秋元才加 Akimoto Sayaka
1988年生まれ、千葉県出身。2006年にアイドルグループAKB48に加入。13年に同グループを卒業してからは女優、タレントとして活躍。戦争アクションシリーズ『山猫は眠らない』の第8作(原題:Sniper: Assassin’sEnd』)で準主役に抜擢されハリウッド映画デビューを果たす。2020年6月にはヒップホップアーティストのPUNPEEと結婚。趣味はバスケと合気道。
“知”の泉(軍艦)に抱かれて冒険の旅は始まった
──本はお好きですか?
秋元 : 好きです。小さい頃はよく近所の大きな本屋さんに行っては、一日中ウロウロしてました。最近はいただいたものを読むことが多いですね。
まず向かったのはレジ前にそびえる東京堂書店の名物「“知”の泉」コーナー、通称“軍艦”だ。文芸、芸術、理工、人文、社会……と総勢5人の担当者が話題の新刊をセレクトしているという。
秋元 : ここだけで“あ、今コロナってこうなっている” “大統領選のポイントってここなんだ”って、見えてきますね。
そんな秋元さんが手にしたのは室橋裕和著『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』と村岡俊也著『新橋パラダイス 駅前名物ビル残日録』、のっけから強い。
──ニュー新橋ビル、行かれるんですか。
秋元 : たまに、マッサージ屋さんとか。
──ディープですね!
秋元 : これまさに私が好きな本のジャンル。グレーなところに触れたものが好き。善いか悪いかだけでジャッジできないところに人間性が出ると思うんです。
吉野秋二著『古代の食生活 食べる・働く・暮らす』、橋爪節也著『大正昭和レトロチラシ 商業デザインにみる大大阪』などに興味があるのも「人間の生活の、きれいすぎない、混沌とした感じが好き」という秋元さんならではかもしれない。そしてしばらくその本の前で佇んでいたのがチョン・イヒョン著『優しい暴力の時代』だった。
──気になるタイトルですね。
秋元 : ほんと今って、いろんなところに“優しい暴力”がありますよね。暴力じゃない顔をして。
──入り口にあるランキングの棚、秋元さんはあまり見ていませんでしたか。
秋元 : 売れているものには売れているものの良さがあると思うんですけど、そこじゃない、あんまり日の目を見てないけどいいものがあるはずだっていうほうに引かれてしまうのかな。だからランキングを気にしたこと、今までないです。
──なるほど。
秋元 : 若干無意識にトラウマになっているかもしれない、ランキング付けされるのが。
そう言って苦笑いする。そうだ、この人はAKB48というトップ中のトップアイドルグループでしのぎを削っていた女性だったことをあらためて思い出した。
秋元 : その反骨心もあるんだと思う。1、2、3位じゃなくても、違ったそれぞれの良さがあるし、それだけじゃないことを証明したい。ここにある本も、どれも誰かにとっては面白い本だろうし。たとえばこの“軍艦”にも、何をもって選ばれたり漏れたりするんだろうなって、それすごい気になります。
東京堂の1階は「世の中の“今の今”を知り、人間の“未来”を読む」がテーマのフロア。話題の新刊の他にも雑誌類も充実している。秋元さんが目をつけたのは雑誌の「配置」だった。
秋元 : 『東京カレンダー』の隣に『散歩の達人』があるの、いいですね。
──確かに、対照的!
秋元 : ここに見えない境界線がある。
微笑みながら、隣り合った二つの雑誌の間に指を置いた。本屋さんはこういう文化的“いけず”をあちこちに仕掛けているのか……。
秋元 : 東カレと散達じゃないですけど、私もいい意味で常にギャップがあったらいいなあとは思っていて。アイドルをやってきたことで今、いろいろとわかりやすいギャップになっているから、ありがたいなっていうのはすごく思っています。
──アイドル的な人気はもう求めてないですか?
秋元 : もう15年ぐらい芸能界でやってきて、万人に受けるタイプじゃないことは嫌というほど知ったので(笑)。ニッチなところで人気な人、みたいな感じでシフトチェンジしていけたら、みたいな。
よりナチュラルな姿での本屋冒険をと、タレントさんとしてはとても珍しい、私服&自前のメイクを快諾してくださった秋元さん。自然で気取らない人柄の彼女が「これよく読んでた~」と手に取る『TOKYO GRAFFITI』、似合いすぎる。その一方で、
秋元 : 『美ST』大好きなんですよ~。
──鬼の美容誌! 意外です!
秋元 : 美容そのものより美容に対して「ここまでやる」、その頑張っている姿にすごく勇気づけられるんです。
文庫のコーナをぐるぐると巡る。「文庫は目的重視なことが多い」と話す彼女が最初に手に取ったのは鉄人ノンフィクション編集部による『映画になった衝撃の実話』(鉄人社)。
秋元 : 父が実話系の本が大好きなんですよ。私もそれを読みながら「人間が一番怖い」ということを学びました(笑)。
──おお! つげ義春にもご興味が!
秋元 : 以前つげ作品にインスピレーションを受けて絵を描いたんです。
──すごい。見てみたい。
秋元 : でもちょっと、ツイッターとかには載せられない系で(笑)
──(何それめっちゃ気になる)。恋愛小説は読みますか?
秋元 : 谷崎潤一郎は恋愛小説に入るでしょうか……。
「人間」に対する多面的な興味。ツイッターでの、実直で思慮深く、ウィットに富んだ発信が腑に落ちる。
秋元 : 「秋元さんみたいな影響力がある人がそういうこと言うのは良くない」とか、よく言われるんです。いやいや、私は私の意見で、あなたはあなたの意見があるって思ってしまうんですけど。誰かの意見で「あ、そうなんだ」ってなる人がいかに多いかってことですよね。
──自分と違う意見を発信してほしくないという謎の圧力、あります。
秋元 : ほんと難しいですよね。本でも音楽でも他のものでもそうですけど、ダサいとかかっこいいとか以前に、この人はこれがかっこいいって言っているんだから、この人にとってはかっこいい。でも、私にわからなければ「わからない」でいいよねみたいな、その人に対して、よほどのことがない限り否定はしない、そんな感じ。なんかそっちのほうが今後生きやすいと思うので。「あれ、秋元最近どうしたの?」って思われてからのほうが楽しいんですよ。
情報を疑い“ACT”をつかめ
東京堂の2階は「Grasp“ACT”of Mankind」、すなわち「人間の“活動”を掴む」フロア。自然科学や社会科学、芸術、ライフスタイルなどの書籍が並ぶ。まず手にしたのはハ・ワン著『あやうく一生懸命生きるところだった』。
秋元 : この訳者さん(岡崎暢子)好きなんです。『クソ女アマの美学』(ワニブックス)も読みました。
──フェミニズムがテーマでしたよね。
秋元 : フェミニズムは奥深い。ただ「こういう本を読んだ」という事実に「私の主張はこれ」というメッセージがこもりがちなので、(読んだことを)発信するのが難しいんですよ。フェミニズムにうなずくところがあれば、それは違うんじゃないかと思うところもあるし。
難解そうな生物、物理、数学などの研究書が並ぶエリアを通る。
──私にはちんぷんかんエリアです。
秋元 : 家では夫(ヒップホップアーティストのPUNPEE)が量子力学がどうこうとか、そういう話ばかりしてます。
──秋元さんが今興味あるのは?
秋元 : バイオマスプラスチックかな。
──バイオ……マス……プラ?
秋元 : 別に意識高いとかじゃないんですよ(笑)。なんとなく「環境にやさしそう」って思うけど、調べたらコストとか問題点もたくさんある。イメージだけで物事を見ないようには気をつけてます。
──情報を鵜呑みにしないということ?
秋元 : 常に自分は情報弱者なんじゃないかなっていう意識があります。だからなるべく調べたい。かといって自分が能動的に情報を取っていくとどうしても偏るじゃないですか。今は情報過多になっているから、情報との距離感を考えて、自分で処理できる分の情報をいろいろな角度から調べるようにしています。今は、押しつけられる情報より、本のほうが自分にとって心地がいい。本は、読みながら自分とも対話できるので。
物怖じせず、堂々としている秋元さんが、「実はめっちゃ緊張しい」と伊藤丈恭著『緊張をとる』を手にしたのも意外だった。私もまた、イメージだけで秋元さんを見ていた。
秋元 : この2冊(世阿弥の『風姿花伝』と女優・高峰秀子の自伝)は事あるごとに読み返します。
──どういうところが好きですか?
秋元 : 心のトレーニングですね。『風姿花伝』を読んでいると、心が筋トレしているみたいに、強く豊かになっていく。初心に戻れます。高峰秀子さんにかかわらず、たくさんの諸先輩俳優さんが残されたエッセイや自伝は勉強になるし励まされます。山崎努さんの『俳優のノート』(メディアファクトリー)も繰り返し読んでます。
冒険のフィナーレ。思考はやがて進化する
ラストの3階へ。まず目に飛び込んできたのが「激動の香港を考える」。東京堂が今力を入れているという企画コーナーだ。グレッグ・ジラード、イアン・ランボット著『九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 City of Darkness』に手を伸ばす。
秋元 : こういう、みんなが思う普通の“外”にある世界をちゃんと知っておきたいんです。
3階は「Trace “MIND” of Mankind」。「人間の“思考”を辿る」フロアである。
秋元 : あ、太田和彦さん! いつかこんな大人になりたいなあ。
──酒場にご興味ありますか?
秋元 : 酒場というか、下町の古い食堂に行くの大好きなんです。落ち着く。
そして、この知のアドベンチャー、ラストに手にした本。それはサイン本コーナーで見つけた北野武著『純、文学』(河出書房新社)だった。グレーな切り口で、人間の可笑しさ、愛おしさを見つめ続けてきた世界のキタノ。
秋元 : これは買いです‼
──丸ごと1階から2階まで回ってきました。いかがでしたか。
秋元 : 好きな食堂みたいな感じで自分にフィットする本屋さんがあるんですね! 東京堂さんは、背伸びしすぎず、自然体で巡れて、だけどいろんな知識との出会いがあって、プラスになって帰れる。なんか、優しい、年上の先輩みたい。
──「優しい先輩」。いい表現……。
秋元 : 本屋さんって常に思考のアップデートができる場所なんだなってあらためて思いました。あの“軍艦”も日々入れ替えるってお話しされてましたけど、私たち自身も今後の時代に備えてそういう作業が必要ですね。
『東京堂書店 神田神保町店』店舗詳細
取材・構成=西澤千央 撮影=阿部 了
『散歩の達人』2020年11月号より