肩肘張らない、アットホームな雰囲気の老舗焼き肉店

工業地帯として栄えた川崎区浜町に、戦時中から徐々にコリアタウンとして発展したエリアがある。大島四ツ角交差点付近から産業道路まで続く、セメント通り周辺だ。ここには昭和の後期まで、韓国料理店やキムチ専門店などが軒を連ねていた。だからこそ、セメント通りには地域で愛され続ける焼き肉店が、いまもある。

川崎駅の東口からバスで約15分の「大島四ツ角」バス停で下車すれば、セメント通りは目と鼻の先。新川通り(県道101号)から左へ進み、道なりに歩いていくと『焼肉レストラン 西の屋』にたどり着く。1960年の創業当時から、ここで営業している老舗の一つだ。

店名が大きく掲げられている出入り口。扉の脇にあるプレートには「創業1960年」の文字が刻まれている。
店名が大きく掲げられている出入り口。扉の脇にあるプレートには「創業1960年」の文字が刻まれている。

出入り口の二重扉を通って店内へ入ると、どことなくファミリーレストランを思わせる明るい空間が広がっている。ソファ席をメインに、入って左側の座敷には掘りごたつ席も。家族や友人、職場の仲間などと気軽に利用できる雰囲気があり、何とも居心地がいい。

店内は明るくカジュアルな雰囲気で、客層はファミリーも多い。ソファ席の奥が厨房だ。
店内は明るくカジュアルな雰囲気で、客層はファミリーも多い。ソファ席の奥が厨房だ。

「アットホームな感じでやっているので、そういう部分がウチの強みの一つかな、と思いますね」。そう語るのは、2022年に社長を継がれた3代目の韓さん。

お店が忙しいときはホールに出て接客もする韓さんは、常連のお客さんとのコミュニケーションを惜しまない。また、注文時に焼き肉のタレの辛さを甘口に変更できるのは、辛いものが苦手な人や子連れの家族にはうれしいところだ。そんなちょっとした配慮も、地域で長く愛される秘訣なのかもしれない。

ソファ席の向かい側は、履物を脱いで座る掘りごたつ席。また2階の客席にも座敷がある。
ソファ席の向かい側は、履物を脱いで座る掘りごたつ席。また2階の客席にも座敷がある。

濃厚なタレが常連客の心をガッチリつかむ!

お店の雰囲気もさることながら、『西の屋』の最大の魅力は、焼き肉のタレの味にある。ということで今回は、ランチセットメニューの中から、ハラミ1.5倍セット1595円を注文。お肉の量が1.5倍と聞いただけでワクワクが止まらない。

ハラミ1.5倍セットを用意してもらう。ハラミのあとは、温かいスープとご飯を盛り付けていく。
ハラミ1.5倍セットを用意してもらう。ハラミのあとは、温かいスープとご飯を盛り付けていく。

ランチセットには、お肉、ライス、ナムル&キムチ、千切りキャベツ、ミニわかめスープ、韓国のりが付く。焼き肉やキムチ、韓国のりなど、とにかくライスが進むラインナップだ。中でも、パンチの効いた自家製もみダレで味付けされた焼き肉には、ライスが欠かせない。

ハラミ1.5倍セットが完成。主食、主菜、副菜をしっかり採れるボリューミーなランチだ。
ハラミ1.5倍セットが完成。主食、主菜、副菜をしっかり採れるボリューミーなランチだ。

「ニンニクがしっかり効いた濃いめのタレなので、個性がハッキリしていると思います」と韓さんは言う。タレの材料は、ニンニク、醤油、酒、みりん、唐辛子、果物など。「ぼくの祖母がつくったレシピがあるので、味は創業当時からほぼ変わらないはずです」。

自家製のタレをたっぷり揉み込んだハラミ。ニンニクが効いた甘辛いタレに食欲を刺激される。
自家製のタレをたっぷり揉み込んだハラミ。ニンニクが効いた甘辛いタレに食欲を刺激される。

もみダレ、つけダレには、それぞれ甘口と辛口があり、通常は辛口のタレ(辛さは中辛レベル)が使われる。もみダレを甘口にしてほしい場合は、注文時にオーダーすればOK。

豆もやし、大根、ほうれん草のナムルと、たくあんキムチの4種盛り。いずれも自家製で、ライスによく合う。
豆もやし、大根、ほうれん草のナムルと、たくあんキムチの4種盛り。いずれも自家製で、ライスによく合う。

焼き肉のタレに限らず、ナムルやキムチもオリジナルだ。ナムルは、豆もやし、大根、ほうれん草の3種類で、ご飯のおかずにも箸休めにも◎。そしてランチ専用のたくあんキムチは、たくあんの甘さとキムチの辛さが調和したマイルドな味わい。ポリポリとした食感も後を引く。

ナムルやキムチをつまみ、主役のハラミを焼きながら、つけダレを用意しようかどうか考えた。なぜなら、韓さんによると『西の屋』のタレは「もみダレでちゃんと完結している味付け」だから。「つけダレは、お好みでどうぞ」と言われたら、ひと口目はつけダレなしで味わいたい。

無煙ロースターでハラミを焼く。もみダレの味がしっかりしているので、まずはそのまま味わってみてほしい。
無煙ロースターでハラミを焼く。もみダレの味がしっかりしているので、まずはそのまま味わってみてほしい。

焼き上がった1枚目のハラミを頬張ると、醬油の甘じょっぱさやニンニクの風味、ピリッとした辛さで、口の中がいっぱいに。たしかに、つけダレが要らないほど濃厚かつガツンとくる味わいだ。ハラミの食感は、ほどよい弾力感があり、かめばかむほどお肉の旨味や甘さに満たされていく。無意識のうちに、ハラミを2枚、3枚とロースターに乗せていた。

焼き肉をライスに盛って食べるのは、定番であり王道でもある。が、『西の屋』のランチでぜひとも試してほしい食べ方を韓さんに教わった。甘くてクリーミーな特製マヨドレッシングをかけた千切りキャベツを、焼き肉で挟んで食べるのだ。

焼き肉と一緒に千切りキャベツを食べるのもアリ。韓さんもお気に入りの食べ方だ。
焼き肉と一緒に千切りキャベツを食べるのもアリ。韓さんもお気に入りの食べ方だ。

「甘辛いタレと、甘めのドレッシングと、キャベツのシャキシャキ感の相乗効果があって、おいしいですよ。ぼくも好きだし、ウチのお客さんはみんな好きだと思います」。

ちなみに特製マヨドレッシングや、もみダレ、つけダレなどは、店頭やオンラインショップで購入できる。常連客の中には、まとめて10本も買っていく熱狂的なファンもいるのだとか。

卓上には、辛口、甘口、レモン汁のつけダレが。左端のボトルは、ランチ用の特製マヨドレッシング。
卓上には、辛口、甘口、レモン汁のつけダレが。左端のボトルは、ランチ用の特製マヨドレッシング。

気が付けば、残ったハラミはあとわずか。つけダレも使わないともったいない、と慌てて用意した。まず甘口のつけダレを加えることで、もみダレの辛さは抑えられ、甘みやニンニクの香りが強調される。一方、辛口のつけダレをプラスすると、タレの風味がより濃厚になり、あとからじわじわ広がる辛さも増す。いずれも味変にうってつけで、お肉がもっとほしくなる。

サラリーマンを辞めて焼き肉屋を継いだ3代目の覚悟

濃い味付けのタレが『西の屋』の特色であり、大きな魅力であることは間違いない。その個性ゆえに「賛否両論がすごい」と、韓さんは笑う。

「一種の褒め言葉として、よくお客さんに『わざと味を濃くして、ビールとかご飯が進むようにしてんだろ~』って言われますね。でも中には『嫌いじゃないんだけど、ホントはお肉の味がわかるようなタレのほうが好きなんだよね』みたいなお客さんもいます。そういうところがウチの強みかな、と。『普通』って言われるのが、いちばんイヤですから」。

ナムル&キムチや韓国のりなど、ご飯のお供がそろうハラミ1.5倍セット。ライスは大盛りにもできる。
ナムル&キムチや韓国のりなど、ご飯のお供がそろうハラミ1.5倍セット。ライスは大盛りにもできる。

お祖母さま、お父さまからお店を引き継いだ韓さん。だが、もともとはお店を継ぐつもりがなく、以前は一般企業で働いていたという。

「父が病気で倒れてからお店を手伝うようになって、会社を辞めて帰ってきたって感じですね。両親からお店を継ぐように言われたことは一度もないし、もし父が健康だったら会社で出世したかった。でも2022年に父が亡くなって自分が社長になってからは、ぼくの代で潰したら恥ずかしいな、と。祖母と父がやってきたお店が落ちぶれないように頑張らなきゃな、っていう覚悟を決めましたね」。

産業道路側から見た外観。建物の隣は駐車場になっている。8名以上の予約で送迎バスを利用可能。
産業道路側から見た外観。建物の隣は駐車場になっている。8名以上の予約で送迎バスを利用可能。

『西の屋』のタレを好みでないと言う人もいる一方で、「最高においしい」と言ってくれる人が大勢いる。だからこそ、韓さんは自身が慣れ親しんだ伝統の味と品質を守り続けているのだ。セメント通りに焼き肉店がひしめいていた頃から変わらない味が、ここにある。

住所:神奈川県川崎市川崎区浜町4-17-24/営業時間:11:00~21:30LO(ランチは14:00LO)/定休日:月(祝日の場合は翌日)/アクセス:JR川崎駅から臨港バス15分「大島四ツ角」バス停下車徒歩3分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純