しかしまぁエライ人気である。1992年の発売以来、『マクドナルド』の月見バーガーは、毎年秋の風物詩になったどころか、もはや本家のお月見というイベントをも「バーガーを食べる」という行為に置き換えた。おそらく2030年ぐらいには恵方向いてガブリついているんじゃないのか。

ハンバーガーに玉子とベーコンを入れただけと言ってしまえばそれだけなのだが、シンプルながら、バンズであり、トマトクリーミーソースとの組み合わせが絶妙でいつの間にやら30年。

今では定番のほかに「チーズ月見」なんて“変わり月見”が必ず何か入っていて、今年の月見は「こく旨すき焼き月見」だ……それは月見なのか。風流なのか。と首を傾げつつ、サイドに目をやれば、あんことお餅の「月見パイ」にスイートポテト味の「月見マックシェイク」。栗のモンブランな「月見マックフルーリー」だ。モチはウサギが月でついたやつか。芋? え。栗? いや、その前にすき焼き?

これだからアメリカは!と調べてみると、お月見のお供え物は月を現す団子が一般的だが、そもそも地域によっては「芋名月」と呼ぶところもあって、月に似た里芋やサツマイモ、秋の作物を供えることもあるのだとか。

なんということか。ゴリゴリにはしゃいでたアメリカ人に、日本の伝統芸能の作法を諭されたような居心地の悪さ。「盗んだバイクで走り出すのが十五夜さ」なんてふざけて月見と向き合ってこなかった自分を殴りたい。

「心が上を向くようなおいしさをご堪能ください——」なんてコピーに、ほだされた。いや、でもね。闇夜に灯る名月はひとつであるから美しい。これだけ月がポンポコ出てしまっている現状は、まるで衛星が13個ある海王星。しょうじょうじのタヌキが将棋倒しで踊り死に、狼男が24時間労働で過労死する。外食産業における秋の月への依存ぶり。タヌキに化かされているその間に、月に代わってお会計よ!

卵を立たせるが如きバランスで、このバブルは成り立っている

月はどっちにも出ている。あっちにもこっちにも。『ロッテリア』「半熟月見絶品チーズバーガー」。『ケンタッキー』「とろ~り月見フィレサンド」。『モスバーガー』「月見フォカッチャ」あたりのファストフードはもはや常連。『コメダ珈琲』が本気を出した「フルムーンバーガー」なんて怪作もあれば『𠮷野家』も「月見牛とじ丼」で乗ってきた。そもそも看板がフライパンに玉子がついている『ほっともっと』も「月見フェア」を展開だ。

ただ玉子を入れた、言い方の違いだろ。『富士そば』の月見そばは365日、同じ月が出ているのだ。なのに、マックの前には行列ができ、モスは人気のため品切れで一時販売中止。近所のケンタッキーも人気で在庫がなくなったので早期終了となったそうだ。

秋の月見商戦。果たして玉子が好きなのか。イベントが好きなのか。限定モノに目がないのか。卵を立たせるが如(ごと)き危ういバランスで、このバブルは成り立っている。

そう。月なんてほんとはあるようでないんですよ。アポロ着陸はスタジオロケで月の裏にはナチスの秘密基地。疫病が広がり、首相は弾かれ、猪木は死んだ。

朝マックに「月見マフィン」があるのはなぜか。光の関係で見えなくても、月はそこにあると示唆しているのではないか。

だからこそ尊ぶべきは、業界のファーストペンギンならぬ『ファーストキッチン』。「ベーコンエッグバーガー」なのである。45周年を迎えた年中玉子のFKムーン。月見のブームに見向きもしない、あんたサイコーにかっこいいよ! 昔から変わらない最高傑作……なんて改めて惚れ直していたが、子供の頃、買ってもらえたのは年に一度。平塚店で、七夕の時だけだったことを思い出した。ロジックは限定の月見バーガーと同じだったのか。今も純正の『ファーストキッチン』に出合える機会はなかなか少ない。

文=村瀬秀信
※本稿は月刊『散歩の達人』2022年11月号に加筆修正したものです。

L・O・TT・E オーロッテ。嵐を呼ぶんだ、われらロッテ親衛隊。というわけで、マックよりロッテ。モスよりもロッテ。マドロックよりのロッテ。川崎でロッテリア。京浜東北線が不測の事態で止まってしまったので川崎で京急に乗り換えようとアゼリアを歩いていたら、『ロッテリア』に出合った。懐かしい。心の中のマサカリ兆治が蘇る。川崎球場にロッテがいた80年代、駅前の『ロッテリア』にもタダ券目当てでよく通ったものだ。
この原稿は立ったまま書いている。物書きになって二十余年、こんな無作法は生まれて初めてのことだ。だるい。フェンス越しの植え込みに、いつの間にか躑躅(ツツジ)が咲いている。自分の住んでいる街なのに知らない街のようだ。
行きつけの店。なんてものは、人生の一部みたいなものだ。どこでどうしてその店の常連になったのか、自分でもわからない。きっかけなんてどうでもよくて、なんとなく居心地がよかったり、波長があったりで、気がつくとその店に居ついてしまっている。