中杉通りとパールセンターが街のシンボル
阿佐ケ谷のメインストリートといえば、中杉通り。北は早稲田通りまで続くおよそ600mの一本道で、左右に植えられたケヤキが、実に気持ちのいい散歩道を演出している。沿道に商店は少なく、ゆったりとしたムードに包まれ、世尊院、阿佐ケ谷神明宮ほか驚くほど元気に緑が残ってもいる。
並行する松山通り(旧中杉通り)は、いかにも旧道的な曲がりくねった道だが、最近はおしゃれな店が続々登場している。
ジェラートの『Geleteria SINCERITA』、弁当屋『くじらのおなか』、『rustica菓子店』、『ペンギンカフェ』などは、散歩者をプチヨーロッパな気分にしてくれるほど。
駅南側も中杉通りが青梅街道まで400mほど延びているが、並行するアーケード「パールセンター」は、むしろ雑多なムードが魅力の昭和初期から続く商店街。
阿佐ケ谷の台所的存在で、ローカルチェーンのスーパー『アキダイ』角打ちもある酒屋『酒ノみつや』、作家ものの器が並ぶ『zakka土の記憶、』などが特徴的だ。
また毎年8月に行われる「阿佐ケ谷七夕まつり」は仙台、平塚とともに日本三大七夕まつりに数えられる風物詩、というかすごい人出となる。
スターロードほか、飲み屋も大充実
中杉通りとパールセンターが昼の顔とすれば、阿佐ケ谷の夜の顔は「スターロード」。
戦後闇市や飲み屋街だった面影を残す、中央線を代表する飲み屋街の一つで、星を象ったネオンサインも印象的。立ち飲み『阿佐立ち』、ラーメンが人気の『東京ぐれっち』、いかにも中央線的な『あるぽらん89』など和洋、新旧、大小問わずさまざまな飲み屋150軒が居並ぶ。
同じく南口の川端商店街は、商店街というより飲み屋街。その中央に位置する「いちょう小路」は50mほどの短い通りに20軒もの飲み屋がひしめく横丁で、風情がとってもイカシテいる。おすすめは『居酒屋 越川』『でんでん串』など。
阿佐ケ谷の飲み屋街は横のつながりが強いといわれる。小さな店で飲んでいると、店主が「次行くなら〇〇がおすすめだよ」なんて他店の宣伝をすることも。このつながりが心地よさの秘訣でもあり、「ムラ社会」と呼ばれる理由でもある。
ランチ、ベーカリーも高レベル
飲み屋のことばかり書いてしまったが、ランチのレベルも高い。和食なら目にもおいしい『百瀬食堂』、中華はかつての名店「希須林」の流れをくむ『オトノハ』、餃子の『豚八戒』、タイ料理の老舗『ピッキーヌ』や、新興著しいネパール料理『パティバラ』などもおすすめだ。
ベーカリーも多い。旧中杉通りの個性派『草履ベーカリー』、入魂のフランスパン店『SONIKA(ソンカ)』、個性派サンドが豊富な『tonttu(トントゥ)』でテイクアウトして神社や公園など屋外で楽しむ人もチラホラ。
阿佐ケ谷カルチャーはサロン的
阿佐ケ谷カルチャーの歴史を紐解くと、大正末期から戦後にかけて存在した阿佐ケ谷文士村に突き当たる。井伏鱒二や太宰治が結成した「阿佐ケ谷会」が始まりといわれ、数多くの作家を集めた。また70年代、永島慎二『若者たち』に描かれた喫茶『ぽえむ』のサロン的雰囲気は、瞬く間に人気を集め阿佐ケ谷を漫画の聖地にしたという。
振り返って、現代の阿佐ケ谷のカルチャーを代表するスポットを紹介しておこう。
名曲喫茶『ヴィオロン』は、ウイーン「ムジークフェライン」を1/25スケールで模した内装が圧倒的。夜はほぼ毎日ライブイベントが行われている。
『よるのひるね』は、夜専門の喫茶店という一風変わったコンセプトで、エッジの効いたイベントがニヤリとさせる。近くにある『喫茶天文図舘』は「手紙を書いたり読んだりするための喫茶店」。濃いめのコーヒーとナポリタンも名物だ。
旧中杉通りの『コンコ堂』は今や中央線を代表する古書店の一つ。レイアウトも品ぞろえも秀逸。中古レコード店『オントエンリズムストア』も希少版が多いと評判だ。ハンバーガーマニアな女性店主が始めたアメリカ雑貨店『トイバーガー』はチープなテイストが楽しい。
阿佐ケ谷は毎年秋に「阿佐ケ谷ジャズストリート」が行われ、当日は街じゅうがジャズ一色になるが、『マンハッタン』『クラヴィーア』『鈍我楽』などジャズスポットの老舗も多い。
そして、なんといっても『ラピュタ阿佐ケ谷』。小津・溝口など邦画の名作をかける映画館「ラピュタ」、自然食レストラン「山猫屋」、地下にはアングラな小劇場「ザムザ」が入る複合施設で、中央線文化の背骨のような存在だ。
とまあ高円寺や中野に劣らぬカルチャースポットなのだが、あまり強い自己主張はなく、どこかゆるめなサロン的ムードが漂っている。それは阿佐ケ谷だからとしか言いようがない。
阿佐ケ谷にいるのはこんな人
パールセンターにいるのは、一見普通の人。普通のおばちゃん、おじちゃんが夕飯や晩酌の買い物をしているように見える。だがよく見ると、どこかさりげなく服やアクセサリーにこだわっている。けっして派手ではないが、服の配色も計算されているのかもしれない。そんな人が『アキダイ』のかごを抱える姿はとてもほほえましい。北口の旧中杉通りは、さらにおしゃれさん。あくまでもさりげなく、しかしどこかこだわりを持ったカップルやマダム、吉祥寺や西荻にいそうな人種である。阿佐ケ谷にも意識高い系が増えてきているのだろう。
中央線沿線に住むなら阿佐ケ谷?
個性派ぞろいの中央線沿線でどこが一番住みやすいか? 答えは人それぞれだが、ムラ社会的なゆるい空気が合う人は多いと思う。
また、阿佐ケ谷にないものはない。買い物なら高架下のダイヤ街にパールセンター、飲み屋はスターロードや一番街以下無数にあり、総じて高レベル。阿佐ケ谷神明宮や、宮崎駿監督がかかわった「Aさんの庭」など緑地や公園も豊富で子育て世代にも人気がある。七夕まつりやジャズストリートほかイベントも多く、休日は釣り堀『寿々木園』まで用意されている。
かつて文化的サロンとして若者を魅了した阿佐ケ谷だが、最近もよしながふみ『きのう何食べた?』、真造圭伍『ひらやすみ』、そして阿佐ケ谷姉妹『のほほんふたり暮らし』など話題作の舞台として登場する。
3つの作品に共通しているのは、日常がそこはかとなく楽しそうなこと、そして、大きな事件はなにも起こらないことである。
取材・文=武田憲人(統括編集長) イラスト=さとうみゆき
文責=さんたつ/散歩の達人編集部