読んで楽しむ本所七不思議の包装紙。人形焼の錦糸町『山田家』。
錦糸町の人形焼店『山田家』のものほど印象に残る包み紙はなかなかない。漫画家で江戸風俗研究家でもあった宮尾しげを氏が、同店のために描いた本所七不思議7話が載る。同店を贔屓にしている直木賞受賞作家の宮部みゆき氏は、この包装紙をヒントに『本所深川ふしぎ草子』を執筆して吉川英治文学新人賞を受賞したというからファン必見だ。
『山田家』は本所七不思議をモチーフにした人形焼の老舗。一番人気は“置行堀(おいてけぼり)”に登場する狸の人形焼である。ぽっこりと膨らんだお腹には、北海道産小豆と白ザラメを使う薄紫色の餡がたっぷり詰まっている。私は何度読んでも七不思議をすぐに忘れてしまうので、人形焼に舌鼓を打ちながら包装紙を眺めるのをいつも楽しみにしている。包装紙を楽しみたいから七不思議を覚えないようにしているのかもしれない。
目隠しして食べても十分においしいけれど、愛嬌のある狸の姿と下町情緒たっぷりの包装紙が味わいを倍増させているのは間違いない。
着物地をイメージしたなす紺地に桜の包装紙。料亭生まれの浅草のかりんとう『小桜』。
浅草のかりんとう専門店『小桜』の粋で存在感のある包装紙は、和菓子の包み紙には珍しい濃い色使いで、遠目からも同店のものだとすぐ分かる。同店の前身である料亭の女将が着物地をイメージしてデザインしたもので、なす紺地に桜の花が散りばめられている。
この濃さ故にインクが乾きにくく、仕上がりまで手間暇がかかる。一カ月もの間じっくり乾かしてから納品され、納品後は店舗2階の大広間に広げてさらに乾かす。
明治から昭和初期にかけて活躍した画家で詩人の竹久夢二の描く女性をイメージした細口のかりんとう「ゆめじ」は同店の代表作。その名と包み紙が、サクサクほろりとした華奢なかりんとうに大きな魅力を添えている。濃紺の包装紙は、繊細で儚げな世界観を表現する一翼を担っているのだ。
高知出身の主人のメッセージをのせた包装紙が頼もしい。東向島『菓子遍路一哲』。
東向島の『菓子遍路一哲』の店主の酒井哲治さんは高知県出身。製菓専門学校の教員として勤めた後に、管理職になりお菓子を作る機会が減るのは嫌だと職を辞して店を構えた。店名は四国の巡礼者、お遍路さんと自らの名にちなむ。包装紙にある、土佐藩士の坂本龍馬の台詞でもおなじみの「ぜよ」を使った「ちゃんと作りゆうきに心配はいらんぜよ(ちゃんと作るから心配要らない)」という言葉にぐっとくる。何を隠そう、私も学生時代に先生から和菓子作りを習った身。さすが先生、頼もしい。柔らかな物腰と優しい笑顔の裏に隠れた和菓子への熱い想いの一端が、包装紙に反映されているのだ。
名物はかつてこの界隈で栽培されていた寺島ナスの甘露煮を漉して餡に混ぜ込んだ最中「なすがままに」。地元の活性化を願い考案したそうだ。味の想像がつかずドキドキするかもしれないけれど、包装紙の言葉を信じて食べてみよう。
包みを解いて和菓子を食べた後の包装紙は主をなくした抜け殻のような寂しさがある。それもまた味わい深い。私はこれをサンプルとして各店1枚ずつ取っておくほかは、親戚からたくさん届くりんごを包んで冷蔵庫へ保存するのに使ったり、花をお裾分けするときに使ったりする。器用な友人は包み紙をリメイクしたバッグに差し入れを入れて届けてくれる。これぞという再利用法があれば包み紙の文化も続くかもしれない。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)