街づくりが得意な建築事務所が仕掛ける調布の魅力を繋ぐ拠点
『FUJIMI LOUNGE』がオープンしたのは2019年5月。元は酒店だったという地上3階、地下1階の建物で、1階はガラスばりのカフェ。地下は『みんなの工作室』と名付けたレンタルスペース、2階と3階は建築事務所になっている。カフェでは地方のお酒の試飲会や和菓子の魅力を伝えるイベントなども開かれてきた。
代表の菅原さんはヨーロッパで活躍したあと帰国し、独立。その菅原さんは、なぜ調布の、しかも駅から離れた場所に事務所を構え、カフェを併設することにしたのだろうか。
「調布に縁ができたのは偶然ですが、郊外ながらただのベットタウン以上に魅力のある街です。五街道のひとつ、甲州街道が通っているので、古くから人と文化が往来して、街に編み込まれて来たのだと思います」
確かに調布には奈良時代から続く深大寺があり、うまいソバがあり、大きな緑地もある。調布飛行場は諸島部のリゾートへの玄関で、映画の街としての顔も持つ。
「ただ、これまではそれぞれが点として存在していたのだと思います」と菅原さんは分析。建築家として街のデザインに携わる機会が多いことから、その点と点を繋げて、線、そして面に広げる実験の一環となることもカフェを開いた目的だ。
菅原さんは交通による人の流れに注目。駅から離れたバス停周辺エリアがこれから見直されるとも考えている。バス停付近は住宅地としてばかり捉えられがちだ。しかし、気軽に参加できるイベントも仕掛ける『FUJIMI LOUNGE』のような場所が、地域の人と地域外から訪れる人の交流を作り、地域の魅力を掘り起こすことに繋がるというのだ。
調布市が行っているシェアサイクリングの拠点も敷地内にあり、バスと自転車、そして徒歩の移動によって、駅から離れた地域を人々が周遊することも狙っている。
「人やモノ、コトの距離感を理解することは建築に欠かせないこと。自分たちで人が集まる場所を運営することが、変化する社会に則した建築につながると考えています」と話す。
菅原さんがカフェを開いた動機はもうひとつある。パリ勤務時代に毎日のように目にした世界有数の建築家、レンゾ・ピアノのオフィスの光景だ。レンゾ・ピアノは日本でも関西国際空港や銀座のメゾンエルメスなどを手がけたことで知られる。そのパリオフィスの1階はガラス張り。模型を作る作業がパリの市民から見える場所で行われていた。
「世界の最先端のクリエイティブが街の日常の一角になっていたことに感動したんです。僕もいつか路面の設計デザイン事務所をやりたいと思っていました」
菅原さんの事務所は世界でも大きな賞を受賞する実力派。パリで目撃した“世界的なクリエイティブが街に溶け込む様”を調布の富士見町で菅原さんなりのやり方で再現したというわけだ。事務所で資料として使う建築・設計の書籍や雑誌が、コーヒーを飲みながら手に取れるように並べてられている。
手作りのお菓子と丁寧に入れたコーヒーが自慢
『FUJIMI LOUNGE』は菅原敏江さんが日々の運営を行っている。『FUJIMI LOUNGE』名物のお菓子、フロランタンとくるみパイは敏江さんのお手製だ。「フロランタンもくるみパイも、ナッツは食べやすい大きさを考えてカットしているのがこだわり」と話す。
「平日は地域のお年寄りも多いですが、週末にはどこか遠くからおしゃれな若い方が来て、結構混み合うんですよ」と敏江さん。常連客には調布在住の漫画家や哲学者などもいて、それぞれの著書も書棚に並べられている。店を訪れた料理研究家が一緒にイベントをやりたいと声をかけてくれたこともあるという。
「今まで交流することのなかった地域の文化がこの場所で交差することになったんです。すごくおもしろいし、活性化に寄与できていると思います」と手応えを話す菅原さんは嬉しそうだ。
メニューには菅原さんが関わった地方のお酒や食品なども並ぶ。手頃な値段で提供されるコーヒーは、ハンドドリップコーヒー、水出しコーヒー、手押しエスプレッソを用意。山中湖や調布市内の焙煎所から取り寄せた別々の豆をそれぞれに使用している。特にハンドドリップには力を入れていて、少し時間をかけてもおいしいコーヒーを提供することを心がけている。
菅原さんは、マイクロ・バブリック・ネットワークという考え方を推奨している。山梨県の山中湖村や広島県の三原市や竹原市で、バスや自転車で行き来できるような小規模の地域拠点を複数作る仕事を手がけて、今後は調布でも『FUJIMI LOUNGE』以外の拠点を作っていく構想があるそうだ。
駅から離れた場所に名所があって、バスはもちろん、シェアサイクルを利用することで楽しみが広がる調布の街。『FUJIMI LOUNGE』を目的地のひとつに加えてめぐってみると、街に潜んでいた色々な顔が浮き上がってきそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり