一見して屋台どころか、ただの物置のようにも見えるその強烈な佇まい。年の瀬に吹く北風の冷たさも相まって、より屋台の哀愁を増している。二十年前どころか、今だって入るのにも躊躇してしまう。ドキドキしながら、ビニールをめくった。

中は予想通りの狭さだ。畳半畳ほどの調理場に冷蔵庫とガス台、そこに女将さんがギリギリ収まっている。客席はかろうじて四人が座れる程度という、まさしく屋台の狭さだ。カウンターに座って、まずは瓶ビールを女将さんからいただいた。

メニューらしいものなど、どこにもない。目の前に並ぶラッピングされた惣菜の皿と、『おでん槽』がメニュー代わりだ。おでん槽はこの狭い空間の割に、かなり大きめのサイズ。女将さんが木蓋を開けると、玉子に厚揚げ、はんぺんにソーセージ……種(タネ)はかなり豊富で、店内は立ち上がる湯気でいっぱいになった。こいつを頂戴しない手はない。

まずは、厚揚げとソーセージ、そして大きな『お麩』だ。手の平もある〝でっぷり〟としたお麩は、たっぷりの出汁を吸ってドッシリと箸に重みを感じる。ハフハフと熱いところをかぶりつくと、とろけるようなお麩の舌触りがたまらない。どんどん頼もう。


「えっ、何これ!?」

おでんの種では珍しい『ニンジン』に目を輝かせた。真っ二つに切った豪快なニンジンは、これはびっくり、すごくおいしい。生ではあんなにも固いのに、おでんにすることでしっとりとした柔らかさ、ニンジン本来の甘さはしっかりと残しつつ、出汁の風味がその甘さを後押ししている。
屋台のおでんって、こんなにおいしかったのか……


おそらく、これは屋台だから出せる味だ。
長い間、外の空気を浴びながら、狭い店内の匂いを沁み込ませ、そしてそこに来るお客さんの人情劇を隠し味にして、やっとこの味が生み出せるのであろう。

「惜しい酒場を失くしたなぁ……」
何十年前には、そんな屋台がいくつも並んでいたことを想像するだけで、胸の高鳴りがおさまらない。その〝かつての栄光〟のひと欠けらを、最後に体験できたことを呑兵衛として誇りに思う。


大宮「ゆたか」2020年12月30日・閉店


取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)