みんなから「オアダイ」と呼ばれ慕われる店主、伊藤大貴さんは元ミュージシャン。ロン毛でベースを弾いていた頃、カレーに目覚めた。住んでいたシェ アハウスの同居人がインド好きで、放浪してはスパイスを担いで帰国。カレーを作っ てくれた。
「カレーは大嫌いだったけど、強烈においしくて衝撃を受けたんです」 。
未知の世界だったスパイスカレーにはまり、見よう見まね、ほぼ独学で作り始めた。当時は不動産やリノベ ーション関連、WEBライターとして活躍中で、カレーは趣味の位置付けだった。
好きで作り続けたら、仕事になった
ある時、ヨドバシ裏にある屋台型シェアキッチン『テトラ・アパートメント・ストア』で、間借り出店する機会が到来。お金をもらうには自分の味を確立させなければと真剣に研究し、日本人の味覚になじむ、毎日でも食べたい「日本産のインド風カレー」にたどり着いた。タマネギを炒め、スパイスとトマトを加え完成させたベースを、様々なカレーに変身させる。今日の「エビのカレー」は、日本人が好むイタリアンのパスタを作る感覚で、ニンニクやアンチョビを使う。明日の「サバの醤油煮カレー」は、ちゃぶ台のおかずのカレー化だ。
「もう、なんでもありなんです」。
屋号を『オアダイカレー』として、デビュー。すぐにファンができ、妻の真奈里さんもその一人だった。ときどき間借りを楽しんで1年すぎた頃、京都へ転勤。宿泊・飲食・コワーキングを融合した施設(コリビング)作りに参加し、飲食部門を担当。趣味のカレーが堂々仕事になったのだ。滞在中は関西の派手な表現にも影響を受けて、大きく成長を遂げた。
レトロな大皿に、本日のカレー、バスマティライス、トッピングのチキン、サラダ、副菜が隙間なくダイナミックに盛られて登場だ。香りの主張は強いが辛さはやさしく、甘いと感じるほど。
「両親が青森県出身で、うちの料理がわりと甘かったのが影響しているのかもです」。
バスマティライスは、ベイリーフ、オリーブオイルを入れて炊き、炊けたら酢を振る。米粒がよくほぐれ艶やかになるのだ。
古着とレコードとお酒につながる存在なんだよね
「カレー作りは音楽構成に似ている」と言う。
「ビートルズの『Come Together』の繰り返し刻まれるリフのあの感じ、出したいんです」。
屋上でカレーとビールを。「定休日の厨房で間借りしませんか?」。古着とレコードを販売中。 お楽しみてんこ盛り、つかみどころのない秘密基地の真ん中に、でっかいカレーがある。
取材・文=松井一恵 撮影=金井塚太郎
『散歩の達人』2020年9月号より