エッセイの内容について悩んでいるとき、あるショックなできごとがあり、メンタルが参ってしまった。ライターとしての仕事はなんとかこなしていたが、この連載には思い入れがあるので、こんな精神状態で最終回を書くのは嫌だ。そう思い、担当編集氏に相談して少し休ませてもらうことにした。

時間をかけて少しずつ少しずつ回復して元気を取り戻し、他の仕事の忙しさも落ち着き、ようやくこのエッセイに向き合える状態になったので、今これを書いている。

内容も決まった。落ち込んでいる間に書きたいことが見つかったのだ。それは「元夫との友人関係について」。私が元気を取り戻せたのは、今は友人である元夫の支えがあったからこそだ。

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ちょうど調子を崩しやすい周期だったり、最強寒波が襲来していたり、仕事が忙しかったりで心身が疲れていた頃、嫌なことがあった。テキストコミュニケーションだったのだが、カドを隠しもしない言葉を雑に投げつけられたのだ。その文字列を見た瞬間から、動悸がして呼吸がうまくできなくなった。だけどそのあと取材の仕事が入っていたので、メイクをして電車に乗り、取材先に向かった。

都心での取材を終えたのは夜だ。小田急線で町田に着いたら、もう終バスがなかった。よく行く日高屋でビールを飲んでから、タクシー乗り場へと向かう。

取材先でも電車の中でも日高屋でも、頭の中は投げつけられた言葉でいっぱいで、心がひりひりしていた。怒りの気持ちよりも、「やっぱり私はダメなんだ」という自己否定の気持ちが強い。理不尽な言葉を投げつけられたとき、私は毅然と言い返すどころか、ヘラヘラと相手の機嫌を取るような返信をした。そのことも、自己嫌悪につながった。

ふいに、いじめを受けた中二のときの記憶が甦った。あのときも私は、毅然と言い返すどころか、突然私を無視するようになった元親友の顔色をうかがい、なんとか機嫌を取ろうとした。

ヘラヘラと下手に出るみじめで滑稽な自分を思い出したら、もうダメだった。あと少しで家に着くのに、我慢できずタクシーの中で泣いてしまった。

その日から、あまり食べられなくなった。もともと睡眠剤を飲んでいるので眠れてはいたが、起きている間は嫌なことを思い出し続けてしまい、気分が塞いだ。大好きなAぇ! groupの曲を聴いても、ラジオを聴いても、気分が晴れない。寝込みそうだったが、仕事が詰まっているので寝込むわけにはいかなかった。

普段は「仕事があって友達もいて幸せだなぁ」と思いながら暮らしているのに、気分が塞いでいるときは一転、「web記事に人生の多くの時間を費やしているけど読者からの反応はほとんどないし、夫も子供もいないし、年収は低いし、私の人生ってなんなんだろ」と卑屈なことを思う。そんな気分の日々が続き、心身ともに弱ってしまった。

元夫にLINEで弱音を吐くと、翌々日に我が家に来てくれた(元夫は限りなく無職に近いイラストレーターなので時間の融通が利く)。私は仕事があったのでゆっくり過ごすことはできなかったが、誰かがそばにいてくれるだけで心強い。

数日後、新宿での取材が午後2時に終わったので、元夫を呼び出して『ファーストキス 1ST KISS』を観た。松たか子と松村北斗が夫婦を演じる映画だ。

幾度となく出会いなおしても恋に落ちてしまう二人を見て、ぼろぼろと泣いた。ふと思う。もしも人生をやり直せるとして、離婚するとわかっていても、やっぱり元夫と結婚するだろうな。そして、やっぱり離婚するだろうな。

映画を観てから焼き鳥屋に行った。たいした話をするわけではない。お互いに、最近読んだ本や観たドラマの話をする。だけどそれだけで、血が流れていた心の傷がかさぶたになっていくのを感じた。

その二日後、元夫は自分の家へと帰っていった。

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それから数日後のこと。布団の中にいるとき、金縛りに遭った。玄関の鍵とドアが開く音がして、誰かが部屋に入ってくる気配がする。起きなきゃと思うのに、目が開かないし声が出ない。体も動かない。

やがて、部屋に入ってきたのが元夫だと気づく。目を閉じているから見えないけれど、気配でわかる。

「どうして来たの?」

そう尋ねたいけれど、声が出ない。しばらくすると元夫は乾いた温かい手で私の頭をなでた。元夫に触れるのは久しぶりだ。私たちは結婚生活の後半から、肉体的な接触がほとんどなかった。

元夫はしばらく私の頭をなでていたが、無言のまま立ち去り、私は眠りに落ちた。

目が覚めると、玄関の鍵は閉まっていた。元夫が来たのは夢だったのだろう。とてもリアルな夢だった。元夫にこのことをLINEで告げると、「僕も今朝、金縛りに遭ったよ」と返ってきた。あれは、彼の生霊だったのだろうか。

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心身ともに少しずつ元気になり、気付けば3月になっていた。締め切りギリギリに確定申告を終えた日、元夫が1カ月ぶりに我が家に来た。

彼は大きなザックから、ジップロックに入った味噌を取り出す。

「今年の味噌ができたからおすそ分け」

「ありがとう。手作りのお味噌、おいしいからうれしい」

「よかった。じゃあ、来年も再来年も味噌を作るたびに持ってくるね」

元夫はそう言ったあと、ハッとした顔をした。そして、「でも、サキちゃんに恋人ができたらもう来ないから安心してね」と言って笑った。

私も笑ったけれど、同時になんだか泣きたくなった。元夫と友人でいられなくなる日のことを想像すると、胸が痛い。

私は日々、友人たちに支えられて生きている。友人のことはみんな大好きだ。だけど、その中でも元夫が一番の友人だと思う。「離婚してパートナーを失った」と思っていたけれど、それと同時に、私は一番の友人を得た。

正直、新しい恋をしたい気持ちはある。犬を飼って温かい家庭を築くのが夢だから、いつかは再婚だってしたい。だけど、元夫とも友人でいたい。一番の友人を失いたくない。

だけど、もし新しい恋人ができたとして、私が元夫と親しく交流しているのは嫌だろう。恋人に嫌な思いはさせたくないし、不誠実ではいたくない。そう考えると、私はもう一生恋をすることなく、一人でいるのが一番いいのかもしれない。そんなことを、ぐるぐると考えた。

その翌日は元夫がコーチャンフォーという郊外の大型書店に行ってみたいと言うので、二人で出かけた。帰りの電車の中で、片手に靴ベラを握りしめているおじさんを見かけて、「玄関を出るときに靴ベラを使ってそのまま握ってきちゃったのかな」と言い合った。

翌朝、私が寝ていたら、先に起きた元夫がゆっくりと私の頭をなでていた。彼が起きた気配で私も目を覚ましていたが、目を閉じたまま何も言わなかった。乾いた温かい手が心地良く、金縛りに遭ったときとまったく同じ感触だった。

用事があるという元夫は私に「じゃあ、行くね」と声をかけて家を出ていき、私は布団の中からそれを見送った。

あんなに温かい手でなでてくれる人と、どうして別れるしかなかったんだろう。

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離婚して二年が経つ。

離婚したとき、この連載で町田をテーマにしたエッセイを書いた。気恥ずかしくて読み返せないが、「夫と過ごしたこの街で、これからは一人で人生を歩んでいく」という内容だったと思う。当時の私の、決意表明のようなエッセイだった。

そのときは本当にそう思っていた。独身の一人暮らしは完全な「一人」だと思っていたし、一人で生きられる人こそがかっこいいと憧れてもいた。

だけど、実際に二年間を過ごしてみると、ちっとも一人で歩いてなんていない。地元や専門学校や山小屋で出会った友人、ライターの仕事を通じて知り合った友人、ネットで知り合った友人、離れて暮らす両親や兄や姉、そして元夫。一人暮らしではあるけれど、たくさんの人とつながって、支えられて生きている。これで「一人で生きています」みたいな顔をするのは、逆に恥ずかしいことだろう。

特に、私にとって友人は貴重な存在だ。どんなに忙しくても友人と飲みに行く約束が入っていればその日まで頑張ろうと思えるし、弱ったときはLINEで弱音を聞いてもらう。もちろん、友人が弱っているときは私が弱音を聞く。

そんな大切な友人たちの中でも、もっとも会う頻度が高くて何でも話せる友人が元夫だ。彼とは、パートナーとして人生を共にすることは叶わなかった。離婚したことは後悔していないし、復縁したいとも思わない。だけど、一緒にカラオケに行き、ごはんを食べてお酒を飲んで、本とドラマの話をする、その関係が最高に心地いい。「それでいい」というより「それがいい」のだ。

離婚から二年後の決意表明をするならば、私は町田で、一人では生きていかない。元夫を含む友人たちと家族を大切にして、支えられていることに感謝し、支える機会があれば全力で支える。一人じゃ生きられないけど、それでいいと思っている。いや、「それがいい」のかもしれない。

二人で暮らした街で一人暮らしをするようになっても、思い出は増えていく。離婚してからの二年は本当に楽しくて、今が人生で一番楽しいかもしれない。今が楽しいと、この先の人生で困難が訪れるんじゃないかと怖くなるけれど、それすらもやがて思い出になってゆく。すべての「今」がやがて思い出になってゆくことに、私はずいぶん救われている。

文=吉玉サキ(@saki_yoshidama