トット……桑原雅人(トップ写真右) 多田智佑(トップ写真左)
1985年(桑原)、1986年(多田)生まれ、大阪市出身。高校の同級生同士でNSC大阪校27期に入学、2009年にコンビ結成。2020年4月に東京進出。有楽町を中心にライブシーンで活躍する実力派漫才師。
今回訪れたのは……『よしもと有楽町シアター』[有楽町]
2020年、映画館だった元スバル座をリニューアルしてオープン。有楽町駅から徒歩すぐとアクセスは抜群、さらに古きよき雰囲気漂う有楽町ビルヂングの地下には、各種飲食店が立ち並び都会のオアシスとなっている。
止められながらも飛び込んだ東京
――トットさんが東京進出されて3年目。何かきっかけがあったんですか?
桑原 僕はなんとなく考えていました。ちょうどアインシュタインさんら何組かで劇場に出るタイミングがあったんですけど、そこで急に「僕らも東京行きます」って言ったからびっくりされましたね。
普通はパーンて売れて、とかM-1出て、とかあるところを、そういう兆しが一切なかったんで。吉本にも止められました。「大阪いたほうがいいぞ」って。相方もすごい嫌がってました。
多田 だって東京っていろんな芸人さんいるし、テレビに出てる人って、ナダルとかゆりやんとか、キャラクターがバケモンみたいなタイプじゃないですか。そんなキャラジャングルに俺ら急に飛び込んで、何ができるんやろうと。結果出てきてよかったなと今は思ってます。
――しかし東京へ来てもしばらくは無観客ライブが続きましたね。
桑原 芸人仲間にはだいぶ助けてもらったと思います。大阪時代の先輩はもちろん、東京に来てから仲良くなった、相席スタートの山添とかうるとらブギーズとか囲碁将棋さんとかタモンズ、ジェラードンとか。……だいぶ大宮だな(笑)。
多田 大宮セブンのみなさんとは距離が近くなりましたね。
――実は前回の取材が大宮だったので、有楽町に来てまず「椅子が違う!」と思いました(笑)。
多田 椅子でいうたらここは1位の可能性ある。下手したらNGKよりいい。
桑原 プロゲーマーはええゲーミングチェア買うって言いますけど、椅子は非常に大事ですよ。僕らはここで単独ライブもやらせてもらってますけど、広さもちょうどいいしお客さんも見やすそう。
9スベり1爆笑の“ワクワク感”
――有楽町の客層はどんな感じですか?
桑原 大人なお客さん多いですね。ここのビルの地下にある『竹むら』っていうおそば屋さんによく行きますけど、そこもやっぱ落ち着いてるし、シックな街なんでしょうね。
多田 平日の夜8時台のイベントに、絶対初めて来たやろうなっていうスーツ姿の30代後半くらいの男性2人組とか。他の劇場ではあんまり見ないお客さんがくることが多い。
桑原 有楽町は特にいろんなライブがあります。ルミネだと寄席公演が中心で、企画ライブでも超有名な方がやってらっしゃる。有楽町はもう少しニッチで深い話をするライブができます。あとは、すごくヘンなコーナーライブ。よくないことなんですけど、むちゃくちゃスベる。
――スベる!
桑原 普通なら10回ボケて、10回ウケたい。ここでたまにやるライブは、9回スベってもいいから、1回の大爆笑を狙う。テレビでやったら全部カットされてる、よくないことをここでコソコソと(笑)。「一座」と呼ばれる非公式組織がありまして、お笑いファンの皆さんの中では「一座公演」がそういうヘンなことをやるライブです。
――「一座」は徐々にできあがってきた感じですか?
桑原 そうですね。大宮も幕張も有楽町も、どうやってお客さん来てもらおうって考えるんですよ。ノーマルライブなら、有名どころが多い新宿に行くじゃないですか。そことどう戦うか。ここでしか観られないものをどう作っていくか。その結果が、9スベり1爆笑というヘンな結論になってしまった。
多田 ただスベるんでも、根性出してウケるぞ!の精神なら誰も咎(とが)めない。ライブによっては8爆笑、10爆笑みたいなときもあるので、何が出るかわからないという緊張感もお客さんは楽しんでくれてる感じはあるんですよ。
桑原 やってることは「エレガントな街・有楽町」とは違いますよね。気づいたらパンツ一丁で踊ってますし。
同級生だからわかること
――お2人は高校時代の同級生ですよね。お互いの印象は変わりましたか?
桑原 明るくなったよね??
多田 明るく……はなりましたけど、当時からホワホワしている一面もありますが、感情の起伏が実は激しい。ガー怒るときは怒るし、沈むときは沈むし、波のある性格ではありますよね。
――多田さんがそれをうまいこと操る。
多田 そうですね。僕が手綱を握って。ネタは書いてないんですけど。
桑原 多田ももっと無邪気で何も考えてない人やったんですけど、でも30代くらいから責任感がテーマになってきてて。仕事に関わる人やライブに来てるお客さんをちゃんと満足させないといけないとか、どんどん職人みたいな感じになってきました。
多田 (うなずく)
桑原 ネタは書かないけど、指示を出す。こだわりの一品を出すんじゃなくて、こだわりの指示は出します。
多田 (笑)。まあ15歳で会ってるんで、長いですからね。
「ビジネスパートナーだけど、友達の感覚はずっとある」
――NSC入学以前に出会ってコンビを組んでる芸人さんはうらやましいという話をよく聞きます。
桑原 それよう言われるんですけど、どこのこと言ってるんだろ(笑)。
多田 それの近い感覚でいったら、兄弟漫才師なんかな。
桑原 僕らが兄弟漫才師に「ああやっぱ兄弟やな」って思う瞬間があるんですよ。ふと芸人じゃなくなる瞬間が。
多田 家族の会話になる瞬間な。
桑原 そういう時に「あ」ってなる感覚に近いのかもしれないですね。ごめん今意見を奪ったな。
多田 いいよどっちが喋ったって(笑)。
――友達から仕事のパートナーへ関係性が変わる中、うまくやっていく秘訣は?
多田 ビジネスパートナーではありますけど、友達の感覚はずっとあるので。
桑原 溜め込まないとだけは決めてます。「あれやめて」とか「あれおかしない?」とか、めんどくさくても言う。
――家族や夫婦にも言えることかもしれませんね。長続きの秘訣。
多田 NGKのロビーにテレビがあるんですけど、よく師匠方がそこに座られてるんですよ。高校野球の時期やったらみなさんそれ見ながら、ちょっと出番行ってきますわって出ていって、10〜15分漫才やって、戻ってきはったら「点取られてるやないか〜!」みたいな。芸人長くやってああいう風になりたいですね。
――いいですね。桑原さんはどういう未来を思い描いてます?
桑原 いやぁ考えたことないんですよね。今がよかったらええわっていう。ギャル思考っていうか。
多田 それギャルなんか(笑)。
桑原 今、仲間がいて好きなことして楽しく笑って過ごせてるから、これがもうちょい続けばいいなって思います。でもこれがずっと続くってことはないから。50歳になって、コーナーでパンイチになってはないやん。
多田 なってたらおもろいけどな。
桑原 将来って考えたことないな……。
多田 桑原は特にそういうタイプかもしれないですね。
桑原 ……今を生きる。
――見出しっぽい言葉がきましたね。
多田 いやその見出し、だいぶ恥ずいですよ!!
トットのいきつけ『竹むら』
「いらっしゃいませ」「じゃあ2名様こちらで!」元気な女性店員さんの華麗なテーブルさばきに見とれていると、注文したそばがあっという間にやってきた。「この早さもありがたい、芸人の味方です」とトットの2人も太鼓判。
『竹むら』詳細
取材・文=西澤千央 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2022年12月号より