お利口さんの少年時代。末は大人物か?

シリーズ後半のグダグダ具合からは想像つかないほど、幼少期から中高生にかけての満男は、まさに利発な坊っちゃんとしてスクスク育ってきた。

ピアノ(第11作)や英語を習わせるなど(第24作)、さくらの教育方針の賜物だろう(ピアノは計画のみ)。当時の小学生の習い事の定番が算盤に習字だったことからも、なかなかの英才教育であることがうかがえる。

小学校高学年から中学の頃には、運動会に応援に行くという寅さんを拒んだりするなど(第31作)、親や親族を避けるようになるのもお約束。将来を考えるようになったり(第35作)、モテ期(第37作)もあるなど、なんら他人と変わらず順調に思春期を過ごす。

一方、寅さんに対しては、子供らしからぬ態度も多く、
(「勉強しないと小学校卒業できないぞ」という寅さんに対し)「誰だって卒業できるんだよ、小学校は」(第28作)
(「勉強してお母さんを安心させろよ」という寅さんに対し)「おじさんも、少しは反省しろよ」(第38作)
などなど、シュールなツッコミ役として微笑ましい関係を築いている。

寅さんは寅さんで、
「お前もいずれ恋をするんだなあ、あぁ可哀想に」(第29作)
と軽口を叩いているが、数年後、この予言が的中することになろうとは、当の寅さんも満男も知るよしもない。

“満男的神作”第39作。ここで終わっときゃ……

満男の順調な成長ぶりは、“満男的神作”と筆者が勝手に称する第39作にて極まる。

母親を探すために寅さんを訪ねて来た子供への優しい接し方、さくらやあけみの舌を巻かせた見事な説教、源公たちのピンクの誘惑(当連載「源公の回」参照)を毅然と切り捨てる高潔さ……。

当時、満男は高校2年。この歳でここまで立派な言動をとれるヤツはなかなかいまい。勉強もせず運動もせず、おニャン子クラブ(高井麻美子“推し”でした)にうつつを抜かしていた我が身が恥ずかしい。

このままいけば末は将来を背負ってたつ大人物(第43作)か。博もさくらもさぞかし鼻が高いでしょ。が、現実はそうならなかった。そのターニングポイントが以下のシーン。あるとき、進路に悩んでいた満男は寅さんに問う。
「人間って、何のために生きてるのかな?」
寅さんは答える。
「あぁ生まれてきて良かったなって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのか?そのうちお前にもそういう時が来るよ。な?まあ、がんばれ」

寅さん屈指の名セリフ、シリーズ屈指の名シーンだ。寅さんファンなら誰しも一度じかに言われてみたいひと言である。

が、翌年に迫った視野の狭い進路選択に疑問を覚える満男には刺激的過ぎた。この深いひと言に満男は感化され→人生を考え→受験勉強が手につかず浪人生となり→やがて訪れるグダグダ恋愛の温床となってゆく……と筆者は踏んでいる。

第42作で、満男が泉に対する思慕を寅さんに打ち明けたのが、浅草はドジョウ鍋の名店「飯田屋」。さすが寅さん、普段は安酒のくせに、ここいちばんって時にゃあ、いい店選ぶねえ。
第42作で、満男が泉に対する思慕を寅さんに打ち明けたのが、浅草はドジョウ鍋の名店「飯田屋」。さすが寅さん、普段は安酒のくせに、ここいちばんって時にゃあ、いい店選ぶねえ。

魔性の女・泉。満男はつらいよ

浪人生となって、情緒不安定に陥っている満男に追い討ちをかける事態が発生する。高校のブラスバンド部の後輩、ゴクミ演じる及川泉の出現だ。

以降数年に渡って満男をイロノーゼ(第3作。=色恋沙汰のノイローゼの意)にするこの小娘は、清純派を装う反面、その実体は「匂わす」「すがる」「脅す」の3拍子が見事に揃った魔性のオンナ。

その魔性ぶりに満男はどのように弄ばれたのだろうか。それぞれ具体的に見ていきたい。

《匂わす泉》
泉の常套手段と言えばコレ。「さみしい」としたためた手紙やハガキを満男に出し、「会いに来て」というキモチを匂わす(第42作、第44作)

ストレートに書かず、相手に行動を決めさせ、自分は「そんなつもりじゃなかったのに…」とか逃げ道を用意しているところなんざ、ニクイねえ魔性だねえ泉ちゃん。

《すがる泉》
0系新幹線お見送りシーン(徳永BGMと合わせて寅さんファンの約6割が違和感を覚える場面でもある)。

発車間際、母親の住む名古屋から行き先を変更して父親のいる大分県日田に向かうべく博多行きのチケットをあえて満男に見せる泉。その際、「一緒に来て」と言わんばかりに、すがるように見つめる眼……(第43作)

う~ン、もうっ、あざといねえ。初代国民的美少女の眼ですがられちゃあ、博多と言わずチベットでもブラジルでも月の裏側までも行っちゃいそう~。

第43作、第44作の満男&泉イチャイチャシーンに登場する0系新幹線(第48作は300系でした)。場面の追体験をしたければ、東京近郊なら青梅鉄道公園まで~。
第43作、第44作の満男&泉イチャイチャシーンに登場する0系新幹線(第48作は300系でした)。場面の追体験をしたければ、東京近郊なら青梅鉄道公園まで~。

《脅す泉》
疎遠になった2人が久しぶりに再会した際に「(お見合い相手と)結婚する」と報告しながら、ココロでは「『結婚やめろ』って言ってっ」と暗に満男を脅す(第48作)

コレ、魔性っていうより、ストレートに面倒くさいっす。強引過ぎる駆け引きっす。この言動が結果的には満男による結婚式妨害の引き金になっているってこと、泉ちゃんは気付いているんですかねえ?

以上のように、満男に対する泉の魔性の所業の数々が、繰り広げられた。途中、離島の恋多きナース(第46作)とか、ツンデレ牧瀬(第47作)で手を打つチャンスはあったものを、満男はそういう選択はしなかった(ちなみに筆者としては、牧瀬里穂に言い寄られたら断る理由はない)。

結局、満男と泉は結婚までには至らないが、20数年後に再会して「男はつらいよ」シリーズにあるまじき積極的かつ濃厚な接吻を交わしている(第50作)

40歳を過ぎても、人妻になってもその魔性は健在。今後も何かにつけて満男を振り回しそうだぞ~。

第44作で泉が就活で訪れた銀座の山野楽器。結局夢かなわず、CD店に就職することになる。
第44作で泉が就活で訪れた銀座の山野楽器。結局夢かなわず、CD店に就職することになる。

拝啓 諏訪満男様

そんな満男も、また筆者自身もいつしか50歳を越えた。いくつかのぶざまな恋愛を通り過ぎて、心の師や大事な人たちが去っていった。その一方で、子供や甥っ子とかが、恋に悩み恋に生きたあの頃の自分たちの歳だ。

振り返ってみると、いろんな“イフ”が脳裏を巡る。

もし、泉と出会っていなかったら
もし、泉と結婚していたら
もし、寅さんの影響を受けていなかったら……などなど。

でも、すべては意味のないこと。現実でもフィクションでも。
もし、満男と酒を酌み交わすことがあったら、寅さんに倣ってこう声をかけてみようか。

「いま幸せかい?」(第13作)

小説家になった満男のサイン会会場は八重洲ブックセンターです(第50作)。
小説家になった満男のサイン会会場は八重洲ブックセンターです(第50作)。

文・写真=瀬戸信保

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