ巨大な熊を店頭に置いている店が多いのか?(前編)
紫陽花の咲く季節、高幡不動の駅を降りて参道を歩いていた時、ふとパチンコ店の店先に目が留まった。3歳児くらいの大きさはあろうかという、巨大な熊のぬいぐるみが座っている。その瞬間、これまでに見てきた数々の店の様子が頭に浮かび、そして思った。「なぜ商店は巨大な熊を店頭に置きたがるのだろうか」と。
なぜ巨大な熊を店頭に置いている店が多いのか?(後編)
なぜ店頭に巨大な熊を置く店が多いのか。その理由は実際に熊を置いているお店に聞いてみるより他はない。というわけで各地のお店の方にお話を伺ってみた。
年賀状のデザインにお困りの方へ。十二支ライダーのすすめ(1)
2011年の11月、私は年賀状のデザインに悩んで公園にいた。その時ふとひらめいてしまったのだ。児童公園には実にいろんな種類の動物遊具がある。もしかすると十二支(じゅうにし)が揃うのではないか。そしてその十二支遊具にライダーの格好をしてまたがった写真を年賀状にすれば、12年分の年賀状デザインを考えずに済むのではなかろうか、と。ライダーの格好なのはただ単に私がバイク乗りだからだ。
年賀状のデザインにお困りの方へ。十二支ライダーのすすめ(2)
2011年から始まったオギリマサホの「十二支ライダー」年賀状シリーズ。辰(たつ)巳(へび)午(うま)と最初の3年は順調に乗りこなしてきたが、未(ひつじ)、申(さる)の年、ライダーの前に大きな困難が立ちはだかったのだった……。 
いよいよ年賀状のデザインにお困りの方へ。十二支ライダーのすすめ(3)
「十二支ライダー」年賀状シリーズもいよいよ佳境。2016年の干支(えと)であるサルの撮影中、筆者は大変なピンチに遭遇することとなった。つまり、ライダー危機一髪!
私は「すあま」と和解するべく旅に出た
私には食べたことのないものがあった。「すあま」。関東以外の方には馴染みのない食品であろうが、和菓子の一種である。そもそも私は和菓子が好きだ。それなのに何故すあまに手が伸びなかったかというと、「存在意義がよくわからない」からである。
街は巨人の食べ物であふれかえっている
幼い頃、ジオラマを眺めるのが大好きだった。まるで自分が神様にでもなったかのように、世界をひと目で俯瞰できたからだ。しかし一方で私は「もしかして自分のいる世界も精巧にできたジオラマで、ある日、空から巨人の指がニューッと降ってくるのではないだろうか……」ということを恐れる子どもでもあった。
「平らだったから置いちゃいました」系の郵便ポストで、雑然となりゆく街
ひとはなぜ、平らな台があると上にものを置きたくなるのか。冷蔵庫の上に電子レンジ、ブラウン管テレビの上に木彫りの熊、ダイニングテーブルの上に郵便物、チェストの上に読みかけの本。こうして雑然とした部屋はできあがっていく。
閉館した「兼高かおる旅の資料館」に行ってきた話
平成を過ぎて令和の世となり、昭和の面影を残すものがだんだんと姿を消すようになってきた。「としまえん」の段階的閉園のニュースもその一例である。「そのうちに行こう」と思っていた施設が、いつの間にかなくなっていたということも増えてきた。
【コロナ時代の散歩術】パンダのシンシンもマスクをするのだろうかと、都内を調べてみた
新型コロナウイルスは、街の様子をも変えてしまった。どこの薬局にも「マスクの入荷はありません」と書かれた張り紙が掲示され、一方で街行く人のほとんどがマスクをしている。そのような状況の中、とある薬局の店先にいるパンダの人形が目に留まった。以前通りがかった時は、確かこのパンダはボーダーシャツに吊りズボンというオシャレな格好をしていたはずだ。それが、白衣に大きなマスク姿になっている。やはりこのご時世なので、この格好になったのだろうか。他の薬局のパンダはどうなっているのだろう。
電話ボックスにいた、謎のアイツ
私が子どもだった1970年代の終わり頃。街のあちこちには電話ボックスがあり、据え付けられている電話機は黄色だった。実はこの電話ボックスに、私は少し恐怖心を覚えていた。黄色い電話機は100円玉を入れるとお釣りが出ない。「間違えたら後戻りできない感」が、子ども時代の私には何とも怖く感じられた。しかしそれ以上に恐怖だったのが、電話機の上部に取り付けられていた注意書きのプレートであった。
辰ちゃん人形よ永遠に―「実在の人物型」店頭人形の役目
2019年12月、俳優の梅宮辰夫が81歳で亡くなった。そのニュースを聞いた時、私の脳裏に浮かんだのは「不良番長」でも「帝王」でも、はたまた「仁義なき戦い」でもなく、「漬物店の辰ちゃん人形、どうなるんだろう……」ということであった。
もともと何を言いたかったのか? 「赤だけ色あせ看板」問題を考える
人はなぜ看板を作るのか。それは訴えかけたいことがあるからだ。看板の中でも特に重要な言葉は目立たせたい。そこで、その言葉を目立つ赤で書く。その心情はとてもよくわかる(写真1)。ところが、である。日数が経つと、赤い塗料はだんだん褪色していく。結果、一番目立たせたかったはずの言葉だけが消え失せてしまっているという事態が生じる。何とも皮肉な話だ。街を歩いていると、こうした「赤だけ色あせ看板」をあちこちで発見することができる。この「色あせ看板」をいくつかのグループに分類してみたい。
花より目立ってしまう恐怖の”擬人化プランター”
プランターとは何のために存在するのか。それは植えられる花や植物を引き立たせ、より美しく見せるためではないのか。それが証拠に、ホームセンターで売っているプランターは白や茶などの目立たない色で、デザインも余計な装飾を省いたものがほとんどだ。ところが3年ほど前、堀切の街を歩いていて、ふと視線を感じて道沿いのビルを見上げた時、私は仰天した。
山の「まといリス」看板を制覇したいという欲望
登山をしていると、よく出くわすのが、まといを持ったリスの看板。やけにかわいいアイツだが、そのバリエーションは実に様々。なんでもアニメまであるという。気になるアイツの後ろ姿を追った。
本物そっくりのイヌ・ネコ像(ガーデンオーナメント)を見て、思わず「ヨーシャシャシャ!」と話しかけてしまう場合とそうでもな...
想像してみて欲しい。あなたが道を歩いていて、道端にトラ猫が丸くなっているのを発見した時のことを。あなたは恐らく「猫ちゃ~ん」と声をかけながらその猫に近づいていくだろう。ところがその猫はよくできた置物であった。あなたはキョロキョロと辺りを見回しながら、今の醜態が誰にも見られていなかったことを確認し、足早にその場を立ち去るに違いない。これは先日私の身に起きた実話である。
素敵な焼き印が押された、まんじゅうという名の小宇宙
まんじゅうの表面に焼き印を付ける仕事をしたいと思っていた。真っ白に蒸しあがった薯蕷(じょうよ)まんじゅうの表面にジュ―ッと焼きごてを押し当て、くっきりと印を刻む。その工程がたまらなく魅力的に思えたのだ。言うまでもなく、まんじゅうに焼き印を付けるだけの仕事などどこを探してもなく、また家庭で個人用焼きごてを用意するというのも非現実的であるため、断念して今に至る。 
「本物そっくり」を超越する、古びた食品サンプルの魅力
子どものころから「本物そっくりのニセモノ」が好きだった。ままごとで使うお金は葉っぱやおはじきでは納得できず、本物そっくりに作られた「子ども銀行券」をねだった。家族でドライブに出かける際は、高速道路の工事現場で旗を振る「安全太郎」人形に出会うことを何よりの楽しみとしていた。中でも私の心を惹きつけてやまなかったのが、レストランや喫茶店の店頭に飾られている食品サンプルであった。
夜の街の「ネオン看板」よ永遠に!
私は夜の街が好きだ。と言っても、夜に営業する店に行くのが好きな訳ではない。きらびやかな照明に彩られた繁華街の風景を、ただぼんやり眺めるのが好きなだけである。逆に山奥の夜はあまり好きではない。真っ暗で怖いからだ。バイクで遠出をする時も、夜は必ず街に宿泊し、その土地で最も栄えている街をぶらつくことが多い。灯りに囲まれている方が安心できるのだ。光のある方にフラフラと引き寄せられる私は、前世が蛾か何かだったのかも知れない。
【コロナ時代の散歩術】マスク姿になっている街中の可愛すぎる像たちを調査してみた
梅雨が明けて暑さが厳しくなってきた。例年であればマスクのマの字も話題に上らない季節であるが、今年は街行く人のほとんどがマスク姿である。マスク姿になっているのは生身の人間ばかりではない。こちらのコラムでは3月に、薬局の店頭にいるパンダ人形・ニーハオシンシンのマスク姿を調査した。その後4月16日に全国に緊急事態宣言が発令されると、シンシンばかりでなく、全国の銅像や店頭人形がこぞってマスクを着けはじめたのである。不要不急の外出を控えなければならない身としては、直接その姿を見に行くこともままならず、毎日のように地域ニュースで報じられる「○○像がマスク姿に」という情報をちまちまと収集していた。
「消防水利」「防火水槽」「消火栓」……消防系看板の意味、サビ、退色を味わいつつ、防災について考えよう
街を歩いていると、「消火栓」とか「防火水槽」などと書かれた赤い円形の標識を目にする。しかし「消防水利」と「防火水槽」と「消火栓」はそもそもどう違うのだろう? そしてあの赤色はどのように経年変化していくのだろう? などの疑問をきっかけに防災について興味を持ってもらうというのはどうだろう?
いつまでも残り続けてほしい、観光地の土産手ぬぐいの魅力
20代の頃、しばしばバイクで一人旅をしていた。その時に購入した自分用の土産物は、大抵手ぬぐいであった。リュックの中でかさばらず、雨に降られた時にも便利で、しかもすぐに乾く。家に帰ってからも、その土地ならではの絵柄や言葉が染め抜かれた手ぬぐいを見て、楽しかった旅の思い出を蘇らせることができる。かくして、タンスの中の手ぬぐいは次第に増えていった。
「都まんじゅう」とも「ロンドン焼」とも呼ばれる、店先で製作過程を見られるお菓子について
街を歩いていると、ふと足を止めて見入ってしまうものがある。たとえば浅草にある中華料理店『馬賊』の店先で、ビヨンビヨンと手打ち麺が伸ばされていく様子。川崎大師の参道で『タンタカタンタン』という歯切れのよいリズムに乗せて、飴が切られていく様子(川崎大師の場合、録音された音声に合わせて手だけを動かす飴切りロボットもいて、こちらも興味深いものではある)。結局私たちは、商品ができあがっていく過程を見るのが好きなのだ。高速道路のサービスエリアにある、ドリップコーヒーを注文すると「コーヒールンバ」のメロディに合わせて製造過程をモニターで見せてくれる自動販売機も、こうした心理に応えるために設置されたものだろう...
消えゆく昭和の「マーケット」、その思い出とこれから
私が子供時代を過ごした1980年代前半、東京の街には既にスーパーが普及していた。しかしその一方で、八百屋や肉屋、魚屋、雑貨屋などが一カ所に集約された薄暗い「マーケット」もまだ健在だったのである。
令和顔ハメ看板考~なぜ顔を出すのか?そこに穴があるからだ~
顔ハメ看板。それは昭和の時代から観光地で我々を出迎えてくれていた。現在のようにスマホやデジカメで気軽に写真が撮れる時代ではなかったから、ご当地の名物や有名人を盛り込んだ顔ハメ看板は「いかにも楽しげな記念写真」を演出するのに最適のアイテムだった。古いアルバムをめくれば、顔ハメ看板から顔を出して微笑む幼少時の自分の写真を何枚か発見することができる。「顔ハメ看板の思い出」とはすなわち「懐かしい家族旅行の思い出」でもあったのだ。
「子ども110番の家」とは何か? ステッカーを見ながら街の安全について考える
平成年間において大きく変わったことの一つに、街を歩く子ども達への対応が挙げられる。大人は見知らぬ子に対してみだりに声をかけることをしなくなり、子ども達自身も防犯ブザーを常に携帯して「知らない人から声をかけられても応対しない」ことが徹底されるようになった。これを世知辛いと嘆く向きもあるが、子ども達の安全を守るためには仕方のないことかも知れない。こうした時世の変化に伴い、街のあちこちで見られるようになったのが「子ども110番の家」というステッカーである。なんとなく理解していたつもりの「子ども110番の家」だが、一体どのような活動なのだろう。
この世の全てを「もなか」にしてしまえ!~土産もなかの変幻自在な魅力に迫る~その1
観光客向けに作られた土産物の菓子には、大きく分けて二種類ある。その地の特産品を利用した菓子と、その地の観光名所や名物をかたどった菓子だ。後者の場合、パッケージに観光名所等の写真や絵が印刷されているのみで、中身は普通のクッキーやまんじゅうであることも多い。しかし、菓子本体が名物の形をしていることもあり、それは大抵「もなか」ではないだろうか。
この世の全てを「もなか」にしてしまえ!~その2・動物をかたどったもなかのいろいろ
日本各地の和菓子店や土産物店で売られるもなかには、さまざまな形があることを前回述べた。もはや、もなかで表現できないものはないのではないかという勢いである。今回はその中でも、動植物をかたどったもなかについて見ていきたい。
【新年特別企画】十二支の動物にまつわる寺社への初詣「動物初詣」のすすめ
【編集部より】新年あけましておめでとうございます。オギリマサホさんによる当連載、現在「もなか」がテーマの第2回が終わったところで、今回は第3回の予定でしたが、巡り合わせよく2021のお正月が間に挟まってしまいました。毎年干支の動物にライダー姿で跨る「十二支ライダー」の年賀状(メールのみ)が出版界をざわつかせているオギリマさんですが、それと似て非なる年中行事として「動物初詣」も続けておられるとか。「だったら、ジミな『もなか』は一回飛ばして十二支初詣の話を書いてくれませんかねえ?」という編集部の願いが叶い、今回のテーマは動物初詣と相成りました。もなかファンの皆様には大変申しわけございませんが、ちょ...
この世の全てを「もなか」にしてしまえ!~その3・乗り物や工業製品のもなか、そして「もな活」の心得
ここまで、さまざまなジャンルのもなかについて見てきた。もはや各地のもなかだけでジオラマができてしまうのではないかと思うほどである。そうしたジオラマに欠かせない乗り物についても、もなかはちゃんとカバーしている。
街のあちこちで、にらまれる ……「にらむ目」ステッカーが我々に訴えかけるもの
どうにも落ち着かない。先日街をバイクで走っていて、ある警備会社の現金輸送車の後ろについた時のことである。そのワゴン車の後部には、「警備警戒中」と書かれた、「にらむ目」のステッカーが2枚も貼られていたのだ。つまり私は、計4つの目ににらまれながらの走行を余儀なくされた訳である。にらんでくるのは車だけに限らない。街を見渡してみると、このような「にらむ目」のステッカーやプレートが至る所に貼られている。我々はいつからこのようにあちこちでにらまれるようになったのだろうか。
いろんな「大仏」を巡る旅と、味わい深い「中仏」との出会い
大仏が好きだ。大きな仏像は、見る者を圧倒する力を持っている。仏教に対する特別な信仰心がなくとも、無量の慈悲を感じてついつい手を合わせてしまう。奈良時代、度重なる政変や飢饉、地震に見舞われた聖武天皇が、大仏を建立したくなった気持ちもわからなくはない。仏が大きい、ただそれだけで何となく救われる思いがする。昔のチョコレートのCMではないが、まさに「大きいことはいいこと」なのだ。
街の中でふと発見する保存車両、つまり「こんなところに電車?」の愉しみ
昔から「動かない電車」に、何とも言えない興奮を覚えるたちであった。駅に停車しているとか、車庫に入っている電車ということではない。新しく製造され工場からトレーラーで道路陸送されたり、引退後に地面に固定され再利用されたりする保存電車のことを指している。
はたらくタヌキ~街を支えるタヌキの置物たち~
さまざまな動物の中で、およそタヌキほど実像とかけ離れたデフォルメがなされているものはないのではないだろうか。野生のタヌキはシュッとした顔で太ってもおらず、むろん“八畳敷”でもない。ところが昔話に登場するタヌキたちは、いずれも丸々と太った腹を抱え、悪だくみをしたり、人を化かしたりする。多くの人が「タヌキ」と聞いて思い浮かべるのは後者のイメージではないだろうか。
郵便ポスト色彩図鑑~黄色ポスト、ピンク色ポスト、速達専用青ポスト、キャラポスト…etc
郵便ポストは赤いものと相場は決まっている。それは四代目柳亭痴楽のせいではなく(昔「郵便ポストが赤いのも、み~んな私のせいなのよ」というネタがあったのだ)、ポストの位置をわかりやすくする目的で1908(明治41)年に赤色ポストが正式制定されたためである(郵政博物館HP)。しかし逆に「ポストは赤でなければならない」という決まりもないようで、最近では各地に趣向を凝らした色とりどりの郵便ポストが設置されている。「上に何かが載っている」系のポストについては以前このコラムでも紹介したが(「平らだったから置いちゃいました」系の郵便ポストで、雑然となりゆく街)、今回は郵便ポストの「色」について取り上げてみたい...
ブロック塀の古文書~サビた金属看板を解読する~
近頃のレトロブームに伴い、昭和中期に多く作られた金属看板が評価されている。大村崑のオロナミンCや、松山容子のボンカレーの広告看板はその代表格で、状態の良いものはオークションサイトなどで高値で取引されている。また郊外を車で走っている際などに目撃する、木造住宅の壁にビッシリと貼られた貸金業者の金属看板が好きだという人も多い。このように注目を集める金属看板がある一方で、長らく設置されていながら街に同化して全く顧みられない金属看板も、実は都内に多数残されている。こうした金属看板は大抵、古いブロック塀にビス止めされたものだ。外すのが面倒であるとか、跡が残るといった理由で、広告主が廃業するなど広告としての...
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