何十年ぶりに見た切手アルバム
さて、ここからが肝心なのだが、今から考えると、記念切手を集めることで絵画の名作に慣れ親しむ下地ができたと思う。例えば岸田劉生の麗子像。先日東京ステーションギャラリーの《没後90年記念 岸田劉生展》に足を運んだ。岸田劉生は38年の生涯に、麗子をモデルにした作品が50点近くあるが、僕がお目当ての麗子像はなかった。わかっていただけるだろうか、竹馬の友に会えると思って同窓会的なものに出席したのに、その子によく似た双子三つ子はいたけど肝心の本人は欠席でした、みたいな。何十年ぶりに切手アルバムを引っ張り出してみた。我ながらよく取っておいたなあ。量はたいしたものではない。あれこんなもんだったかなと拍子抜けする。どうやってモルディブ共和国や中国やインドといった海外の切手を入手したのか、どうあたまを捻っても思い出せない。ページをめくる。著名な絵画作品を切手にしたものを見つける。
時代順に関係なく挙げていくと、佐伯祐三、福田平八郎、岡田三郎助、伊東深水(朝丘〝ボイン″雪路のお父さん)、鏑木清方、谷内六郎(週刊新潮の表紙)、前田青邨、富岡鉄斎、横山大観、西川祐信、狩野山楽、歌川国芳、林静一(梅味キャンディー「小梅」)など。去年、大観生誕150年の大規模な展覧会が開催されてもちろん行った。明治から戦後にかけて、そのスケールにおいて最大の日本画家と感じ入った。
所有してはいなかったけど、青木繁の『わだつみのいろこの宮』のインパクトは忘れられない。後に実物と対峙したときは、写真でしか見たことのない偉人を仰ぎ見るような気持ちだった。
子どもの頃切手を集めていたおかげで今、絵画展に通うようになった。そう考えると満更でもない少年時代を過ごしたのかもしれないと思う。今からまた切手を集めようという気にはならないけれど。
おじいちゃん、僕の切手アルバムを売ったら、マンションの頭金ぐらいにはなるでしょうか。
樋口少年の切手コレクション
文=樋口毅宏 イラスト=サカモトトシカズ
『散歩の達人』2019年12月号より