令和から一気に昭和40年代へタイムスリップ
日が傾きかけた16時、店を訪れるとピンクのダイヤル式の電話が「ジリリリリ!」と大きな音で鳴った。常連さんから予約の電話のようだ。磨き込まれて所々塗装が剥げたカウンターには、今では珍しいアルミの灰皿が並ぶ。喫煙できるんですねと聞くと「だって、かわいそうでしょ。煙草も吸わせないなんて」と店主の平山正一さんが作業の手を止めずに言う。
70年前に親方から受け継いだタレ
『鳥一』の創業は昭和48年。店主の平山さんは、鳥料理の第一人者と言われた料理人・関口耕司氏の弟子に当たる親方の元で修業を積んでいた。その後、地元船橋で『鳥一』を開業。使っているタレは師匠から譲り受けた物で、70年間継ぎ足しでその味を守り続けているという。焼き鳥の「ぼんじり」である「どんどり」も、その当時の名称をそのまま使っている。
店内は昭和の雰囲気が濃厚で、「板垂れ」と呼ばれるメニューが記された木札が下がっていたり、白い調理着の女性店員さんが立ち働く姿も昔懐かしい光景。昭和40〜50年代を描いた映画やドラマのロケ地にもなりそうな雰囲気だ。
鮮度の良さは鳥わさで実感して欲しい
お通しは、うずらの玉子の黄身を落とした大根おろし。今では、多くの焼き鳥店で見られる定番お通しひとつだが、元々は『鳥一』の師匠が始めたものだという。醤油を垂らしてそのまま食べるのも、焼き鳥をつけて食べるのもお好み次第。鶏肉は長年信頼している業者から、その日使う分を部位ごとに仕入れ、店内で捌(さば)き、串に刺している。昼過ぎに店を訪ねると、すでに白衣を着た店員さんが数人がかりで串を打っていた。
鶏肉の鮮度の良さは、鳥わさで実感できる。胸肉ともも肉をサッと湯がいて、ワサビ醤油でいただく、新鮮な鶏ならではの一品だ。臭みがなく、さっぱりとした後味なので、焼き鳥の脂を洗い流してくれるよう。
備長炭で焼き上げた食べ応えのある焼鳥
焼き鳥は備長炭でじっくりと焼き上げる。夕方も17時を過ぎると、脂のいい匂いが漂ってくる。手羽先は串を2本刺しにするほどの大きさだ。
「焼き方ですか? 昔から変わっていませんね。手羽先は大きめだと言われていますが、昔からこの大きさです」と平山さん。
この手羽先は300円、そのほかの焼鳥の価格は一本180円。値段も15~6年ほど前から変えていないそう。メニュー表にある「たたき」とは棒状のつくねのことだ。しっかりと味が練り込まれていて、何もつけずにツマミになる。この、たたきを始め、焼き鳥はタレ、塩ともに味つけは濃いめで、ボリュームもある。ビールが進むこと請け合いだ。寒い季節には煮込み料理も出している。
カウンターでは女性のお一人さまも歓迎
気づけば店内は満員。カウンターには、慣れた手つきでビールを飲みつつ新聞を読むひとり客もいる。中には常連さんらしき女性客も。予算は“ちょっと一杯”で2000円ほどなので、仕事帰りのサラリーマンが多いのも納得できる。少し前までは、開店前に行列ができるほどの混雑だったそう。
「16時30分が開店時間ですが、その前から来てるお客さんは入れちゃってましたね」と平山さんは懐かしむ。移り変わりの多い駅前の風景なれど、この店は変わらず。また、変えていくつもりもないという。
昔の友人や同僚と飲みたい時に、いつもの『鳥一』でと言えば通じる。かすかなテレビの音をBGMにゆっくり話ができる。そんな、行きつけに加えたい焼き鳥屋だった。
取材・文・撮影=新井鏡子