30代にして継いだ名門の歴史

時津風 祐哉

1985年、高知県土佐市生まれ。高知県立高知工業高等学校、東京農業大学と、学生相撲で活躍し2007年三月場所で初土俵。最高位、東前頭筆頭。2016年一月場所で引退。2021年に時津風を襲名し、時津風部屋を継承した。

パチン、パチンという音が稽古場に響き渡る。力士がゆっくりと繰り返し行う四股(しこ)は静かな、けれど激しい稽古だ。時間が経過するにつれ、力士たちの体は熱を持ち始め、うっすらと汗がにじみ始めた。

相撲部屋の朝は早いと聞いていたが、なるほど本当に早かった! 力士たちは早朝に目を覚まし、早い者は7時には稽古場に入る。取材班が到着したのは8時。すでに数人の力士が汗を流していて驚いた。

 

相撲道の基本はやはり四股(しこ)。
相撲道の基本はやはり四股(しこ)。

今回、稽古見学でお邪魔したのは両国駅から徒歩3分、両国国技館までも10分足らずと、好立地に位置する『時津風(ときつかぜ)部屋』だ。69連勝という驚異の記録で知られる昭和の横綱、双葉山が開いた道場がそのルーツ。“相撲の神様”と呼ばれた大横綱が築いた名門の部屋が、国技館にこんなに近いとは! 部屋の玄関には今も「双葉山相撲道場」の看板が掲げられていて、その歴史を感じさせる。

双葉山が土俵を見守る。
双葉山が土俵を見守る。

土俵の上で鳴り響いた四股の音が鳴りやむと、今度はすり足、そして土俵を使っての稽古へと移る。稽古が進むとさらに闘気が立ち上る。強くなりたい。その一心で稽古に邁進(まいしん)する力士たちの情熱と、歴史ある部屋の荘厳な雰囲気に思わず気圧(けお)されてしまう。

そんな中、若い力士に混ざり白いまわしで四股を繰り返していたのが時津風親方だ。幕内で活躍した元土佐豊、というとピンとくる人も多いだろう。1985年生まれとまだ若い30代の親方が、この長い歴史のある部屋を継ぎもう3年近くになるが、今も毎日、四股を踏んでいるそうだ。

「いやぁ、健康のためですよね。痩せたくて稽古はしてるんですが、全然痩せられないんですよ(笑)」

そう親方は照れるが、朝から四股を踏むその大きな背中が、若い衆に伝えているものは思いのほか大きい。力士たちの稽古にも自然と力が入る。

土俵を真剣に見つめる若手の姿が印象的。
土俵を真剣に見つめる若手の姿が印象的。
早朝から気迫のこもった稽古が行われる。
早朝から気迫のこもった稽古が行われる。

取材に伺った日はたまたま海外からのツアー客が見学に来ており、稽古を真剣な眼差しで眺めていた。部屋によっては、この時津風部屋のように稽古見学が可能なので、相撲ファンならずとも、ぜひ一度は足を運んでみてほしい。日本の国技を間近に感じ、そして荒々しい力士たちの息づかいを目の前で見ることができるとは、なんと貴重な時間だろう。

熱心に見学する、外国からのツアー旅行客。
熱心に見学する、外国からのツアー旅行客。

時津風部屋は若い親方の部屋ということもあってか、稽古中にも兄弟子が弟弟子に指導したり、声をかけたりするシーンが実に多かった。親方も力士たちを下の名前で呼んでいて、仲が良い部屋だということがよく分かる。

「部屋もそうですが、同じ一門の部屋へ出稽古に出かけるなど、一門でもとても仲が良くて、本当に家族みたいなものです。うちは若い力士も多いので、活気がありますね」

稽古中は力士たちがほうきで土俵を整える場面も。本場所では見られない光景。
稽古中は力士たちがほうきで土俵を整える場面も。本場所では見られない光景。
稽古中の筋トレも欠かせない。
稽古中の筋トレも欠かせない。

そう話す親方自身もこの時津風部屋の力士だった。両国の街の印象についても伺ってみた。

「大学を卒業してからずっと両国です。毎朝、近所を散歩するようにしているんですよ。稽古前の早い時間に歩いています。清澄通りの方まで出て、蔵前橋を通って隅田川沿いを戻ってきたり。日の出の時間に歩くととても気持ちいいんです」

さすがは、両国歴16年。この地に育てられた親方は“両国散歩の達人”というわけだ。さらに、近隣の店への愛情も深いという。

「ちゃんこの材料の仕入れ先は近所の『八百賢』さんだし、地方に行く時の和菓子を買わせていただいている『とし田』さんもなじみの店です。両国のおみやげとしてとても喜ばれています。僕もそうですが、部屋も地元にしっかり根付いてやっていますね」

相撲部屋というといかにも格式が高そうだが、地域密着でどこかアットホームな雰囲気も魅力。そんな伝統を今後もつなげていってほしい。

【解説】稽古の流れ

四肢

相撲の基本トレーニング。足を上げるときも下ろすときもゆっくり行うことで体幹も下半身も鍛えられる。

 ↓↓

すり足

足を開き、土俵から足の裏を離さないように低重心で前進する。強靭な足腰をつくるのに欠かせない。

 ↓↓

三番稽古・申し合い稽古

土俵を使って取組を行う。同じ相手と何番も続けて取る三番稽古、勝ち抜き形式の申し合い稽古がある。

 ↓↓

ぶつかり稽古

ぶつかり続ける押し手と、胸を貸し当たりを受ける受け手に分かれ稽古する。迫力満点!

【注目の力士】『時津風部屋』で若手を引っ張る、時疾風

時津風部屋というと、熊本県出身の人気力士・正代関も有名だが、目下の注目株が宮城県出身の時疾風(ときはやて)関。

2024年五月場所で新入幕、東前頭十五枚目となり、稽古で若手に胸を貸す姿はまさに部屋を引っ張る看板力士。そんな時疾風関はこのように話してくれた。

「やっぱりみんなにも強くなってほしいという思いがあります。自分も先輩に教えてもらってきたので、今はそれを自分がやる番になってきたんだなぁと感じていますね」

爽やかな笑顔を見せながら時疾風関は続ける。

「うちの部屋は稽古場が広いんですよ。それで距離を近く感じてもらえて、多くの方にも来ていただいています。稽古を見られるのもだいぶ慣れましたね(笑)。やっぱり見ていただくと気合が入るものです」

彼の目に両国はどう映っているのだろうか。

「両国暮らしももう6年になります。本当に住みやすくていい街ですよね」

住みやすくていい街・両国と共に、時疾風関も日々前進しているのだ。今後の活躍にも、ますます目が離せない!

『時津風部屋』 稽古見学について

朝稽古は7:00頃~10:00頃(本場所中、本場所後1週間はなし)。
定員制で事前予約はなし。見学する際はHPに掲載されたマナーを厳守すること。

●JR総武線両国駅から徒歩3分。東京都墨田区両国3-15-4 藤和シティホームズ両国
☎なし インスタグラム:@tokitsukazebeya

取材・文=半澤則吉 撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2024年2月号より

大相撲の本場所が行われる1月(初場所)、5月(夏場所)、9月(秋場所)は、『国技館』が大いに盛り上がる。でも、本場所がないときでも十分面白い散歩スポットがあることをご存じだろうか?ここでは『国技館』の楽しみ方を一挙解説。今すぐ両国に行きたくなる!
知る人ぞ知る「相撲の街」、柏。相撲部屋があるわけではないのに、一体なぜ?実は、2023年の初場所で活躍した琴勝峰(ことしょうほう)をはじめ、柏市出身や、柏にゆかりのある力士は多い。柏の相撲を深掘り!
スタート:JR総武線・地下鉄大江戸線両国駅ー(3分/0.2㎞)→相撲博物館ー(1分/0.2㎞)→旧安田庭園ー(5分/0.3㎞)→刀剣博物館ー(6分/0.4㎞)→東京都復興記念館ー(6分/0.4㎞)→江戸東京博物館ー(6分/0.4㎞)→すみだ北斎美術館ー(13分/0.8㎞)→吉良邸跡ー(5分/0.3㎞)→桐の博物館ー(8分/0.6㎞)→袋物博物館ー(5分/0.3㎞)→両国花火資料館ー(1分/0.1㎞)→回向院ー(3分/0.2㎞)→ゴール:JR総武線・地下鉄大江戸線両国駅今回のコース◆約4.2㎞/約1時間/約5500歩