丸山桂里奈
1983年、大田区大森生まれ。2011年の第6回サッカー女子W杯優勝で国民栄誉賞受賞。『ラヴィット!』(TBS)、『まるごと』(静岡第一テレビ)などに出演中。映画『スペース・プレイヤーズ』ではアラクネカ役で声優デビュー。共演者に渡すお手紙が謎過ぎる怖過ぎると常に話題に。
無職時代を支えた縁起のいいラーメン
──大森はご自身にとってどんな街?
桂里奈 : 大きい森。ビッグツリーです。これだけは世界に推したいです。ビッグツリーはみんなフレンドリーなので、友達がいない人や地方から来た人は、港区などに行く前に、まず大森と蒲田に来てほしい。そして、羽根付き餃子と台湾ラーメンを食べてほしい。
──ビッグツリー(笑)。『歓迎(ホワンヨン)』 は通い続けて何年ですか?
桂里奈 : 北京オリンピックの表敬訪問の帰りに、大田区出身のすごくでっかい白鳥君 (白鳥勝浩さん。ビーチバレー選手。191㎝) に連れてきてもらって、13年くらい来てるかな。台湾ラーメンにハマって、一時、おかしいくらい通ってました。その時に店長だった山さんと白鳥君の3人で仲良くて。ね!
(山崎社長、ご登場)
山さん : そのうち、家にも来るようになって、俺の彼女ともすごい仲良くなって、朝までパターゴルフしてました。
──そんなご縁で桂里奈さんは、いっとき 『歓迎』 では無料だったとか?
桂里奈 : その頃、本当にお金がなくて。W杯優勝後もほぼ無職で、みんなバイトするんです。でも、私はバイトで疲れてサッカーしたくなくて、アメリカに行った時の貯金で生活してたんです。
山さん : 女子アスリートの過酷さを俺なりに感じて応援したかったよね。
桂里奈 : 一回、『歓迎』で働かせてって話にもなったね。いよいよ大変な時に。
山さん : 当時、桂里奈の洋服姿見たことなかったし、バッグも持たず来るし。
実家からランニングで来て、食べて、 またランニングで帰る
桂里奈 : ボロボロのジャージで大森の実家からランニングでここまで来て食べて、またランニングで帰って。
山さん : 一回、酔っ払って、橋の上を走るの競争して、俺、勝ったんだよ!
桂里奈 : したした。そこのあやめ橋だ。
山さん : 今でも、忙しい移動の合間の15分とかに来て、ドライブスルーみたいにラーメン食べて帰る(笑)。
桂里奈 : 最後の晩餐(ばんさん)もここの台湾ラーメンがいいくらい好き。縁起もいいし。
──縁起がいい?
桂里奈 : 食べる時に、私の顔がスープに映りますよね。すると、台湾ラーメンも私を見ます。だから台湾ラーメンたちは、今の私も昔の私もずうっと見ている。私の歴史の全てを知ってくれてるから、食べると落ち着くんです。
ただ、結婚して思ったのが、私は台湾ラーメンに取り憑(つ)かれてたのかなって。本並さん(本並健治さん。桂里奈さんの夫)と来る時も必ず台湾ラーメンと餃子とそぼろ丼を頼んでいたんです。でもある時、本並さんが、「俺は、俺の一番を探したいな。他を食べてみようかな」って、北京汁そばを頼んだんですが、食べさせてもらったら、もうめちゃくちゃおいしくてびっくり。
──今、台湾ラーメン“たち”へはどんな思いで?
桂里奈 : 何と言うか……、私、これまで付き合った人を自分から振ったことがないんですよ。振られる方が、多い。
山さん : なんの話だ。
桂里奈 : 北京汁そばを食べた日は、彼氏を振った後、みたいな感覚になるから。台湾ラーメンたちは、私をすごく好きだったし、私もずっと好きだったのに、他にも好きな人ができてしまった。ごめんね、みたいな気持ちを、その日は夜まで引きずってしまう。
山さん : 重いわ!
(山崎社長、ここでご退席。ありがとうございました)
黒湯と貝塚で育ちました。
──“ビッグツリー”な街では、どんな少女時代を?
桂里奈 : サッカーは小学校6年生から始めたんですけど、それまでは、毎日習い事をしてました。陸上、習字、ヨット、ピアノ、テニス、あとママさんバレーも。黒湯を飲んで習い事、黒湯飲んでは習い事、みたいな毎日でした。
──黒湯を、飲む?
桂里奈 : 小さい頃、黒湯の温泉によく行ってたんです。黒湯飲んだら頭が良くなるって言われてて、お母さんが蛇口からもらってきた黒湯を、家でもブロック氷にして食べてたんですよ。黒湯に親しみすぎて、湯船でも顔半分つけてズズーってやってたら、頭が本当に良くなったんです。小3の頃は地域の人に 「この子は将来、博士になる」って言われるくらい。中学から飲まなくなったので博士への道は止まりました(※桂里奈さん個人のご感想です)。
──黒湯のほかに好きな場所は?
桂里奈 : 私、死角が好きなんで、まず大森貝塚です。彼氏と遊ぶ時は、お忍びで行きたいじゃないですか。大森貝塚は、死角だらけで隠れたりできるし、貝を探す楽しみもある。本並さんと一緒に行って、ホタテ貝を見つけて食べたいです。
あと、大森銀座。小学校の友達も住んでいたので、よく行ってました。思い出深いのは『肉のタブチ』さん。『歓迎』大森店の真ん前なんですけど。子供の頃、前を通りかかると「ちょっとおいで」って店のご主人から呼ばれて、メンチカツをよくもらってました。山さんも、もらうみたいですけど、それは山さんがお店の餃子をあげるからで。私は交換条件なく、いただいてました。あ、でもタダでくれるみたいに思われちゃったら困ります。タブチさんの息子さんが私のお兄ちゃんと同い年だったから、私のことも可愛(かわい)がってくれていたんだと思います。
──大森の下町らしさを感じます。
桂里奈 : 面白い八百屋のおじさんもいました。通りかかる人、みんなに声をかける陽気なおじさん、元気かなあ。来てくれた人、通りかかった人におもてなしをしたいって気持ちが、街じゅうみんなにあるんですよね。
カリカッパ前に全員集合!
──地元で銅像になるのが夢だとか?
桂里奈 : なりたいです。ただ銅像になるには、歴史の中で何かしないといけない。何をしようって考えた時、私はカッパを探して、カッパと友達になった唯一の人として銅像になりたい。
──カッパはどこにいそうですか?
桂里奈 : 人間も色んな地区に住んでるじゃないですか。それと同じでカッパも色んな地区に住みます。ただ大森のどこにいるか? と聞かれたら、平和の森公園です。水と草と池みたいなのがあるので、多分そこにいます。でもすぐ会えるとは思ってません。30年くらいかけてコツコツと。人間も「探してる」って言われたら隠れたくなるじゃないですか。悪いことした人たちが逃げるくらいなんだから、何もしてない人だって、逃げたくなりますよね?
──……そう、かもしれません。
桂里奈 : それと同じで、カッパもあんまり探してるって言うと逃げたくなると思う。私はカッパを捕まえたりしない、一緒に遊びたいと伝えたいです。
──カッパとは何をして遊ぶ?
桂里奈 : まずドライブ。カッパは、ハンドルはたぶん握れないと思うので、運転は私。助手席は濡れても大丈夫な特別なシートを準備します。あとタピオカを飲ませてあげたい。カッパの主食はキュウリでしょ? って思うかもしれませんが、カッパは進化してますから。人間が進化するのと同じで、カッパの中では、「『歓迎』の羽根付き餃子って、ウマイらしいよ? 食べたいなア。でも俺たちカッパは、人間と交流がないから注文できないよね」って話になってる可能性があります。私はカッパと人間の架け橋になりたい。
──夢がかなったら、銅像はどこに?
桂里奈 : 大森銀座の入り口がいいです。みんなが 「あー」って見てくれて、こっちもみんなの顔を 「あー」って見られる両サイド。神社の狛犬(こまいぬ)みたいに、私とカッパがそこにいる。
──桂里奈さんとカッパが“対”に?
桂里奈 : そうです。あと銅像の先輩である渋谷ハチ公みたいに、「カリカッパ前集合ね」と、待ち合わせ場所になれたらいいですよね。カッパはみずみずしいから、カッパの像をなでると美肌効果も期待できます。夜は、私とカッパの目は光る(仕様?)ので目印にもなります。カリカッパで地元に恩返しができたら私は本望です!
──パワスポ「カリカッパ」の誕生を、日本中が楽しみに待っています!
〈桂里奈SPOT 01〉蒲田・歓迎(ホワンヨン)あやめ橋店
アスリートを虜にする、蒲田の極名物
噛むとスープが弾け出す羽根付き餃子や、甘辛く味付けられたひき肉とたっぷりのニラが決め手のあっさり味の台湾ラーメンが人気。1986年の『歓迎』は蒲田を本店に都内に8店舗あるが、あやめ橋店には桂里奈さんをはじめ、常連にアスリートが多く、あの伊調馨さんも通う!
『歓迎 あやめ橋店』店舗詳細
〈桂里奈SPOT 02〉大森・大森銀座
いつかここにカッパと一緒に銅像を
京浜東北線からも見える大森銀座商店街、「Milpa(ミルパ)」。駅からアーケードを中心に、食料品店からおしゃれなレストランまで暮らしの全てがそろう。「今でも大好きでよく行く場所」と桂里奈さん。/JR京浜東北線大森駅東口から徒歩1分。
〈桂里奈SPOT 03〉平和島・平和の森公園
アスレチックも池もある思い出の公園
大田区立の公園としては最大の広さ。「走るコースが結構長いからランニングしたり、芝の上でサッカーの自主練をしてました」と桂里奈さん。ひょうたん池など水辺もあり、確かにカッパの棲(す)み処(か)にも良さそう。/京急本線平和島駅から徒歩7分。
取材・文=さくらいよしえ 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2021年10月号より