初代おいちゃん/森川信編(第1〜8作)

第2作・ひょっとこ変顔のおいちゃん
第2作・ひょっとこ変顔のおいちゃん

寅さんとコントユニットでも組んでるのかと思うほど、作り込まれた馬鹿を見せてくれました。物の始まりが一(イチ)ならば、馬鹿の始まりは、名人・森川おいちゃん~!

1 ひょっとこ変顔(第2作)

実の母親に冷たくあしらわれて傷心の寅さんを明るく迎えようとする「とらや」の面々。その際、「笑顔で笑顔で」との注文に、こともあろうにひょっとこ風の変顔をするおいちゃん。サービス精神からの馬鹿でした。
《馬鹿度》★★★★

2 犬の遠吠え(第4作)

ハワイ旅行がご破算になり、ばつが悪くなった「とらや」の面々が羽田空港からこっそり帰宅。その際、近所でつい発してしまった物音をごまかすため、寅さんとおいちゃんが犬の鳴きマネを「ワオオオーン、ワオオーン」。このシーン、一家揃って馬鹿だけど、おいちゃん、やっぱアンタいちばん馬鹿だよ。
《馬鹿度》★★★★★

3 命日忘れ(第4作)

寅さんの実父(つまりおいちゃんの兄)の命日を「コロッと忘れていて」御前様に呆れられる。まあまあよくある粗忽(そこつ)な馬鹿です。
《馬鹿度》

おおよそ、おいちゃんの馬鹿は「とらや」の茶の間で繰り広げられることが多い。(『葛飾柴又 寅さん記念館』にて)
おおよそ、おいちゃんの馬鹿は「とらや」の茶の間で繰り広げられることが多い。(『葛飾柴又 寅さん記念館』にて)

4 ひとり芝居(第4作)

おいちゃんが寅さんに泉鏡花『婦系図』のあらすじを語りながら、男女の絡みのシーンをひとり芝居。それをおばちゃんとマドンナの春子さん(演:栗原小巻)に見られて赤っ恥。馬鹿もここまで来れば名人芸!
《馬鹿度》★★★★

5 入浴想像中(第6作)

マドンナの夕子さん(演:若尾文子)が入浴中。「なに考えてやがんだ?」と絡む寅さんに対して、
「お前と同じコトだよ」
と返すおいちゃん。名セリフを通り越した馬鹿か、馬鹿を通り越した名セリフか。
《馬鹿度》★★★

6 背後に寅(第7作)

「そうすっとあの寅の馬鹿野郎、コロッコロして大喜び」と、寅さんのウワサ話や悪口を言っている最中に、こっそり寅さんが帰ってきて背後に立つがおいちゃんだけは気づかない。ようやく気づいて
「うぇぇぇ~」
と情けない悲鳴。森川おいちゃん以外にマネできないコント仕立ての馬鹿っぷり。
《馬鹿度》★★★★

7 放屁騒動(第7作)

数ある屁エピソード(第1作、9作ほか)のなかの、おいちゃん的馬鹿セリフ。屁で揉めてる寅さん&おいちゃんをたしなめる博に向かって
「なんだ!たかが屁ぐらいとはなんだ!」
たかが屁ぐらいで大の大人が言い争う。これが馬鹿じゃなければ何と呼ぶのか。
《馬鹿度》★★★★★

二代目おいちゃん/松村達雄編(第9〜13作)

第10作、「いいやつだねぇ寅は」と言ってタコ社長に目配せするおいちゃん
第10作、「いいやつだねぇ寅は」と言ってタコ社長に目配せするおいちゃん

仕事サボってパチンコ通い、エッチな話も大好きそう。いちばん不真面目で根っから馬鹿そうなのが松村おいちゃん。出演作は少ないけど、主役級の馬鹿でした。

8 寅誉め(第10作)

寅さんの機嫌を取るために、聞こえよがしにホメちぎるタコ社長とおいちゃん。
「しかし何だねえ社長、イイヤツだねえ寅は」
ちょいと芝居がかった馬鹿っぷり。
《馬鹿度》

おいちゃんの白衣は、「馬鹿オンステージ」の舞台衣装でもある。(『葛飾柴又 寅さん記念館』にて)
おいちゃんの白衣は、「馬鹿オンステージ」の舞台衣装でもある。(『葛飾柴又 寅さん記念館』にて)

9 セールス(第10作)

寅さんの見合い相手の親族から身分照会の電話で、
「え~と、本人の勤務先は、つまり何と言いますか、セ、セールスでございます」。
いつも憎まれ口を叩いているが、甥っ子の縁談に際しては、つい見栄を張って援護(?)する。これもひとつの親バカ(叔父バカ?)ですね。
《馬鹿度》★★★★★

10 未亡人サロン(第13作)

亭主と死に別れたマドンナの歌子さん(演:吉永小百合)の身の上を案じている時に、おいちゃんの馬鹿砲が炸裂。
「へっへ、未亡人サロンってやつか」
最も品の無い馬鹿シーンです。
ちなみに未亡人サロンとは、昭和20~30年代に流行った、戦争未亡人が接客する風俗店のこと。これは、「バイブレーション・ベッド(ほかラブホ備品)」(第2作)「トルコ」(第21作)「裏ビデオ」(第39作)と並ぶ「男はつらいよ 4大フーゾク台詞」である。
《馬鹿度》★★★★

三代目おいちゃん/下條正巳編(第14〜49作)

第22作、「御前様、うちの墓、隣です」と言う時のおいちゃん
第22作、「御前様、うちの墓、隣です」と言う時のおいちゃん

最も出演が多い(計36作)下條おいちゃん。普段はわりと冷静な常識人で、歴代でいちばん馬鹿っぽくないという意見もあろう。でもその落差から生まれるトボけた馬鹿っぷりがたまらないのです。

11 跡継ぎ大黒柱(第14作)

「とらや」の大黒柱は寅さん……という話の流れで、
「すごい安普請でございます。何しろこの大黒柱、住所不定でございまして」
馬鹿というよりも大喜利の名回答か。
《馬鹿度》

12 株式会社(第14作)

第10作に引き続き、身分照会見栄張りネタ。
「あいつの会社、なに株式会社って言ったっけ」
パニクってるのか、天然なのか。観る者に「何が株式会社やねん!」とツッコませる下條おいちゃん最高の馬鹿セリフ!
《馬鹿度》★★★★★

13 指一本(第16作)

隠し子疑惑に際して、「指一本触れてねえよ」と弁明する寅さんに対し、
「指一本触れてねえで、何で子供ができるんだ」と、おいちゃん。
ふだん冷静な人もカン違いがヒートアップすると、ここまで馬鹿になっちゃうんだ……という好例。下條おいちゃんだからこその味ですね。
《馬鹿度》★★★★★

14 押し売り(第20作)

押し売りに間違えられ怒る寅さんに、
「押し売りに間違えられる甥っ子を持ったこっちの気持ちも少しは察してくれよ」
ボヤキ具合がばかばかしい。
《馬鹿度》★★

15 墓まちがい(第22作)

墓参りにて。
「あ、いかん。御前様、うちの墓、隣です」
こんな“あるある感”満載の馬鹿っぷりが、つまるところ『男はつらいよ』シリーズの真骨頂なのです。
《馬鹿度》★★★★

16 小学校卒業(第28作)

「小学校は誰でも卒業できるんだよ」と小賢しい口を叩く満男に、
「このおじさんが、この頭で(小学校を)卒業するのは並大抵の努力じゃなかったんだ」
真面目に子供に語るところが、なんとも馬鹿らしい。
《馬鹿度》★★★

17 三日坊主(第32作)

仏門の修行をすぐギブアップした寅さん。
「三日坊主とはこのことでございますねえ」
と軽口を叩くおいちゃんに、
「冗談言ってる場合ですか!」と御前様が喝!
どうもおいちゃんは、御前様との絡みで馬鹿を発揮する傾向が強いですね。相性悪いのかな?
《馬鹿度》★★★

真面目な団子屋の主人と、馬鹿で風来坊の甥っ子という構図で語られることが多い「男はつらいよ」だが、おいちゃんも相当な馬鹿ですよ。(『葛飾柴又 寅さん記念館』にて)
真面目な団子屋の主人と、馬鹿で風来坊の甥っ子という構図で語られることが多い「男はつらいよ」だが、おいちゃんも相当な馬鹿ですよ。(『葛飾柴又 寅さん記念館』にて)

歴代いちばん馬鹿なおいちゃんは……?

コント的に作り込まれた森川おいちゃんの馬鹿、寅さんに引けを取らない松村おいちゃんのピン芸的馬鹿、下條おいちゃんの常識人からの落差のある馬鹿……。歴代おいちゃん3人のさまざまな馬鹿っぷりを見てきた。どれも甲乙付けるなどおこがましいくらい立派な馬鹿だ。

それでも敢えて個人的な好みを言わせてもらえば、喜劇的にデフォルメされた馬鹿よりも、日常生活のどこにでもいる馬鹿……、いわば“会いに行ける馬鹿”が、『男はつらいよ』シリーズを象徴する馬鹿ではないかと思う。そうすると、馬鹿の中にいちばん日常感のあった下條おいちゃんが“キングオブ馬鹿”かなあと。

まあ、読者諸氏の忌憚の無いご意見、お待ちしてまっす。

参道の馬鹿はおいちゃんだけではない。備後屋、越後屋、えびす屋、麒麟堂、弁天屋、蓬莱屋……「相変わらず馬鹿か?」
参道の馬鹿はおいちゃんだけではない。備後屋、越後屋、えびす屋、麒麟堂、弁天屋、蓬莱屋……「相変わらず馬鹿か?」

Stay foolish! 馬鹿よ永遠なれ

思えばほんの少し前まで、拙宅の近所(東京・下町)にも、こんな微笑ましくも馬鹿馬鹿しい大人は掃いて捨てるほどいた。

幼少の頃のこと。大手スーパーの進出に反対していた商店街の店主が、いざスーパーがオープンするとそこの特売品を大量に購入していたことがバレた。その造反の苦しい言い訳……、
「い、いや、これは、買い占めでい。買い占めて、スーパー潰してやるって作戦だ」
「バッカだねえ」とつくづく思ったものだ。それでもテキトーに許されていた。たぶん地域社会が温かく馬鹿を包容していた時代だったのだろう。

翻って今の世の中はどうか。「馬鹿=ミス、ムダ」として否定され、馬鹿であることが笑って許してもらえないキュークツな社会となってしまったのではないだろうか。
その反面、高齢者から金を騙し取る馬鹿、税金をムダ使いする馬鹿、煽り運転で鬱憤を晴らす馬鹿などなど、悪質なバカ野郎ははびこる一方。嫌になるね、まったく。

『男はつらいよ』シリーズで、おいちゃんたちが繰り広げる一連の馬鹿は、こんな心に余裕のない現代社会への強烈なアンチテーゼなのかもしれない。

今こそ、Stay foolish!

森川おいちゃんの名セリフ「マクラ、さくら持ってきてくれ」も候補に挙げたかったが、「馬鹿」ではなく「ギャグ」と判断して選外。
森川おいちゃんの名セリフ「マクラ、さくら持ってきてくれ」も候補に挙げたかったが、「馬鹿」ではなく「ギャグ」と判断して選外。

取材・文・撮影=瀬戸信保

アマゾンprime video+プラス松竹で、『男はつらいよ』全50作サブスク視聴可能

年がら年中、ほぼ金欠状態と言える我らが寅さん。そんな寅さんに妹・さくらはときにはそっと、ときには呆れつつ、そしてときには怒りをにじませながら、援助の手を差し伸べる。では、さくらはシリーズを通していったい総額でどれくらいの援助をし、その金はどれぐらい還ってきたのだろうか? 他人の財布のなかを探るなんざあ、はなはだ野暮で下世話な所業だが、さくらと寅さんの金銭関係を覗いてみたい。イラスト=オギリマサホ
国民的映画『男はつらいよ』シリーズ。その魅力は言うまでもなく主人公・車寅次郎の巻き起こすエピソードだけど、それがすべてと思っちゃあいけねえよ。言い替えれば主人公以外の設定に、同シリーズの隠れた魅力があるってもんだ。その1ピースが 「とらや」裏手に構える町工場「朝日印刷所」。今回は、そんな『男はつらいよ』シリーズの名脇役、朝日印刷所にスポットを当てその軌跡を辿ってみたい。イラスト=オギリマサホ
タコ社長の娘・あけみ(美保純)。『男はつらいよ』レギュラー陣のなかでは出演作が全8作(第33作~39作および50作。幼少期は除く)と少ないが、そのあばずれな言動と憎めない性格から、“女寅さん”として推しキャラとするファンも多い。またインパクトのあるバイプレイヤーとしてだけではなく、“寅さん観”を醸し出す上で欠かせないナビゲーターだ。ただ惜しいかな、あけみの詳細はかのシリーズでは断片的にしか語られていない。それだけに、「そ、想像が、も、妄想が膨らむぅ~」と悶絶する諸兄も多いことだろう。そこで今回はあけみの実像を追ってみた。これは日本一詳しいあけみの軌跡である。イラスト=オギリマサホ
およそ人は何か社会の役に立っている。実社会でも、フィクションの世界……たとえば「男はつらいよ」シリーズのなかでも。が、この人は果たしてそうだろうか? そう、帝釈天の寺男・源公(演:佐藤蛾次郎)だ。正直言って、源公の存在価値をまともに考えたことがない。いや、それ以前に存在価値があるのだろうか、コイツには!誰か教えてくれ~い。と言っても誰もやりそうにないので、当稿で探求してみたい。イラスト=オギリマサホ
この人無くして柴又帝釈天の参道界わいは語れない。いや、語っちゃいけない。そう、帝釈天題経寺の住職・御前様だ。第1~45作中、ポッと登場し、味のある言動で観るものを和ませる名キャラクター。その一方で、御前様の人柄や生涯は知られていない。知ったところで本筋と関係ない? いやいや、それは早合点。御前様を知れば知るほど、『男はつらいよ』シリーズがいっそう味わい深いものになるのだ。イラスト=オギリマサホ(第1作の「バター」の御前様です)
「おばちゃん、今夜のおかずは何だい?」「お前の好きなおイモの煮っころがしだよ」(第10作)『男はつらいよ』に食シーン数々あれど、寅さんのいちばんの好物と言えばコレ!おばちゃんの作った“イモの煮っころがし”をおいて他はあるまい。「おばちゃんが美味しいおイモの煮っころがし作っているから」(さくら談)のひと言で機嫌を直したり(第17作)、夢にまで登場したり(第20作)、関係するシーンは枚挙に暇がない(ほか第11作、12作、18作、19作など)。なぜこんなありふれた総菜が、寅さんに、この映画にここまで愛されているのか? 今回は、実際に町の匠に“イモの煮っころがし”を作ってもらいながら、その答えを探求してみた。イラスト=オギリマサホ
武蔵と小次郎、信玄と謙信、項羽と劉邦、ピーターパンとフック船長、山口組に一和会、野村沙知代と浅香光代……。古今東西、名勝負に好敵手あり。「男はつらいよ」シリーズで繰り広げられる寅さんとタコ社長のケンカもまた映画史に名を残す名勝負。原因は? 勝敗は? 必殺技は? 今回は全29回におよぶ“寅タコ闘争”を検証してみた。イラスト=オギリマサホ
全世界的に巣ごもりが奨励される昨今ですが、みなさまいかがおすごしでしょう? いい加減飽きた? 狭い家に何人も一緒じゃ息が詰まる? コロナ離婚寸前?…って、お父さんもおかあさんもお嬢ちゃんもリフレッシュが必要てなもんでしょう。なら家で映画でもってことになるわけですが、家族みんなで楽しめるのはなかなかありません。そんな時、頼りになるのはやっぱり寅さん! 日本一『男はつらいよ』を見た男=瀬戸信保氏がシリーズ50作を再検証し、さんたつ的に正しくマニアックな寅さんの見方、歩き方を数回にわけてご指南する短期集中連載です。イラスト=オギリマサホ
のっけから私事で恐縮だが、筆者と寅さんの甥っ子・満男(吉岡秀隆)は同世代である。そのせいか、つい満男を物差しに『男はつらいよ』の時代背景を見てしまう傾向がある。「満男が○歳くらいだから、○年頃の作品だな~」とか。「このくらいの歳の時はこんなことしてたな~」とか。当然、彼の思春期も恋愛もほぼ同時進行だ。それだけに満男の自称“ぶざまな恋愛”は他人事には思えない。他人の恋路にあれこれ口を挟むなんざ野暮なヤツだとお思いでしょうが、甚だお節介ながら満男の恋愛を斬らせていただきます。浅野内匠頭じゃないけど、もうバッサリと!イラスト=オギリマサホ