伝統を守りながらニーズに応えた酒造り『松岡醸造』[埼玉県小川町]
不思議な天然水で生み出す多彩な味わい
仕込み水を飲むと、かつてない重厚感と丸みのあるやわらかい口当たりにびっくり! 兵庫・灘と並ぶ日本有数の硬水とは思えない。もともと『松岡醸造』は新潟県で酒造りを営んでいたが、流通の多い江戸周辺の土地を探していた際、この水に出合って小川町に決めたという。「酒造りに邪魔な鉄分がほぼなく、秩父連山の石灰岩を通り抜けて豊富なミネラルを含むことで硬水になるんです」と、蔵を案内してくれる次期7代目の松岡奨(しょう)さん。この水が洗米や浸水などほぼ全工程に使われているのもすごい。また、蔵の中には税務署役人が常駐していた検査室も残る。明治時代は酒税が国税の3分の1を占めていたため、製造量をごまかさないよう見張っていたそう。
見学後の試飲で3〜4種を味わうと、キレのある味から、バナナ風味、深い旨味などさまざま。「発酵の温度で味が変化するのも不思議な地下水のおかげ」だとか。確かに、同じ蔵のお酒と思えない味の違いに驚いた。
見学は正月三が日以外、1人からOK(要予約)で、冬場は製造の現場も見ることができる。ウェルカムな雰囲気で気軽に見学できるのもうれしい。
酒&麹&酒粕尽くしの併設レストランも楽しみ
「お酒の特徴を熟知しているので、旨味や香りをうまく生かせるのが強みです」とは、レストラン『松風庵』を仕切る奨さんの弟・卓さん。すべての料理に、『松岡醸造』の日本酒や麹、仕込み水などが惜しみなく使われている。鯛茶漬けは、タイと麹のやさしい味がぴったりで、甘酒を食べているような贅沢なスイーツも最高! レストランだけでも訪れる価値がある。
『松岡醸造』店舗詳細
酒蔵見学の後はここへ
小川町のアンテナショップ的存在『武蔵ワイナリー』[小川町]
脱サラして小川町に来た福島有造さんが立ち上げたワイナリー。小公子という山ブドウを農薬や肥料を一切使わずに栽培し、しっかり熟してから収穫されたワインは、驚くほどまろやかで深~い甘みがある。「小川町の魅力を伝えたい!」と、売店ではワインのほか、近隣の無添加で体にやさしい食材も販売。土・日・祝は店先に出店が並びミニマルシェ気分も楽しめる。
『武蔵ワイナリー』店舗詳細
海の鳴る音聴こゆ200石の老舗蔵『東灘醸造』[千葉県勝浦市]
湯気の向こうで響く新「鳴海」の胎動
陽光をキラキラと跳ね返す勝浦港。『東灘醸造』はその港町にある。銘酒「東灘」は地元の人の晩酌のため、約150年にわたり魚介に合うような酒質へと鍛えられてきた。
潮目が変わったのは2006年。首都圏の人々へ向けた「鳴海(なるか)」も醸すようになってからだ。
「端麗な『東灘』に対し、芳醇(ほうじゅん)な香りとフレッシュな味わいを意識しました」 と6代目の君塚敦さん。蔵へ案内してもらうと1階奥に槽場(ふなば)が。搾り機の横に、手作業による瓶詰め機が置いてある。
「『鳴海』のほとんどの銘柄は直詰め。タンクを経由せず、搾り機から直接瓶詰めすることでガス感が残るし、フレッシュさもキープできるんです」
休造(きゅうぞう)の危機を乗り越え名杜氏(とうじ)がタクトを振るう
爽やかな香りと心地よい微々炭酸で都心の日本酒好きの心をつかんだ『東灘醸造』。2014年からは、同じ千葉県の米を使い県内の数蔵が各々新酒を造る「アク千葉」という取り組みに参加。順調に見える『東灘醸造』の酒造りだが、2020年に大ピンチが。当時の杜氏が、急遽(きゅうきょ)退職することになったのだ。その年は休造も考えたが、懇意にしていた酒販店の計らいで、過去に「残草蓬莱(ざるそうほうらい)」などを手掛けていた菊池譲(ゆずる)杜氏との面談が実現。かくして、同年から菊池新杜氏による酒造りが始まった。
新杜氏が目指した「鳴海」は、以前より華やかさを抑え、透明感があり後キレの良い酒。「鳴海」の白の新酒をいただくと、軽快な酸の後、バナナのようなジューシー感がありつつスッとキレていく。合わせるなら勝浦のキンメ刺しか、なめろうか。生まれ変わった「鳴海」は、「東灘」と同じく故郷の味と寄り添う、なめらかな食中酒だった。
『東灘醸造』店舗詳細
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朝市会場の近くに名ビストロ発見『おーぼんあくいゆ』[勝浦]
一頭買いするイノシシで作るローストやスペアリブ、朝市野菜や地元魚介など房総の食材が主役。「菊池さんは料理を強く意識してお酒を造っている。ビストロでもペアリングを楽しめるメニューがありますよ」と店主が言う通り、なめらかなレバーパテのコクを「鳴海」は引き立て、酸のある辛口の味わいはアジのカルパッチョとも好相性!
『おーぼんあくいゆ』店舗詳細
キンと冷え込む山里で愚直に吟醸造り『久保田酒造』[神奈川県相模原市緑区]
米の旨味と透明感、その両立が理想
およそ250石。神奈川で一、二を争う小さな蔵『久保田酒造』は、相模原の山あいに分け入った串川のほとりに立つ。
「背後の小倉山中腹から引いたきれいな中硬水で仕込んでいます。ここは橋本駅周辺より2〜3℃寒いし、冬は14時過ぎると蔵に山の影が落ちて気温は上がらない。寒仕込みに恵まれた環境なんです」と7代目の久保田徹さん。
兄・晃さんが杜氏になったのは2006年。そこから兄弟が中心となり、銘酒「相模灘」の酒造りに励むことに。
「この頃から、純米吟醸をメインとした全量特定名称酒に変えました」
透明感があり飲み飽きない「相模灘」の吟醸酒は一定のファンを獲得。その後、19年に満を持して徹さんが7代目を継ぐこととなる。
寝ずの番で丁寧に育てられる米麴
その7代目が「酒造りの心臓部」というのが麹室だ。
「米麹造りが一番お酒の味に直結する。うちはNO.5という米の旨味がしっかりと出る種麹を使ってます」
担当の蔵人は深夜も2時間おきに米麹の温度や室の湿度を確認。天窓の開け閉めを指一本単位で調整するなど、温度・湿度管理が徹底されているのだ。
昔ながらの手作業で醸す「相模灘」。その酒を「相模原の誇り」と推すのが創作和食『wappoi(わっぽい)』の小林健一さん。
「今年の新酒は、特にできがいい!」と促され、美山錦の特別純米をひと口。穏やかな吟醸香とまろやかな甘み、米の旨味が口に広がる。バランスの取れた、これぞ食中酒という味わいだ。今年は相模原産山田錦を使った新酒も出荷予定。“相模原の誇り”をより強く感じられる一本になるに違いない。
『久保田酒造』店舗詳細
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懐石出身の店主が引き出す旬の味『wappoi』[橋本]
店主の小林健一さんが豊洲で仕入れてきた魚介や野菜、明石の神経ジメされた魚など、旬の食材を駆使した“本日のおすすめ”が自慢。例えば取材日だと、白子のチーズグラタン、大浦ごぼうの唐揚げなど、字面を見るだけで喉が鳴る。地酒もまた日替わりで常時20種ほど。「そのなかで幅広い食事に合う『相模灘』は、常時1~2種ほど置いてます!」。
『wappoi』店舗詳細
取材・文=井島加恵(松岡醸造)、鈴木健太(久保田酒造・東灘醸造) 撮影=加藤熊三