解体が迫る中銀カプセルタワービル
私がこの中銀カプセルタワービルに住むことを決めたのは、カプセルの一室をマンスリーで貸りられる「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」のTwitterアカウントの投稿がきっかけだった。「貸し出すのは今月が最後になる」との内容に、預金残高と来月の収入を試算し、すぐに申し込んだ。募集枠をはるかに超える応募があったと知り、諦めかけていた頃、当選の連絡があった。厳正なるセルフくじ引きの結果だったそうだ。
「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」はいくつかのカプセルを所有していて、希望者に貸していた。2021年を過ぎて、今までで何度も立ち上がっては消えていた解体の話が本格的に動いたため、募集を終了。新たに貸し出す予定はなく、私を含めて運よく部屋を借りられた9名が最後の30期生となる。
宇宙船の一室は私のもの。最初に書いた記事にあるように、映画「ララランド」のBGMが脳内で流れるくらいルンルン気分で入居。はじめはこの建築を中から眺められるだけで満足で、入居して数日はひとりぼっちで宇宙に浮かんでいる気持ちに浸り、レコードで昭和歌謡を流したり、酒を飲んだり、酒を飲んだりした。
ご近所さんとは裸でつきあう仲
入居してしばらく、うれしい誤算があった。ご近所に同期のマンスリーカプセルの住人がいたのだ。それぞれのカプセルは広さこそ一緒だが内装が異なっていて、建設当初についていた設備の残り具合も違う。お互いのカプセルを見学するところから交流がはじまり、住人同士でカプセルが行き来するようになったと思ったら、カプセル生活が思わぬ方向に転がっていく。ご縁が深まりすぎて長屋化したのだ。
交流の深い住人とは、たまに会ったらご挨拶とかそんな甘っちょろい仲ではない。銭湯に行けば裸で会い、布団乾燥機や掃除機を借り、お礼にビールやお菓子を渡す間柄だ。夜中にGのつく恐ろしい虫が出て、格闘し、一夜を共に過ごした人々までいる。
さてさて、私の愛すべきご近所さんをご紹介しよう。
布団乾燥機を貸してくれるおかもとさん
おかもとさんは私の真上のカプセルに住んでいる一番のご近所さん。平日は毎日会社に行っていて、仕事帰りの銭湯でよく会う。彼女はマンスリーカプセルに備え付けの音楽機器オープンリールが扱え、部屋にはベースが置いてある。建築マニアというわけではないが、サグラダファミリアが好きでスペイン語を勉強中。トライアスロンが趣味で、何かを少しずつ積み上げて達成することに燃えるお姉さまである。
中銀カプセルタワービルはなんだか興味が湧いて、沼に近寄ってみたらうっかりハマってしまったというが、なんとなく趣味とカプセルに共通点を感じなくもない。
聞くと「私も一人で黙々と本を読んだりして過ごそうと思っていたのよ。こんな風になるなんて思いもしなかった」と笑いながら話す。ひとりだったらここまで長く住まなかったかも、とも。
丸窓は開かないし換気扇も軟弱なカプセルは、湿気との戦いで梅雨の部屋の湿度はゆうに70%を超える。ほぼ水の中だ。さらに湿気を好むダニとも戦わなければならず、私はおかもとさんに度々布団乾燥機を借りている。逆に私が料理を作ったりすると、必ず美味しいおつまみかお酒を持ってきてくれ、良好なご近所関係を築いている。(と私は思っている)
さらにおかもとさんのカプセルは少し雨漏りするので、梅雨の季節は地獄である。それでも住んでいるってなんでなの?と思うかもしれないが、建設当時をなるべく残しながら雨にも耐えるカプセルが愛しく、ロマンを感じるのだ。なんなら、雨漏りはステイタス。とある社会学者さんが我々のことを「イかれている」と表現したくらいには、私たちカプセル住人はちょっと頭がバグっている。
日当たり良好カプセルに住むよしみさん
雨漏りに衝撃を受けていてはいけない。我々のカプセルがなんらかの障害を抱え、日常的になんらかのトラブルが起きている。とある部屋ではネズミのオールナイトパーティが繰り広げられ、トイレは3日に1回つまる。住人はそれを一つのイベントとして、見逃さないためにカプセルを借りていると言っても過言ではないくらいだ。
が、よしみさんのカプセルはそれがない。本人が「何にも不自由がなさすぎて申し訳ない」というほどの優等生カプセルなのだ。強いていうなら夏は直射日光で暑く、カプセル上をテリトリーにしている鳩の鳴き声で早朝に目が覚めるため、朝型生活でないと暮らせないのが欠点である。
個人的な感想だが、よしみさんはカプセルの理想的な暮らしを実践しているように見える。彼女は朝型のカプセルに適応して、朝7時に起き、夜は22時に閉まる銭湯へ行ってから、日付が変わる前に眠る日々を送る。持ち物もミニマルで、「スーツケース一つでここに持ってきたもので、ほとんどがこと足りる。家にある大量のものがなんだったのか」とカプセル以前の暮らしを振り返り、カプセルに入居した初日から不思議と部屋に馴染んで帰りたくなくなったと話す。
夜はスピーカーで音楽を流しながら、ハーブティーを飲むのだという。窓の外を眺め、宇宙船に一人ぼっちな妄想をしたり、ここで地震がおきたらどうやって助かるか、なんて考えているらしい。どうやって助かるのか聞いたところ、マーベルくらい壮大なアクションシーンが繰り広げられていた。
過酷カプセルから逃げない千絵さん
もう一人、漫画を貸したり、晩御飯を食べたりする仲のご近所さんをご紹介。千絵さんは個性的なマンスリーカプセル住人の中でも飛び道具的存在だ。どこから説明していいのやらわからないが、ライターであり、書店のコンシェルジュであり、スナックのママだ。いい意味でニッチとチャレンジが合体して服を着て歩いている感じだ。そう聞くと、パンチの強い印象を受けると思うが、可愛らしく細やかな気遣いのできる人である。
千絵さんに、ここに来てよかったことは?と聞くと、「カプセルの外での暮らしが豊かに感じる」と答えてくれた。そりゃそうだ。何を隠そう、彼女のカプセルはよしみさんのような住み良い部屋の対極にあるからだ。
一見ほかのカプセルと変わらないように見えるが、ここ、まさかの水が使えない。深くは書けないがトラブルに見舞われ、とにかくトイレも洗面台も使えないので、共同スペースを利用するしかない。いくらトラブルを楽しむカルチャーであるといっても、ここまで来ると辛い。そして、そんな環境になっても住み続ける彼女の根性と信念に感服する。
トラブルに見舞われ取材断念
実は、もう一人カプセル住人にインタビューする予定であったが、当日、今までにないくらいハードな水のトラブルに見舞われ、取材を断念した。
彼女はアイボをペットに暮らしていて、たまにカプセル内を散歩させている。キッチンのないカプセルにおいて、唯一、電子レンジという文明の利器を持っているので、住人が夕飯時に部屋を訪ねてくることも少なくない。私もその恩恵にあずかっている一人だ。
カプセルタワーのロビーやエレベーターで会い、たまに部屋でお茶をする不思議な友人たち。この関係が永遠であってほしいと思いながらも、この先に解体が決まっているカプセルだからこそ共有できる感情もあるとも考える。何度となく丸窓から外を眺めていてもカプセルを出る時がきたら、きっと「もっと眺めればよかった」と後悔するのだろう。宇宙船が沈むのを一緒に眺めてくれる友人がいることに心から感謝している。
取材・文・撮影=福井 晶