幸福な嘘八百(フィクション)――梶原一騎・原田久仁信の傑作『プロレススーパースター列伝』
梶原一騎が太く短い生涯を終えて今年(2020年)で33年になる。梶原が遺した代表作――。『巨人の星』、『タイガーマスク』、『あしたのジョー』は、いまなお現在進行形の輝きを放っている。他にも傑作が星座のようにある中、僕のような昭和40〜50年代生まれの世代にもっとも影響を与えたのは、『プロレススーパースター列伝』(以下、『列伝』)ではないだろうか。テレビのゴールデンタイムにプロレスが放送されている時代に、本作は週刊少年サンデーで連載されていた。どんなレスラーが登場したか、少年サンデーコミックスで挙げていく。1巻 地獄突きがいく!ザ・ブッチャー ①〜⑨2巻 ブッチャー ⑩〜⑫、首折り魔!スタン・ハンセン ①~⑥3巻 千の顔を持つ男!ミル・マスカラス ①~⑨4巻 マスカラス ⑩~⑮、父の執念!ザ・ファンクス ①~③5巻 ファンクス ④~⑦、インドの狂虎!タイガー・J・シン ①~⑤6巻 シン ⑥~⑦、世紀の大巨人!A・ザ・ジャイアント ①~⑥7巻 なつかしのB・I砲! G馬場とA猪木 ①~⑨8巻 G馬場とA猪木 ⑩~⑱9巻 夢の英雄! タイガーマスク ①~⑨10巻 タイガーマスク ⑩~⑱11巻 タイガーマスク ⑲~㉗12巻 超人一番! ハルク・ホーガン ①~⑨13巻 ホーガン ⑩~⑱14巻 文明のキングコング!ブルーザー・ブロディ ①~⑨15巻 ブルーザー・ブロディ ⑩~⑱16巻 東洋の神秘!カブキ ①~⑨17巻 狂乱の貴公子!リック・フレアー ①~⑧計17巻13人。「プロレスの神様」カール・ゴッチはよほど人気がなかったのか、最短の5回で打ち切りになったため単行本未収録。文庫やコンビニサイズ版など、何度となく復刊されているが、初単行本となったサンデーコミックス版はファンの思い入れが強く、累計100万部を突破しているにもかかわらず高値で取引されている。「プロレスは世界最強」と頑なに信じていた少年たちは、とにかく『列伝』にヤラれた。基本的にメリハリが利き過ぎで、作画担当の原田久仁信先生が最高の名場面をあてていく。そこに描かれたことを、僕たちは一語一句一コマ信じた。例えばブッチャーの初回。ブッチャーがインタビューを依頼するマスコミを怒鳴り付けて退散させたコマの後。“こんなブッチャーがただ昼飯をおごっただけで、わたし(梶原一騎)にしみじみ2時間も波乱の半生を語ってくれた”と前置きを付ける。ザ・シークに見いだされたもののギャラをピンハネされたブッチャーは、「ああ、人間は信じられねえ!」と思う。そこに入る梶原節。“ブッチャーの悪役哲学!! それは「愛」とか「友情」とかを信じないこと、信ずるのは「自分と金」だけだとハッキリ言う! ブッチャーの少年時代……(略)なんと母親がアルコール中毒だった。朝から晩まで飲んだくれる母親に愛想を尽かした父親は、幼いブッチャーも捨てて他の女性と一緒になってしまった。そのショックと、アルコールで体を壊し、間もなく母親が死んで……”。切なかった。だからブッチャーは極悪非道のレスラーになったんだと子どもの僕は同情した。猪木編は何度も涙した。師匠力道山はジャイアント馬場にはエリートコースを歩ませる一方で、猪木寛至を苛め抜く。馬場に全敗した猪木に、それまで厳しく当たってきた力道山が真意を明かす。力道山「強いレスラーにはふたつのタイプがある。馬場のように天性の恵まれた体格とパワーで圧倒できるタイプと、おまえやわしのように、中型の体格を努力と根性で強化するしかないタイプだ。当然、その育て方も違う! わしは馬場にはどんどんチャンスをあたえ、天性の素質を花ひらかせるようにし、逆に猪木には下積みの苦労、そこから生まれる雑草の強さを期待した!」猪木「せッ……先生!!」力道山「なんにもいわんでええ。とにかく、わしは馬場にトコトン連敗しながら、なおかつ、技と根性のレスリングで対抗しようとの執念を捨てぬ、猪木寛至ちゅう男を認めた! 近くアメリカにも遠征させよう。リングネームも、あの偉大なアントニオ・ロッカにあやかってアントニオ猪木というのはどうかな?」ナレーター「アントニオ・ロッカ!! それは力道山が一度でいいから日本へ招きたいと望みつつ、あまりに相手が超大物のためスケジュールがあかず、遂に果たせなかった人気王レスラーの名! 力道山の猪木への愛情の深さがわかる……」『列伝』泣くとこ多いんだけどここ鉄板。こんな感じの最強こぼれ話オンパレード。挙げていくときりがない。