よく見ると手にホウキと花を持っており、かわいらしさが増している(吉祥寺・月窓寺)。
よく見ると手にホウキと花を持っており、かわいらしさが増している(吉祥寺・月窓寺)。

どこの寺でも境内は綺麗にしていることとは思うが、何となく、掃除を重視するのは禅宗というイメージがある。禅宗の一つである曹洞宗を日本で開いた道元は、清掃や炊事など日々の生活における作務を修行と捉えた。月窓寺も曹洞宗の寺なので、さてはお掃除小僧は曹洞宗の寺に設置されているのかと思いきや、柳原の理性院は真言宗であった。

撮影時は新型コロナウィルス感染拡大の最中で、小僧さんもマスク姿。ちょっと下膨れの顔立ちか(柳原・理性院)。
撮影時は新型コロナウィルス感染拡大の最中で、小僧さんもマスク姿。ちょっと下膨れの顔立ちか(柳原・理性院)。

横に添えられた説明書きを見ると、どうやら檀家さんが母の菩提をとむらうために建立したものらしい。となると、宗派を問わず発見できそうだ。

掃除小僧と呼んでみたが……

今までこの像を「お掃除小僧」と呼んできた。しかし理性院の像には「ほうき地蔵さん」と書かれている。他にも、高幡不動の子は「にこにこ地蔵」、

通りがかったお年寄りのご一行が、口々に「いいお顔ねぇ」「こういうお顔になりたいわ」と言っていた、福々しいにこにこ地蔵(高幡不動尊)。
通りがかったお年寄りのご一行が、口々に「いいお顔ねぇ」「こういうお顔になりたいわ」と言っていた、福々しいにこにこ地蔵(高幡不動尊)。

調布の大正寺の子は「十難掃出地蔵」と名づけられており、

十難の内容を知りたいものである。横には本を開いている小僧さんもいる(調布・大正寺)。
十難の内容を知りたいものである。横には本を開いている小僧さんもいる(調布・大正寺)。

どうやらこの像を地蔵と捉える動きもあるようだ。地蔵の持物といえば錫杖が一般的であるが、それをホウキに替えたと思えばよいのだろうか。

持っているホウキは石?実物?

そのホウキであるが、高幡不動や大正寺のように石造りになっている場合もあれば、月窓寺のように実物のホウキを持っていることもある。高尾山のケーブルカー乗り場近くにいる「おそうじ小僧」は石造りパターンなのだが、よく見ればホウキの向きが他の小僧と逆である。

高尾山頂にも同じ像がある。「山をきれいに」の意味も込められているのだろう(ケーブルカー清滝駅)。
高尾山頂にも同じ像がある。「山をきれいに」の意味も込められているのだろう(ケーブルカー清滝駅)。

左手が上になっているということは、高尾山のお掃除小僧は左利きなのだろうか。

しかし私がこれまで見た限りでは、実物のホウキ小僧の方が多そうだ。稲城の常楽寺の門前にいる二人の小僧も実物ホウキタイプなのだが、そのうち一人は熊手を持っている。

この後チャンバラが始まって和尚さんに怒られるまでが想像できる(稲城・常楽寺)。
この後チャンバラが始まって和尚さんに怒られるまでが想像できる(稲城・常楽寺)。

しかも上下がさかさまだ。恐らく下から差し込むのが難しいからではないかと思うが、まるで掃除の途中でチャンバラを始めてしまった小僧さんのようで、何とも微笑ましい。

友人の妹さんから、「八雲の東光寺にもすごいホウキ逆さ持ち小僧がいる」ということを教えてもらったので行ってみると、ホウキを逆さに憤怒の表情で仁王立ちする小僧さんがいた。

ホウキを振り上げられると、怒っているように見える不思議(八雲・東光寺)。
ホウキを振り上げられると、怒っているように見える不思議(八雲・東光寺)。

いい加減な心持ちの奴は一歩たりとも中には入れん、という気迫すら感じられる。ところで掃除はどうした。

 

中には何も持たない小僧もいる。

15年ほど前に古い携帯で撮った小僧さん。空を掴んでいる(綱島・東照寺)。
15年ほど前に古い携帯で撮った小僧さん。空を掴んでいる(綱島・東照寺)。

何も持たない小僧、それを「お掃除小僧」と呼んでもよいものか。まるで禅問答のような問いが頭をかすめていく。

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こうしたお掃除小僧を見る一番の楽しみ、それは顔かも知れない。同じ顔をした子は一人としておらず、それぞれに個性のある顔つきをしている。中でも私が一番気に入ったのは、池上本門寺のお掃除小僧である。

昭和の大物・児玉誉士夫が、妻の追善供養のために建立したものだという。子どものような、おじさんのような、何とも言えない味わいのある顔立ち(池上本門寺)。
昭和の大物・児玉誉士夫が、妻の追善供養のために建立したものだという。子どものような、おじさんのような、何とも言えない味わいのある顔立ち(池上本門寺)。

仏像というよりは人間らしい顔つきで、少々とぼけた表情は、見ているこちらも笑顔になってしまう。

仏像を鑑賞するのも楽しいものだが、境内のお掃除小僧にも目を留め、お気に入りの子を発見するのも寺社巡りの楽しみの一つに加えても良いのではないかと思う。

イラスト・文・写真=オギリマサホ