まずは西武新宿線の野方駅にある老舗食堂『野方食堂』の刺身盛り合わせだ。小さな角皿に、三点のシンプルな盛り合わせ。一見どこにでもありそうだが、よく見るとそこかしこに〝技〟が光っている。青光りのサバ、オレンジ色に輝くサーモンの切り口。そして赤とピンクのグラデーションが美しい中トロは、とても町食堂で出てくるような代物ではない。どっしりとした食べ味から、繊細に溶け出す脂の旨味がすばらしい。新鮮なキュウリとダイコンのツマも、確かな技術。刺身盛り合わせの〝伝統工芸品〟と呼べる一皿だ。

続いては新宿の『タカマル鮮魚店 2号館』だ。知る人ぞ知る〝魚のおいしい〟酒場で、いつも魚好きで賑わっている。角皿にまるで羽が開いたように並べられた美しい刺身たち。質はどれも新鮮極まりなく、さらにこだわり三種類の醤油でそれぞれを味わえる。その日仕入れたバラエティ豊かな刺身たちで、何度も楽しませてくれる。刺身盛り合わせの〝エンターテイナー〟と呼べる一皿だ。

溝の口の『魚~ずまん』が印象的なのは店名だけではない。フリスビーほどの巨大な丸皿に、七点というド迫力盛り。しかも、何十もある魚種から自分で選べるというから嬉しくなる。高いものから七点……なんてことも大丈夫、好きなものだけを七点……それも問題ない。選んで少し待ては、薬味やツマと共に美しく添えられた煌びやかな一皿がやってくる。そこには、まるで夏の夜空の〝花火〟が浮かぶようだ。

綺麗に盛り付けるだけが盛り合わせではない。白楽にある『お食事処 さしみ ふじや』は、一見渋い大衆食堂のようだが、ここで出される盛り合わせときたら……なんていうことだ。〝無骨〟……が、これほど魅力的に感じることがあっただろうか。角皿に所狭しと並べられた刺身は、どれもブツ切りと言っていいほど豪快な大きさだ。横浜が近いだけあって質は最高で、そんな刺身をカツ丼の如くガツガツ食べられるという、なんとも漢(オトコ)らしいい一皿。刺身盛り合わせ版〝菅原文太〟の称号を与えたい。

最後になるが……ここに来て、実はあまり紹介したくない。あまりにも、素晴らしい盛り合わせだからだ。荻窪の「あ麺んぼ」にある盛り合わせは、〝何点〟という概念がない。超大皿に盛られた刺身は、これでなんと二人前。もう一度いう、これで二人前だ。驚くのはまだ早い。さらにネタも新鮮で、安っぽさはまったくない。玉子焼きだってただのかさ増しとは違って、しっかりとおいしいのだ。もう一つ驚いてほしいのが、これでなんとたったの1,590円(2023年3月現在)というのだ。質、量、美しさ、値段……すべてが揃った、刺身盛り合わせの〝奇跡〟と言わざるを得ない。


いかがだったろうか。
おそらく私は今後も焼鳥ややきとんを、盛り合わせで頼むことはないだろう。ただ、刺身の盛り合わせだけは違う。酒場によって創意工夫され、もはや〝芸術〟とさえ言わしめるそのポテンシャルは無限なのだ。そして自分が刺身を食べる民族に生まれたたことに日々感謝しつつ、今日もまた……いや、明日も明後日も、刺身盛り合わせを求めて酒場を航海するのである。


取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)