室橋裕和(達人)の記事一覧

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ジュエリータウンの真ん中に、ベジタリアンレストランがある理由とは? 御徒町のインド料理店『ヴェジハーブサーガ』へ
「ジャイナ教徒は“ピュア・ベジタリアン”なんです」と、ラジェンドラ・ジェインさんは言う。『ヴェジハーブサーガ』のオーナーにしてジャイナ教徒だ。
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横浜のリトル・タイランド、伊勢佐木町へ。『クァーサイヤム』でガチのタイ料理を味わう!
関内の駅を出て、伊勢佐木町の雑踏を縫い、西へと歩いていく。江戸時代に開発が進み遊郭がつくられ、明治にかけてにぎわったことに街のルーツがあるという。その後は遊郭が移転し商店街として発展、大正時代には横浜を代表するモダンな繁華街になり、ここを歩くことを「銀ブラ」ならぬ「伊勢ブラ」と呼ぶほど人気スポットになったそうだ。
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埼玉県南部に広がるアフリカ人・コミュニティー。レアな料理の数々を食べ歩く!
この地域の東武スカイツリーライン沿い、実はアフリカの人々が多い。レストランや食材店も10軒以上。日本ではきわめてレアな料理の数々を、アフリカ人たちとつきあいの深い比呂啓さんと食べ歩いてみた。取材・文=室橋裕和(TOP写真・左) 案内人=比呂 啓(同・右)
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市ケ谷『タシデレ』は亡命チベット人たちの文化と心を伝える場所。世代をつなげてきた料理の特徴とは?
「150人くらいだと思います」市ケ谷のチベット料理店『タシデレ』の店主、ロサン・イシさんは言う。日本に住む亡命チベット人の人数だ。
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東京最古のコリアンタウン・東上野。70年続く『馬山館』の韓国料理と昭和の香りが濃密な店の歩み
インバウンドの観光客でにぎわう上野のアメ横から東に歩き、首都高に覆われた昭和通りを越えると、時代から取り残されたような一角が見えてくる。2、3階建てで、古びた小さな店が肩を寄せ合うように密集している。焼き肉屋、キムチ屋、韓国食材店……「キムチ横丁」とも呼ばれるこの場所は、東京で最も古いコリアンタウンとして知られている。
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80年代の懐かしき香港がここに! 麻布十番『八十港』は自由闊達だった当時を思い出す場所
スープをすすった瞬間「!」とシビれた。あっさりしつつも、しっかりコクが溶け込んだ豚骨ベースの味わい。コシの強い麺の、ほんのりとした香り。そしてなによりこの海老ワンタン。いくつものエビがみっちり詰め込まれたデッカいやつで、ゴリゴリに歯ごたえがあって噛みしめるほどにうまさが口の中に広がる。
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名物のビュッフェをともに食べ、クルドの人々を知ってほしい。川口『AZEL(アゼル) RESTAURANT&BAR』へ
日曜、朝8時30分。すでに『アゼル』はたくさんのクルド人でにぎわっていた。うわさ通りの人気のようだ。家族連れが目立つ。みなさんお皿を手に手に物色しているのは、なんとも豪華なビュッフェコーナー。目にも鮮やか、色とりどりの料理が、数えてみれば50種類以上もズラリと並ぶ。
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品川区「八潮団地」に現れたITエンジニアたちのコミュニティー。南インドの料理が味わえる『メイド・イン・インディア』へ
品川区の東部、京浜運河を渡った先には、人工の大地が広がっている。東京湾埋め立て造成事業によって1970年代に生まれたものだ。東側は輸出入の巨大ターミナル・大井埠頭だが、西側はマンモス団地になっている。「品川八潮パークタウン(八潮団地)」だ。
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柏のスリランカ料理店『カーサ・パスカーレ』は、現地の家庭にお邪魔したかのような温かさと居心地の良さ
千葉県柏市の南に位置する小さな町、逆井。「さかさい」と読む。なかなかの難読地名であろう。由来は諸説あって、井戸を逆さにしたかのように水が湧き出る豊かな地だったとか、氾濫した利根川の水がここまで逆流してきたなどといわれるが、その筋の方々に逆井と聞けば「お、スリランカだね」と答えることだろう。
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三河島は新たなリトル・カトマンズ。留学生たちの生活を支えるインド・ネパール料理店『モモハウス&バー』
荒川区・三河島といえば、この連載の第30回でも紹介したように韓国人のコミュニティーがあることで有名だ。それも済州島出身の人々とその子孫が多く、渋いキムチ屋や済州島の郷土料理を出す焼き肉屋、韓国の教会などが点在する界隈となっている。そんな三河島にこの数年、ネパールの人々がずいぶんと増えてきたのである。
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