ユザーン
1977年埼玉県川越市生まれ。96年に丸広百貨店川越店でタブラと出会う。インドで研鑽を積みつつ99年ごろからミュージシャンとしての活動を本格化、日本でのタブラの第一人者として現在に至る。2010年にはレイ・ハラカミとの共作曲「川越ランデヴー」を発表した。
川越生まれ川越育ち、ユザーンの原点
日差しが強い。ジリジリと焼けるような暑さの中でもユザーンは、『すずのや』のいつもの外の席でだしわり(おでんの出汁で割った日本酒)を飲む。
「これ、一生飲んでられますよね。先日も姉と一緒に来て、何杯だっけ、12杯くらい? なにも食べずにだしわりだけをひたすら飲んでました」
川越生まれ川越育ち、ミュージシャンとして生計を立て始めてもしばらくは川越を拠点にしており、東京に移ったのも10年ほど前だ。ユザーンはインドの打楽器であるタブラの奏者としては日本の第一人者であり、テレビやラジオでの演奏、楽曲提供、出演なども多い人気者だが、いざ目の前にしてみると、ちょっとファンキーな気のいい川越のあんちゃんである。そんなユザーンをミュージシャンたらしめたタブラとの出会いは、もちろん川越だ。
「丸広百貨店の5階の催事場で世界の民芸品展みたいなのをやっていて、そこで見かけたのがタブラとの最初の出会いです。どんな音がするのかすら知らなかったんだけど、見た目が抜群によかったんですよね。こんなのが部屋にあったらかっこいいなと思って、インテリアとして買うというところから始まってます」
ユザーンがその思い出も含めて昔や今の川越を語るとき、そこにはてらいもおごりもなく、街をものすごく誇っている風でもない。ごく自然に、川越の「なんかいい感じ」を語ってくれる。
「現住所は東京なんですけど、今でも自分のことは川越市民だと思ってますよ。実家は川越にあるし、学生時代の友達も川越に残ってる人のほうが圧倒的に多いし。ここ『すずのや』に来るようになったのは、わりと最近ですね。2019年に、この店の2周年パーティーに呼ばれて演奏をしたのが初めてだったんですけど、それからずっと通ってます。なにしろだしわりが気に入ってしまって」
ただ川越が東京から近いとは言ってもさいたま市や池袋・新宿までは電車で約30分。川越が独立性を保っているのも、大都市から近からず遠からずという距離感もあるような気がする。丸広百貨店が未だに影響力を持ち続けているのも、そんな立地もあってのことなのかもしれない。
「そうですね。池袋があと10分近かったら今ごろ丸広がどうなっていたか分からないし。やっぱり丸広あっての川越だという感じがするので、いつまでもがんばってほしいです。屋上の遊園地が2019年になくなっちゃったのはさみしいですが。あと、都市としての独立性っていうのは市民もかなり意識しているのかも。特に仲町とか幸町とか、蔵造りの町並みの辺りに代々住んでいる人たちなんかは、すごく川越に誇りを持ってますよね。大宮や所沢と比較して、とかではないんですよ。どこと比べるわけでもなく、自分の街に対して確固たる自信がある、っていう感じがします」
ごぼうの店で川越ランデヴー
そんな自信と誇りをもった専門店といえば、やはり川越なら『斉藤牛蒡店』だ。『すずのや』から歩いて30秒ほど、目と鼻の先だ。ユザーンがかつてレイ・ハラカミさんと手掛けた楽曲「川越ランデヴー」の舞台となった店である。「この店を初めて見たら、ゴボウだけで商売やっていけるのかなとつい思っちゃいますよね。まあ、タブラなんていう珍しい楽器で生計を立てているぼくに言われたくはないだろうけど」
しかし現にきんぴらを売り続けて70年近くやってきたのだから、その味、質は保証されたようなもの。試飲で出していただいたごぼう茶からは、ゴボウの甘みが際立って感じられる。現在店に立つのは、先代の奥さまで現店主の齋藤光江さんと息子の福冨実さん。先代の出身である入間が元々ゴボウの産地として知られており、その縁で光江さんと共にゴボウの店を始められたそう。
そして店ができて約半世紀後に「川越ランデヴー」が発表される。当時なぜかゴボウに凝っていたハラカミさんから、ゴボウについての歌詞を書くように指示されたのがこの曲を作るきっかけだったという。そしてユザーンはハラカミさんをびっくりさせようと、まだ広く知られていなかったこの店を題材にすることに。結果として、ユザーンが『斉藤牛蒡店』の不思議で静かなたたずまいを優しく語る、川越の名を冠した名曲となった。
「この店を知ったきっかけですか? ぼくは小学生の時に川越少年少女合唱団に入っていたんですけど、ここからすぐ側にある市立中央小学校が合唱団の練習場だったんです。ぼくの家は『斉藤牛蒡店』と逆方向だったんですけど、練習帰りにふと反対側を散策してみて、それで知ったような気がします。いやどうかな、違うかな」
小学生のときに不思議に思っていた店を、20年以上経って曲にする。そういうストーリーがあってもいいだろう。
「あれ、この『斉藤牛蒡店』の看板って以前は切文字じゃなかったっけ? 金属製の、金色の文字」
「そうなんですよ。台風で『蒡』の字がまずとれちゃって、『斉藤牛店』だと商売が変わっちゃいますから(笑)。それにほかの文字も少し危ない感じがしたので、シートに印刷したものを貼り付ける形で新しくしたんですよ」と実さん。
しかし看板がちょっと変わったとはいえ、「川越ランデヴー」で語られた軒先のショーケース型冷蔵庫、のぼり、のれんはちっとも変わらない。もちろんその味だって変わらない。だからこそ、ゴボウだけでやってこられたのだ。
続けること、変わらないこと
ユザーンが語る川越の思い出、地元の話は、なんとなく外にも開かれている感じがしてヨソの人間でも気持ちがいい。その最たるものが『やきとり裕次郎』だ。店に入るとオーナーの山口裕次さんが「おっ、湯沢! いらっしゃい!」と威勢よく出迎えてくれる。
裕次さんはユザーンのことを本名の湯沢と呼ぶ。なぜなら二人は中学校の同級生だからだ。
「ゆうちん(裕次さんのこと)が同級生だから、ここが友達の店だからってだけで来てるわけじゃないですよ。うまいから食べに来てるんです。おいしくなくなったら二度と来ない(笑)」
お通し代わりに豚のホホ「かしら」を出すのがこの辺りの習わし。出された2本のかしらにかぶりつくと、思わず頬が緩む。でかい、やわらかい、ジューシー。だけど外側はバリッと、炭火のけぶった感じも絶妙で。ネギは肉と一緒に焼くと外が焦げ、その焦げすぎた皮を丁寧に剥いてゆく手つきの鮮やかさ。辛味噌だって完全自家製だ。
「ゆうちんのことはずっと尊敬してますよ。高校生の頃からやきとり屋でバイトを始めて、そのままずっとやきとりを焼いて。友達の中で、一番早く社会に出た人ですよね。ゆうちんが働いていたのは川越駅西口の「とらや」って店でした。本当においしい店だったし、実家から近かったのでしょっちゅう行ってた。「とらや」の初代マスターはもう亡くなっちゃったけど、彼の味は『裕次郎』が完全に引き継いでますね。あのころのおいしさがそのまんまある感じ」
そんな話を聞きながら目の前に出てきたレバーを頬張ると、中まで火は通っているのにプリプリのまま。完璧な火加減だ。
「ウチは変わらないでやっていこうと思っていますから。やきとりは、店や人によっても味が変わると思いますけど、ぼくは昔からの味を彩ちゃん(妻の彩美さん)と一緒に守ってきたつもりです。変えない、変わらないっていうのは大変だけれど、湯沢みたいに言ってくれて、通ってくれるお客さんもいますから、みんなに支えられてのことですね。湯沢はそうやって人を応援できる、ほんとにいい同級生、友達だと思ってます」
「やきとり」という言葉にも裕次さんはプライドを持っている。焼き鳥じゃない、「やきとり」なんだ、と。漢字だと鳥だけになってしまうが、この店で出すような豚のホルモンの串焼きまで含めるのが「やきとり」なのだ。それを辛味噌で食べる文化は発祥でこそないけれど、川越でも昔から食べられてきたその味、その名前を変えずに続けていることが、裕次さんの誇りだ。
「前に東京から連れてきたミュージシャンの友達が『ホールで元気に働いてるあの彩ちゃんって子と、今後マスターは絶対に付き合うことになる』って謎の予言をしてたけど、マジでその通りになったよね(笑)」
そんな話を笑顔で返しつつもやきとりを焼く手を止めない裕次さんと、奥でビールや一品料理をテキパキと用意する彩美さん。二人でやってきたからこそ守ってこられた味なのだ。
蔵造りの町並みにも新しい店が増え、そうでない場所にだって『すずのや』みたいな店ができる。かと思えば変わらずにゴボウのきんぴらを売り続ける『斉藤牛蒡店』があり、やはり変わらない味を守っている『やきとり裕次郎』がある。
川越が魅力的な街なのは、その新しさと変わらなさに確固たる自信があるからで、だからこそユザーンや川越の多くの人が、この街を地元として誇ることができるのだ。
『すずのや』
旬の野菜入りのおでん盛り1078円はその日のオススメのタネがゴロリと。店のコピー「おやさいとくだものとお酒と」に偽りなし。名物のだしわり638円とともにいただこう。
西武鉄道新宿線本川越駅から徒歩8分。
14:00~21:00LO(日は~19:00LO)、月休。
埼玉県川越市連雀町27-1
☎049-272-7794
『斉藤牛蒡店』
創業以来、ゴボウ一筋70年。お総菜のきんぴらは調理済み品、自宅で調理用のものが、それぞれサイズ違いで用意されている。町にはここのきんぴらを出しているお店もちらほらあるとか。
西武鉄道新宿線本川越駅から徒歩8分。
8:30~18:00、水休。
埼玉県川越市中原町1-9-14
☎049-224-9260
『やきとり裕次郎』
創業からは10年ほどだけれど、オーナーの山口裕次さんのやきとりキャリアは高校時代のバイトから始まって、はや30年。彩美さんとの夫婦で守る川越の伝統の味のやきとりは各180円だ。
西武鉄道新宿線本川越駅から徒歩1分。
16:30~23:00、日・月休。
埼玉県川越市中原町1-2-2
☎049-290-7858
取材・文=かつとんたろう 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2023年10月号より