【こころも体も懐もあったかい本格派たち】
大将が作る、極冷の酎ハイ。『愛知屋』[鐘ケ淵]
下町の多くの酒場で使われる琥珀色の風味付けエキスと、甲類焼酎をブレンドして半シャーベット状まで冷やす。これを強い炭酸水とともに一気にグラスに注ぐ。これで氷を入れずとも最後まで冷たさもキレも変わらず飲み干せる、酎ハイ340円が完成する。アテは、濃口醤油とザラメで煮込んだ、定番の牛豆腐700円。そして、焼き物がまた実に合う。山梨の紅富士鶏は柔らかく臭みも一切ない。これは酎ハイが進むわ……。
『愛知屋』店舗詳細
母娘で数十年守る、大衆酒場の風格!『丸好酒場』[八広]
「昔は朝7時から夜中の1時までやってたんだから」。先代女将がサラリと語る言葉に下町酒場の矜持(きょうじ)が輝く。三交代で働く職人さんたちが大挙訪れた、カウンターだけの店には、かつては席の後ろで立ち飲みする客までいたという。その頃と変わらず、毎朝芝浦の食肉市場から届く新鮮なもつを、大鉄鍋でグラグラ煮こむ。味は濃いめで、旨味も濃い。まずはこれを一口、そして氷なしでもキンキンに冷えた酎ハイ300円でグッといく。もう、こたえられない。
『丸好酒場』店舗詳細
本格派なのに“八丁堀価格”『LES TONNEAUX』[八丁堀]
前身は大正12年(1923)創業の「入船屋酒店」。長年、地元で愛された老舗が2010年にフレンチビストロとして生まれ変わった。ミシュランビブグルマン受賞店で、コスパが高い“八丁堀価格”とあって連日予約で満席になる。オーナーが現地で試飲してから買い付ける日本未輸入の南仏ワインや珍しいリキュールも人気。スタッフは全員ソムリエの資格を持っているので、オーダーの際は味の好みを伝えて相談してみてはどうだろう。
『LES TONNEAUX』店舗詳細
熊本は酒も料理も絶品。『焼酎ダイニング だけん』[八丁堀]
月島の一軒家で9年間営業したのち、「店全体に目が行き届く規模でやりたい」と八丁堀に移転。とはいえ、今でも客の半分は月島時代の常連さんとのこと。「だけん」とは熊本の方言で「だから」という意味で、焼酎も料理も熊本のものにこだわっている。しゃぶしゃぶに入れる鴨頭ネギなど、東京ではここでしか味わえない食材も。ちなみに、常にカウンター席に陣取っているくまモンは、混んでくると席を譲ってくれるとか。
『焼酎ダイニング だけん』店舗詳細
安酒場と侮ることなかれ!『居酒屋金太郎』[新宿御苑前]
ほとんどの料理が1人前450円! それだけでも驚くが、なかには自家製チャーシューのラーメン添えなるものが。「どんなのだろって思うじゃない? それよ」と、ほくそ笑むのが大将の金ちゃんだ。料亭などを渡り歩いた腕と目利きで、築地仕入れの旬魚、肉塊、目玉の牛タンを安く仕入れ、旬味、創作と、味な料理を幅広く揃える。さらに、節分や月見などの季節行事に合わせ、「ひまつぶしだよ」と粋な酒肴も用意。“ちょいと一杯”が長尻になる。
『居酒屋金太郎』店舗詳細
故郷の家庭の味で地酒を『季節料理・長崎名物皿うどん 利代』[代々木]
先代の母上自慢の名物料理が皿うどん。その味を引き継ぐのは、2代目の畑順一さんだ。長崎県から仕入れる揚げ麺を、具材満載の餡で覆い尽くす。「一人前だとこの味にならなくて」と、夜は2人前からの提供だが、一人で平らげていく人も。餡が染みると麺はパリパリから柔らかに変化し、つまみにもってこい。時々で変わる銘酒とじっくりやりたい。
『季節料理・長崎名物皿うどん 利代』店舗詳細
【日本酒にこだわりあり!】
味わい深い出汁と燗酒。『日本酒バー 慶』[根津]
根津のうどんの名店『釜竹』の姉妹店で、築約100年の元和菓子屋を改装して営む。日本酒担当の尾形寛さん曰く「地酒は生酛(きもと)、山廃など味わいのしっかりしたものを中心に常時30種ほど。品書きが下段になるにつれ、旨味の濃い銘柄になってます」。合わせる料理を担当するのは同世代の遠藤真弥(しんや)さん。仕入れたお酒に合うよう作るのが“本日の一品”だ。特に『釜竹』の奥深い出汁を使ったおひたしなどの料理は、米の旨味が濃い燗酒と最高のペアリング。
『日本酒バー 慶』店舗詳細
同じ銘柄を深くいつまでも。『ゆう』[代々木上原]
日本酒は「王祿(おうろく)」しかない。でも、一つの銘柄だけでこんなに奥が深いなんて驚きだった。例えば、旨味たっぷりのカニクリームコロッケには同調するように重なってふくらみ、鰤(ブリ)を焼いた香ばしい料理とは、互いに個性が響き合って深い味わいになる。「王祿ほど引き出しがある日本酒はなかなかないです」と店主の井本有祐さんは熱っぽく言う。繊細な味から熟成した酒まで20種類以上の中から、つまみによって合う酒を考えるのが楽しいという店主。「どうやったらもっと王祿をおいしく飲んでもらえるのか。ただ、そればかりを考えています」。
『ゆう』店舗詳細
蔵元に惚れ込んだ店主の酒肴。『作』[上石神井]
「神亀」の話になると顔をほころばせる店主の橋本宏行さん。純米酒の祖であり神亀の味を造った故・小川原良征社長とは、家族ぐるみの親交があったという。「神亀は懐の深い酒です。一見、ゴツい酒なのですが浸るとやさしさが染みるようにわかるんですよ。まるで小川原さんの人柄みたいです」。特に“純米甘口の酒” と自家製の燻製は、こちらに来たら外せない組み合わせ。「神亀」の枯れた風味と燻製の燻(いぶ)された香りがピタリと重なり、酒の甘みが全体を包むようにゆっくりと口に広がる。しみじみと離れがたく、ずっと飲んでいたい親密な相性だった。
『作』店舗詳細
直球の広島愛に蔵元も太鼓判!『ほじゃひ』[五反田]
広島一色の店である。広島の山海の幸を使ったつまみに、合わせるのは広島の日本酒。広島出身の店主・疋田(ひきだ)多賀志さんと親交がある蔵元の酒のみをそろえている。「香りの華やかなタイプからしっかりした燗酒で旨い酒まであって、広島の日本酒は幅広いんです」。あれこれつまんだ締めに必ず食べたい本格お好み焼きには、穏やかな旨味が特徴の「神雷」が合うと教えてくれた。酒と重なることで、焼けたソースの香ばしさもキャベツの甘みも引き立つ相性。どちらもさらにおいしくなって酒が止まらず、なかなか締められないのが、あぁ悩ましい!
『ほじゃひ』店舗詳細
【おでんを肴にする贅沢】
しみじみ沁みるしみしみのおでん。『REITEN』[八丁堀]
28年間、この場所で営業していた“お婆ちゃんの釜飯屋” を継ぐ形で2003年にオープン。「ゼロからのスタート」ということで店名を「レイテン」にした。人気は白モノを中心に旬の素材を使った東京おでん。昆布とかつお節で取る王道かつシンプルな出汁は一年を通して身に沁みる。昭和の味、ホイスは約2割の客が懐かしがって注文するそうだ。
『REITEN』店舗詳細
心も体もほどける味わい。『上燗屋 富久』[新宿三丁目]
主人の杉原親さんが築いた『上燗屋 富久』は、昭和54年創業。混沌(こんとん)とする新宿三丁目の飲み屋街で、静かに歴史を重ねてきた。現在、店主は不在だが、名物のおでんの味を引き継いだのが、もともと20年来の常連だったという佐藤美貴さん。「富久の味を守りながらもっとおいしくしたい。お父さんよりも、おでん愛は強いですよ(笑)」。創業時から扱う主人の古里である和歌山の「日本城」を、年季の入ったチロリでほどよく温めてもらった燗酒は、深みがあって繊細なおでんの出汁に溶けるように合う。灯りがともるように、身も心もすみずみまで温かくなる。
『上燗屋 富久』店舗詳細
【極上のカキで一杯】
極上海のミルクを立ち飲みで。『立喰い処 酒喰洲』[人形町]
築地や千住で仕入れる新鮮魚介の刺し身は、なんと1枚ずつ注文可能(計3枚~)。「おいしい魚を知ってほしくてさ。日本は海の国だから!」と料理人として魚に携わり、約半世紀の櫻井満さん。立ち飲みには珍しく、質のいい北海道・東北の生ガキや、揚げ出し豆腐のカキ版・かき揚げ出しも用意。一粒出汁ごと啜(すす)り「米鶴 純米生しぼりたて」780円を合わせれば、カキと品のある出汁の旨味がより花開く。「新店では手打ちそばもやる予定だよ」。
『立喰い処 酒喰洲』店舗詳細
豊富な品書きにカキマニアも破顔。『sake×oyster BAR 石花』[渋谷]
生ガキはもちろん、焼きもフライも1個ずつ頼めるので、ソロでのカキ飲みにも重宝。「せっかくだから食べ比べてみて」と店主・渡辺敏康さんに促され、生牡蠣の三種盛りを頼むと、能登産は磯感が強く、坂越(さこし)産はややクリーミー。育つ海域で味もかなり違う。そこに「日高見純米初しぼり」を流し込めば、カキの旨味が広がり、これぞ口内調理! 品書きにはハムカツなど大衆酒場の肴もあり、カキ党もそれ以外も仲良く飲める酒場なのだ。
『sake×oyster BAR 石花』店舗詳細
オイスターとオモシロを大切に。『かきんちゅ』[阿佐ケ谷]
生ガキは例えば坂越421円など比較的安く、これ目当ての常連も多い。しかも月曜は生ガキを頼むともう一個無料、カープが勝った日はカキフライ5個108円に! 「昔は広島が弱かったけど今は強くて大変(笑)。でも面白さ優先でやってます」と店長・割田陽介さん。カキ好き必食が牡蠣の土鍋蒸しだ。熱々の蒸しガキを、日替わりで2種揃うクラフトビールで流し込むのが最高に幸せ~。シメはもちろんカキエキスがにじみ出た絶品雑炊で!
『かきんちゅ』店舗詳細
カキの幸せペアリング。『麦酒庵 大塚店』[大塚]
「生ガキなら、味はしっかり対抗しつつ、風味を活かすいわて蔵ビールのオイスタードライスタウトや、カキのコハク酸の旨味を広げる龍勢生酛(きもと)純米がおすすめ」とペアリング博士の店主・水田善之さん。牡蠣の煮こごりを南紀白浜のナギサビールで試してみると、煮こごりの醤油系の旨味、品のある味と、麦芽のやわらかな香りがきれいにマッチ。罇生のクラフトビール、生ガキともに10種ほど揃うので、注文に迷ったら水先案内人に聞くべし。
『麦酒庵 大塚店』店舗詳細
【ふわふわだし巻き玉子はいかが?】
とろける舌触りのだし巻き玉子。『やまぐち』[蒲田]
店主の山口典孝さんは、「このだし巻きで宇宙を感じてほしいんです」と語る。割烹で20年、2015年に開業してから、客が食べたことがないようなだし巻き玉子を研究し続け、現在の焼き方にたどり着いた。銅のフライパンで火加減を均一にし、強火でオムレツのように固め、薄焼き玉子で包み込む。アツアツのまま口に含むと、その瞬間に舌の上でほろほろと溶け、だしがふわりと香り立つ。甘さ控えめな塩味で、酒のおかわりが欲しくなる。
『やまぐち』店舗詳細
明太子入りだし巻き玉子がたまらない。『二軒目BAR』[新宿三丁目]
浅草や巣鴨の懐石料理屋で修業を積んだ料理長の桑野永(ひさし)さんは、「切った瞬間から感動してほしい」と、だし巻きに対する意気込みを語った。明太子を中心に、薄焼き玉子を手早く巻き、焼きあがったらすぐ皿にのせ、客のもとへ。ナイフで割ると、幾重にも層をなす玉子の中心から、真っ赤な明太子がとろり。一口ほおばれば、プチプチの食感と心地よい塩気。かつおと昆布のだしが混ざり、口中に広がる。名物の焼酎と合わせて楽しみたい。
『二軒目BAR』店舗詳細
【最高のシメを食べたい】
締めはデミグラスソースのオムライス。『早稲田 源兵衛』[早稲田]
昭和のはじめに焼き鳥屋として創業。「初代が丸鶏をさばくのが下手で、骨に付いた肉を削いで作ったのがシューマイなの」とは、4代目の宮田彦一郎さん。カニやホタテ入りの名物は大ぶりで、早稲田大OBにファンが多く、地方発送も請け負う。そして2代目は食堂、3代目は洋食『スイス』、4代目は寿司屋で修業し、代を重ねて肴が百花繚乱(ひゃっかりょうらん)に。オムライスのデミグラスソースも一から手作り。「父の兄弟子は元首相官邸食堂の料理人。同じ味らしいですよ(笑)」。
『早稲田 源兵衛』店舗詳細
ナポリタンミーツグラタンの妙味。『大衆居酒屋 伊勢周』[船堀]
1952年創業の縄暖簾(のれん)をくぐれば、L字カウンターを囲み、梅エキス入りの元祖焼酎ハイボール片手の常連でにぎやか。メニューは、釣り師持参の江戸前の天ぷらや、口中でとろける馬刺しなど、とにかく迷う。家族で通えるよう、食事類も豊富だ。なかでもスパグラタンは、とろアツのグラタンからナポリタンが。「1つの素材を多用してメニューを作るから苦肉の策で」と、3代目店主の尾崎浩之さんは笑うが、これが会心の一撃。時間を要すため注文はお早めに。
『大衆居酒屋 伊勢周』店舗詳細
濃厚な絶品ミニハヤシライス。『炭火串焼 十三や』[小川町]
紀州備長炭で焼き上げるのは、つくば鶏、茜鶏などの銘柄鶏肉。さらに、刺し身でもイケるクルマエビやニンニクの芽など酒の香りを引き立てる味揃いだ。「始めたときはまだ素人感覚で、せめて食材にはこだわりたくて」 と店主の高橋靖也さん。シメは来店時の予約が無難だ。焼きおにぎりや牛ヒレ丼もあるが、まかない生まれのハヤシライスがいい。牛ヒレの端肉に赤・白ワイン、梅酒、リキュールを加えて1週間煮込んだもので、コクが深く後味軽やか~。
『炭火串焼 十三や』店舗詳細
取材・文=フリート横田、石原たきび、鈴木健太、山内聖子、佐藤さゆり・高橋健太(teamまめ) 撮影=金井塚太郎、山出高士、井原淳一、オカダタカオ、鈴木康史、高野尚人