【茨城県筑西市×タイ】
のどかな田畑と、本場のタイ飯。ここは日本の「イサーン」だ
「もともとここは、つぶれたパチンコ屋だったんですよ。それをみんなで掃除して、少しずつ改装して、仏像はタイから持ってきて」
ケンシー・ナパポンさんは、広々としたお寺の本堂を見渡しながら振り返る。日本にやってきてもう31年、その間ずっとここ筑西で暮らしているという女性だ。
「言葉も茨城弁でね。標準語を覚えようと思って、いま日本語学校に通い直してるとこ」
なんて笑う。茨城県では彼女のように、日本暮らしの長いタイ人とよく出会う。バブルの頃に海を渡ってきた出稼ぎの人々だ。茨城には外国人の労働力に支えられている職場が昔からたくさんあるのだ。
そんな街の一つ、筑西に集住するようになったタイ人たちの大半は日本人と結婚し、家族をつくり、ささやかに生活を紡いできた。タイ人ならではのしなやかな気質からか、地元にもうまく溶け込んでいるようだ。今は介護や食品加工の工場などで働く人も多い。
日本での生活はすっかり落ち着いたが、そうなると欲しくなってくるものがある。お寺だ。タイ人の多くは信心深い仏教徒、仏さまに手を合わせ、みんなで集まれる場所をつくりたい……だから近隣のタイ人や、配偶者や友人の日本人と寄付を集め、2017年前にプッタランシー寺院茨城を建立した。
すっかりタイ人たちの和やかな寄り合い場となったこのお寺を中心に、筑西市にはタイ料理レストランやタイ食材店、タイマッサージ店などが点在する。
「筑西はいいところですよ。過ごしやすいしね。ここがいちばん」
と話すナパポンさんは、タイ東北部コンケーンの出身。茨城県で暮らすタイ人は大部分が、イサーンと呼ばれるタイ東北部など地方の生まれだ。平坦で田畑がどこまでも続くのどかな茨城県の風景は、どこかイサーンにも重なる。そこにタイ人も安らぎを感じているのかもしれない。
タイ人たちが守り続ける心の拠りどころ『プッタランシー寺院茨城』
2人のタイ僧がタイ人の法事や祭事を執り行う。毎日昼前には、僧に食事を捧げる儀式もある。4月のタイ正月など四季折々のタイの行事のときはたくさんの参拝客でにぎわい、現地そのままのような屋台も立つ。日本人でも、仏教徒でなくても、誰でもいつでも歓迎してくれるが、日本の寺院と同様にマナーを守って見学しよう。
コスパ抜群、タイ人たちの憩いの場『タイ料理しもだて』
コックのアムヌアイさんはバンコクにあるホテルのレストランで働いていただけあって、多彩なタイ料理を作ってくれる。特にゲーン(カレー類)やガパオなどが人気だとか。タイ食材もいろいろ売っている。お客さんはタイ人、日本人のほか、最近では地域に増えてきたベトナム人やカンボジア人もやってくるという多国籍な食堂だ。
“ガチイサーン料理”ならここ!『ピッキーヌ2』
「日本人向けの味付けにはしていないんですよ」と店主の亀山ラサミーさんが語るとおり、本場そのままのイサーン料理が自慢。強烈な辛さが特徴で、生の唐辛子をラサミーさんが炒めて粉末にして使っているとか。イサーン料理に欠かせないパクチーなどのハーブやタイ野菜は茨城県内のタイ人が営む農園から仕入れているので新鮮。
【茨城県常総周辺×スリランカ】
ニッポンの農村から漂う、かぐわしきスパイスの香り
常総市を中心に、つくば市、八千代町、下妻市、古河市あたりの、いわゆる「県西部」では、スリランカの存在感がなかなか大きい。都内では珍しいスリランカ料理店がこの地域には点在し、セイロンティーやスパイスを売る食材店もちらほらと見かける。中古車の輸出を手がけるスリランカ人もいれば、工場や農地で働く技能実習生も多いそうだ。
そのルーツともいえる存在が、常総市の石下地区にある『レストランランディワ』だ。20年ほど前にできたスリランカ料理店で、店主は面倒見のいい人だ。だから彼を頼ってスリランカ人が集まってくるようになっていったという。
そして2010年には、つくば市にスリランカ仏教を奉じるスリ・サンブッダローカ寺院も開山。
「築80年くらいの古い農家だったんですよ」
と住職のトゥンヒティヤーウェー・ダンマローカさんは振り返る。それを僧たちでリフォームし、僧院につくりあげ、いまでは立派な大仏までが鎮座する。筑西のタイ寺院と同様、地域の過疎化や少子高齢化によって使われなくなった物件をどんどん活用していくのは、北関東の移民たちの特徴だ。
「お寺では日曜日、日本で生まれたスリランカ人の子供たちにシンハラ語や仏教を教える学校も開いているんです」
それに結婚式や葬儀も執り行う。故郷で家族や知人が亡くなったけれど急に帰国できないようなときも、人々は故人を偲(しの)んでこの寺に集まり、手を合わせる。
「日本人の彼女とうまくいってなくて……なんて相談を受けることもありますよ(笑)」
異国暮らしの人々の、心の支えとなっている寺院なのだが「日本人にもどんどん来てほしい」と住職は話す。週末は参拝や、僧に食事を寄進しに来るスリランカ人も多い。彼らと交流しに出かけていってみてはどうだろうか。
スリランカ人の暮らしが垣間見られる『スリ・サンブッダローカ寺院』
3人の僧が守るテーラワーダ仏教の寺院。大仏や菩提樹の木、仏舎利を安置したストゥーパ(仏塔)もあって、雰囲気はまさにスリランカそのもの。ブッダに食事を捧げる儀式を1日3度毎日行なっており、宗教を問わず誰でも見学できる。このあとで参列者がお供え物を皆でいただくそうだが、もしかしたらご相伴にあずかれるかも?
母の味はホット&スパイシー『キングス・スリランカン・レストラン』
「カレーセットは毎日、手作りの日替わりなの」と話すのはおかみの、ウレーシャ・エカナヤカさん。スパイスもスリランカ産をふんだんに使う“おふくろの味”を求めて、取材時にも近隣の工場で働くスリランカ人がお弁当をテイクアウトしていた。「日曜日のビュッフェは、日本人もスリランカ人もいっぱい来るよ!」
スリランカ人のふるさと弁当を食べに『レストラン・ランディワ』
茨城県西部スリランカコミュニティーの祖ともいえる店で、名物はバナナの葉に包まれたスリランカ弁当ランプライス。チキンロールやスパイシーなド-ナツ・ウルンドゥワデなどスリランカのホットスナックも自慢。シメはもちろんセイロンティーで。地域のスリランカ人だけでなく、日本人にも親しまれている店だ。
国籍いろいろのコミュニティースペースも『お茶NOMA』
「しもつま外国人支援ネットワークTOMODACHI」が主体の『お茶NOMA』(『かふぇまるcafe&studio』で開催)では、18歳以下は無料で食事ができる(大人は200円~。できれば寄付も)。月に一度の「みんなの食堂」では世界のさまざまな料理を提供しており、取材時はチキンのトマト煮などアフリカ・ブルンジ料理。下妻市が東京五輪のホストタウンだった縁からだ。
【栃木県小山市×パキスタン】
中古車ビジネスで生きる男たちの社交場にお邪魔する
「金曜日は200人くらいは来るんじゃないかなあ」
と、ミアン・サディークさんが話す通り、お昼も12時30分を過ぎた頃、バブル・イスラム・モスクには続々と男たちが集まってきた。そのほとんどはパキスタン人であり、そして中古車の買い付けや輸出、販売、解体などを手がける業者だ。モスクを運営するひとりであるミアンさんも、やっぱり中古車ビジネスを営む。
「工場で働いている人もいるけど、だいたいクルマだよね」
ミアンさんはそう言うと、イスラム教ではとくに大切とされる金曜昼の礼拝をするため、モスクに入っていった。朗々と響くイマーム(指導者)の詠唱のもと、男たちがしばし祈りを捧げる(女性は別室だ)。
このモスクができたのは2005年のこと。小山市に急増してきたパキスタン人のコミュニティーとして建てられたのだが、ではなぜ彼らはこの街に集住するようになったのかといえば、日本でも最大級の中古車オークション会場があるからだ。そこで中古車やトラック、建設機械などを仕入れ、世界各地に輸出していく。日本で最初にこのビジネスに着目したのはパキスタン人だといわれる。今では在日パキスタン人の大多数が中古車を扱い、さらにバングラデシュ人やスリランカ人などにも広がりを見せている。
だから小山では本場そのままのパキスタン飯が味わえるのだが、そのうちの一軒『パミールレストラン』に行ってみると、礼拝後の腹ごしらえをする男たちで大にぎわい。
「この店はモスクとオークション会場の間にあるからね」
と、店主のガフォール・アブドルさん。この日は人気のビュッフェだが、誰もがビリヤニ(炊き込みご飯)や牛肉のパヤ(スパイス煮込み)をもりもり食べ、仲間同士で楽しげに話している。その様子は、まさに現地の空気感。そして食後のチャイを飲むと、彼らはまたクルマの仕事に戻っていくのだった。
イスラム教徒以外でも見学OK『バブル・イスラム・モスク』
浅草や水戸など各地でモスクを運営する「イスラミック・サークル・オブ・ジャパン」が2005年に建立。北関東に数あるモスクの中でも規模が大きい。「富山や新潟、青森からクルマの商売で小山に来て、ここでお祈りしていく人もいますよ」とミアンさんが言うとおり、中古車ビジネスのイスラム教徒にとって大切な場所となっている。
パキスタン人に混ざって食べる、この旅感『パミールレストラン』
小山で初の本格的なパキスタン料理店で、毎回メニューが変わるビュッフェが大人気。日本のエスニックファンにも評判だ。「昔はこの店もモスクも小さかったけど、一緒に大きくなっていったよね」と店主のガフォールさん。ハラル食材店も併設し、また海外送金も請け負う、コミュニティーの中心となっている店だ。
中古車ビジネスの人々が集う『ダルバール』
ウルドゥー語で「人の集まる場所」を意味するここ『ダルバール』も、地元パキスタン人に愛されてきた店だが、2022年11月に移転。小山にあるパキスタン料理店の中でもとくに現地仕込みという味は健在だ。スパイスがほどよく効いたビリヤニが評判。オークションが開催される水・木・土の夜は特ににぎわう。
【群馬県館林市×ロヒンギャ】
難民たちが寄り添い守ってきた小さなコミュニティー
ミャンマー国軍から迫害され続けている少数民族ロヒンギャが故郷を追われ、難民としてこの街に集まるようになったのは30年ほど前のこと。もともとこのあたりは工場や中古車ビジネスのパキスタン人やバングラデシュ人も多く、同じイスラム教徒のよしみから仕事を求めるロヒンギャの人々が増えていった。
「いま日本には300人くらいのロヒンギャがいますが、そのうち270人が館林に暮らしています」
在日ビルマロヒンギャ協会の副会長、アウンティンさんはそう語る。難民たちは日本で働き生活するための在留資格を取得し、自治体とも連携して、この街に根を張ってきた。
今では館林に自前のモスクもあり、2022年6月にはロヒンギャ料理が食べられる『ALHミニマート&レストラン』もオープンした。コンテナ輸送の会社を経営するロヒンギャの男性が食事に来ていたが
「ここは家庭の味でおいしいよ」
と笑顔。異国でたくましく生きる難民たちの姿が、ここにはある。
日本でただ一軒のロヒンギャ料理店『ALHミニマート&レストラン』
バングラデシュとミャンマーどちらのテイストもあるロヒンギャ料理だが、特徴はレモンやタマリンドの酸味、チリの辛さと多様なスパイス。それにシーフードや淡水魚をよく食べることだろう。肉はマトンや牛、それにヤギなどが好まれるそうだ。併設の食材店はタイ、インド、ミャンマーなどアジア10か国からの品が並ぶ。
ミャンマー食材店に見る、多国籍タウン館林
『ドスティ・ハラルフード』店主のアウンタンさん(左)は、ミャンマー人のイスラム教徒で、アウンティンさんとも古い友人。お客さんにはスリランカ人もベトナム人も日本人もインドネシア人もいるし、食材納入業者はパキスタン人。共通語は日本語だ。
●☎0276-75-3395
【群馬県大泉町×ブラジル&ペルー】
製造業の街を支えてきた、日系人たちの推しメシとは?
ブラジルのスーパーマーケット『カサ・ブランカ大泉』に入ると、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。食欲をそそられつつ店内を歩けば、でっかい肉売り場がひときわ目を引く。
「牛肉だけで20〜30種類の部位を売っているんです」
と店長の塚本・ジュニオール・エジソンさんが教えてくれる。煮込みに使うブロック肉や、厚切りのステーキ肉が中心で、スライスが多い日本のスーパーとはずいぶん違う。それに豆のバラエティがなんとも豊富だ。ブラジル人の肉とパン、豆に対するこだわりと愛情が伝わってくるが、もう一つ感じるのは人との距離の近さだ。
店員とお客さんが気さくに世間話を交わし、日本人客にも笑顔で話しかけてくる。お客さんの子供をみんなであやしてもいる。これがラテンのノリか、現地のスーパーもこんな様子なんだろうかと思うが、ここ大泉に住むブラジル人やペルー人の多くは「日系人」なのである。
彼らが大泉にやってきたのはバブル時代のこと。労働力不足を補うため、日本は「日系2世と3世、その家族」が就労し、働けるように法改正をしたのだ。そして日系人の多いブラジルやペルーから、人手の足りない製造業の現場にたくさんの労働者が流入してくる。スバルにパナソニックという巨大な工場と裾野産業を抱える大泉も、その一つだった。
そんな経緯は、大泉町観光協会にある資料館で知ることができるが、こうした施設ができるほど日系人たちはこの街に根づき、世代を重ねてきた。そして大泉はブラジル文化を楽しめるブラジリアンタウンとして、すっかり有名になった。
今では日系人が作ってきた土台の上に、ベトナムやインドネシア、ネパールなどさまざまな人々が働き手として集まってくる多国籍タウンになってきている。大泉は観光協会を通して、この多文化を売りに街をアピールする、全国的にも珍しい自治体として注目されているのだ。
ブラジル人のパワーの源はでっかい肉と、豆と米『ビッグ・ビーフ』
店名のとおり、ガッツリ肉料理を腹いっぱい食べるならこちら。メインのメニューを頼むと、ご飯、フェイジョン(豆の煮込み)、サラダが食べ放題になるアラカルトがおすすめ。ブラジル料理初心者でも店員のおばちゃんが親切に日本語で教えてくれるのがありがたい。
●9:00~20:30。火休。
☎027-655-1264
まずはここに立ち寄ろう!「大泉町観光協会」
詳細な観光MAPとレンタサイクル(1日500円)があるので、街歩きのスタート地点にぴったり。大泉の移民受け入れの歴史や、南米の日系人社会について、膨大な資料も所蔵されている。
●8:30~17:30、日・祝休。
☎027-661-2038
南米の食材を買って帰るならココ!『カサ・ブランカ大泉』
豊富な肉や豆、ブラジルやペルーの香辛料や調味料、コーヒーやスイーツにお酒など多彩な品揃え。上の写真下段にある瓶はパルミット(ヤシの芽)と呼ばれ、サラダなどに使う。レストランではブラジルビュッフェも。
●10:00~21:00、無休(レストランは12:00~17:00、水休)。
☎027-655-3284
日本人にも食べやすいペルーの家庭料理『ラ・ペルアニータ』
鶏肉とコリアンダーのご飯1200円(写真上段手前)は紫とうもろこしのジュース、チチャモラーダと。牛肉と野菜を醤油で炒めたロモ・サルタード1250円(写真上段奥)はペルーに渡った日本人に好まれた料理。サンドイッチ(写真下段)もいろいろ揃う。
●11:00~20:00、月休。
☎027-655-5053
大泉女子のファッションリーダー『ベラドーナ』
「お客さんの女の子にお化粧を教えたりもするよ!」と店主の中里・マリア・イネスさん。ブラジルのコスメやバスグッズ、洋服などのほかに現地のお菓子まで並ぶ、なんでもありのファッション&雑貨店を切り盛りする、陽気なママだ。
●10:00~20:30、水休。
☎027-649-5646
大泉みやげも売っている軽食屋さん『カサ・ド・パステル』
チーズや牛肉、ヤシの芽などの具を生地で包んで揚げたブラジルの国民食ともいえるスナック、パステルの専門店。ひとつ450円~とリーズナブル。揚げたてのさくさくぱりぱりな食感が楽しい。
●15:00~21:30(金・土・日は~23:30)、月休。
☎027-659-8066
ブラジル人も日本人もみんな大好きチーズパン『モンテ・フジ』
2002年の開店から愛されてきたベーカリー。種類が多い土日の朝が特ににぎわう。人気のポンデケージョ(チーズパン、中央)は1個55円という安さで1日1000個以上出るときもあるとか。トマトやハムを挟んだバウル290円(右)もおいしい。
●9:00~19:00(土・日は8:00~20:00)、月・火休。
☎027-663-2343
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2023年1月号より
※店舗、施設間の移動にはレンタカーやレンタサイクルの利用も便利です。