高円寺といえば、夢を追うミュージシャンが集まる街。ライブハウスも数多くあるが、路上で聴こえてくる歌も日常の風景だ。
そこで、今回は駅周辺で歌う路上ミュージシャンたちにインタビューを敢行。「なぜ、高円寺の路上で歌うのか」、「どんなメッセージを発信したいのか」について深掘りしてみた。
駅の改札を出ると、どこからか音楽が聞こえてくる。路上ミュージシャンが立つのは、北口広場、ガード下、パル商店街の入り口などだ。
ANIKI TOMONORI
大きな歌声とダイナミックな踊りから、ちびっ子ファンも多い。お巡りさんとは顔なじみ。
まず、1人目は高円寺の住民なら誰もが知っているANIKI TOMONORIさん(47歳)。声がデカいうえに、大音量のトラックに乗せてダイナミックな振り付けで踊るので否応なしに目立つのだ。最近は警察への通報が増えているようで、交番から駆け付けたお巡りさんと話している姿もよく見かける。
そんなANIKIは言う。
「すっかり顔なじみなので、1曲ぐらいは見逃してくれるようになりました。僕自身は大きな声で歌っているつもりは全然ないんですが、歌詞は自分の意見なので自然に声量が上がってしまうのかもしれません」
彼には、聴いた人の意識を変革したい、世代間闘争をあおりたいという思いがある。ここで歌い始めたのは2019年頃。新宿の路上でも歌うが、高円寺は「老若男女を問わず反応がストレート」な街だという。
さまざまな音楽遍歴をベースに奏でるそれぞれの音楽
井上惟晏(いあん)
中学生の頃にギターを弾き始める。路上の演奏中は曲の端くれを集めて作曲をすることも。
井上惟晏さん(24歳)は路上ライブで奏でる静かな音楽で人と向き合う。印象深いエピソードもある。
「よく足を止めてくれる女性がいたんです。話を聞くと、大切な人を病気で亡くして落ち込んでいたけど、心の隙間に入ってくるあなたの音楽に救われましたと言われて。その時は、ミュージシャンを名乗る者として仕事ができたなと思いました」
叶芽(かなめ)フウカ
大学1年生。昨年夏から本格的に弾き語りを始めたばかりだが、オリジナル曲は50曲近く。
叶芽フウカさん( 19 歳)が高円寺で弾き語りを始めたのは今年の8月。
「面白い人が多い。『お金がないからライブには行けないけど』と言いながら何度もコンビニでお酒を買って戻ってくるおじさんもいました」
持論は「恋愛ソングじゃ世界は変わらない」。命や戦争をテーマにした歌で世界を変えたいという。2022年10月26日に初ワンマンライブを開催した。
吉田幸樹(こうき)
通信制の高校生。北口広場のオジサンたちとは仲良しで、パンなどの差し入れをよくもらう。
15歳の吉田幸樹さんは、秩父の実家から2時間かけて高円寺に通う。
「中学生の頃、ミュージシャンがたくさんいるらしい高円寺で歌ってみようかなと思ったのがきっかけです」
シド・ヴィシャスに心酔している彼がよく歌うのは、ゆらゆら帝国やブルーハーツなど。実は人生を諦めかけていたが、多種多様な人がいる高円寺に救われたと言っていた。
Kazaana
Vo.G大石さんとカホン山本さんのユニット。2人とも男が男に惚れる、硬派なバンドが好き。
毎週土曜の夜に同じ場所に立つのはKazaana。Vo.Gの大石さん(48歳)は中学時代にバンドブームの洗礼を浴びる。
「ロンドンパンクを経て、ブランキーとかミッシェルとかの骨っぽいロックにかなり影響を受けました」
大石さんが書くのは、人間の喜怒哀楽などを織り込んだ“土臭い”歌詞。路上ライブをきっかけにライブハウスまで足を運んでほしいと語る。
グッナイ小形
寝る前に聴くような音楽を作っていることから「グッナイ」。ライブは全国で年間100本超。
最後は、全国のライブハウスを飛び回るグッナイ小形さん(31歳)。
「大学時代に地元の札幌で起業した会社が上手くいかなくて、24歳で上京。高円寺は騒がしい街だけど、その中で弾き語りをするのが心地いい」
彼の歌は昔ながらのフォークソング。ちびっ子たちに頼まれて、小学校の校歌を一緒に歌ったこともある。
それぞれの思いを込めて歌詞を書き、曲を作るミュージシャンたち。高円寺駅前で歌う人はこの6組以外にも大勢いる。スケジュールはSNSなどでチェックできるが、一期一会を狙ってみるのも楽しいはず。
取材・文=石原たきび 撮影=加藤雄太
『散歩の達人』2022年11月号より