瀧川鯉八(たきがわこいはち)
人生で「創作」をしたことがなかった
- 鯉八
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みんな出かけられなかったからですね、湘南の海に。緊急事態宣言が出ている期間に作っていて。もちろん僕も行けないので、今回はネットを駆使して行ったつもりで書きました。喫茶店は架空のお店です。
- 鯉八
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「長崎」という噺は、長崎に初めて降り立ったとき、ここ、好きだなあと思って作った落語です。散歩、好きなんです。寄席から1時間くらいかけて、家まで歩いて帰ったりもします。喫茶店も好き。
- 鯉八
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1作目ですよね? そもそも僕は、人生で「創作」をしたこと何もなかったんです。
- 鯉八
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落語以外のことも、何もなくて。だから、落語作ろうってなったときに、自分の中に「手法」がない。もう、考えようと思っても、頭の中真っ白になっちゃって。
- 鯉八
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星新一さんが好きだったから、星新一さんみたいなテイストで作ろうと思ったんです。でも、自分なりの「星新一さんぽい」っていうの作ってみたら、全然ウケなかった。それで、人の手法を真似してもダメなんだっていうことに気づいたんです。
- 鯉八
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もちろん、星新一先生みたいなものを作れなかったせいもあるんだけど、そうではなくて、手法が悪いんだ、これは自分と向き合う作業なんだっていうことに気づいて。それで2作目から自分の中にあるものを出すようになったんですけど、結局、お客さんが喜んでくれたのは4作目、5作目くらいからですね。
- 鯉八
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やってないですね。これまで80本くらい作ったんですけどいつもやる噺、いわゆる“一軍”が10本。たまにいつもやってないのやろうかなっていうときの“二軍”が10本くらい。だから結局、60本は眠っちゃってるんです。二軍が一軍に上がる可能性はあるけど、残りの60本は二軍に上がることがない。一番いいものを作るために100本作る、みたいに考えてるのでそこはいいんですけど。
- 鯉八
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笑いが多い噺でもないので、一軍には上がることはないですね。一軍っていうのは、お客さんのための一軍ですから。大事なアルバムの一曲っていう感じじゃないですか。独演会とか、何席かあるうちの一席ならやるかもしれない、という。
- 鯉八
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7本くらいですかね。いつも、大晦日に布団に入ったときに、「今年、来年もできるやつあるかな?」って振り返るんです。一本でもあると、すっごい気持ちよく年を越せるんですよ。たとえば今は2020年が半分終わって、今のままじゃゼロ本だぞって、だんだん焦ってきてる。1本も残らない年のほうが圧倒的に多いんで。
田舎町にきたサーカス団みたいになりたい
- 鯉八
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2006年入門で、2007年の終わりですね。前座時代、こっそり作って、こっそりやっていました。
- 鯉八
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新作落語は、前座はお客さんの前で、商売としてはやっちゃだめなんです。師匠に、宣伝とかはしないのでいいですかって聞いたら、もちろんルールとしてはだめだから、表だってはダメだけど、隠れてやるならどんどんやれと。師匠は“どんどんやれ派”だから、そこは全然。やっちゃダメって言う師匠もいると思うんですけど。
- 鯉八
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師匠にはよく、一生古典をやらないでほしいって言われます。新作落語を作れなくなったから古典をやる、というのはやめなさいと。お前が古典をやり始めたら、もう作らなくなったんだって思うよ、と。「ずっとへんてこなのを作ってなさい」って言われます。
- 鯉八
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ずっとへんてこな感じで生きていきなさいと。尊敬されたいとか、センスがいいとか思われるように作るのは僕もだめだと思って常に肝に銘じているんですよ。とにかく、面白いってお客さんが笑ってくれるのを優先するべきで。「全然うけないけど、私がわかんないだけで、すごく才能あるんじゃないの?」「よくわかんないけど、たぶんすごいんだと思う」みたいのはやめなさいと。
- 鯉八
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東京の生まれじゃないので、まず、イントネーションがつらい。だからもう名人になれないなと。その代わり、歴史に残る発明をしたいなと思ったんですよ。
- 鯉八
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自分としては、自分の中の成功体験を追わないように作ってます。でもそれは作り手のエゴで、本当は、受けたやつを真似して、そっちのほうがさらによくなればいいのかなとは思うんですよ。でも、「自分を更新しない」というのはテーマなんです。
たとえばミュージシャンでも、ヒット曲のあとに違うテイストの曲がきたら「違う、君に求めてるのはそうじゃない」ってなるお客さんの心理はわかる。だけど作り手としては、自分の模倣をしていくのに耐えられなくなるんですよね。真似をしてもいいもの作ればいいんじゃないかって言う考えもあるんだけど、それに耐えられなくなってるんだよね、自分が。
- 鯉八
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自分の、気持ちにある醜い部分、人には言いたくないような部分をさらけ出すようにはしますけど、それはお客さんには悟られないように。お客さんを、煙に巻きたいって言う気持ちがあって。田舎町にきたテントだけはってるサーカス団みたいな、そういうちゃちい手品師みたいになりたいっていうのがあるかな。大仕掛けのサーカスじゃなくて。
- 鯉八
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でも、僕が作ってる落語は、田舎の両親は全然意味がわからないっていうんですよ。ま、師匠もわかんないって言うんですけど(笑)。両親とか僕の師匠とか、僕より年齢の高い、僕の大切な人に、理解されてないわけですよね……。でも、それも考えがあって。僕は完全に、同世代に向けて作ってるんです。
以前は「中学生ぐらいの多感な時期の自分がどう思うか」みたいなことを考えてやってたこともあるんですけど、最近は、現在の僕が、パラレルワールドで違う仕事をしてて、ふらっと落語を見に来たときにどう思うかっていうのを考えてやってますね。
- 鯉八
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昔から、ちゃんと寄席でウケる人に合わせて作れってよく言われんですけど、70歳の師匠が同世代の客席に向けてやるのはいいんだけど、ぼくが70歳の方に向けて作っても、10年後はどうするんだ? と。それで10年20年経てば客層は僕の同世代になっていくと思って作るんだけど、今、自分の大切な師匠や両親に伝わってないって言うもどかしさはあるんですよね。
本当に面白ければだれも放っておかない
- 鯉八
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僕は今年40で。新作やりはじめたころは20代後半なんですけど、若い頃なんてお客さんがどう思おうと関係なく、むしろ自分がいいと思うものを作ったほうがいい結果になると信じてたんです。自分と向き合って向き合って、自分のエゴをだしたほうがお客さんが喜んでくれるものを作れると。でも、年齢を重ねていくと、経験としてみんないろんな人生があるっていうことに気づいて。やっぱり僕の落語で幸せになってもらいたいなと思うんですよね……。
災害やこのコロナみたいな状況になったとき、芸術がみんなを幸せにするっていうと、よく叩かれがちなんです。落語もよく人を救えないって言われる。でも、僕の落語だけは、悲しんでる人を幸せにできると思ってやってるし、それはほんとに思ってる。もう、選ばれた男だっていう、使命ですよ。
- 鯉八
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中学生くらいが思ってる無根拠な自信があるじゃないですか。常にあの火が消えない。むしろ、常に薪をくべてるみたいなところがあります。
- 鯉八
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でも、大いなる野心はないんですよ。最近、野心は誰でも持てるものじゃないっていうことが気づいたというか。ただ才能だけがある。才能をもてあましてる男だと。
- 鯉八
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だから意外とやることがもう絞られていて。自分のおもしろい落語を作るだけって決めてて、そのために時間を使いたい。いま主流の自己プロデュースと真逆なんですよ。頭が固くて、古いんです。
能力がなくても打って出ればそれに実力が後から追いついていくんだ、とも思うんだけど、それができない。本当に面白ければ誰も放っておかない。放っておかれているってことは、本当に面白いものを作れてないんだって思う、そういうのがバネになってるかもしれないんですけど。
- 鯉八
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断る。絶対に断る。昔一回あげたことがあったんですけど、自分の富を守れなかった、唯一の持ち物を守れなかったっていう後悔があります。自分の子供とか愛する人差し出すか?っていう話ですよ。くださいって言った人に嫌われたくなくて、そこをかっこつけちゃったなって。他の人のテクニックでお客さんにウケたとしても、僕の落語の本質で伝えられるのは僕しかいないと思ってます。
全部自分の顔だと思ってやっています
- 鯉八
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他の人がどう考えてやっているかはわからないけど、僕は全部自分の顔だと思ってやってます。『青年の主張』ってありますよね。あれなんです。落語の手法で何人か登場人物にわけて見やすくしてますけど、本当は一人の人間の話で、一人称でいいくらい。人の言葉じゃなくて自分の言葉で語りたい。
- 鯉八
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僕の宗教はその場限りの宗教なんで。マクラで宗教感出すよりはいいですよね(笑)。
- 鯉八
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「おはぎちゃん」に関しては、シンプルに、大きな声で誰かを呼ぶって気持ちいいな、大きな声で誰かに呼ばれるって気持ちいいよね、という噺で。大きな声で呼び合うという落語はないから、それいいなと思って肉付けしたんです。おはぎちゃんも、僕のことです。世の中に放っておかれてるから、無視すんなよって(笑)。でも、応えるか応えないかは僕の気分次第で決める。常に主導権はこっちだよ、と。
- 鯉八
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僕は、えらいすべるんですよ。落語だって競争だし、マラソンでいったら世界新記録をだして一位になりたい。でも、よく考えたら観客を喜ばせるプロですから、めちゃくちゃ遅いけど走り方が面白いとか、遅いけど応援したくなるみたいなのもあるのかな?と。でも、そいつはあくまでも世界記録を出したくて、面白い走り方をしたくて走ってるわけじゃないというのが大事で。
キャリアを重ねていくと、みんなすべらなくなっていくんですよ。すべりたくないし、すべらない手法を学びますから。新作落語の天才で、春風亭百栄師匠っていう方がいて。百栄師匠に7~8年前に言われたのが、みんな三振しないようにするけど、そうならないでくれって言われたんです。三振しないってことは、大振りしないってことなんですよね。ホームランは、大振りする奴、三振する奴にしか打てないから。
- 鯉八
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常にすごく時間を気にしてます。寿命というか、残された時間。まあ、明日も命あるかというとその保証はないんだけど。単純に平均寿命でいくとあと何十年だろうとなったときに、2カ月かけて作った落語がだめだったら、有限な時間を無駄にしてしまったんだという絶望に襲われる。
日々の暮らしや仕事の忙しさでだんだん希望の気持ちがすり減って、こなすだけになっちゃうのが一番怖いし、それが一番時間がもったいないと思うんですよね。だから、創作に集中しているときは他の仕事を断ることもある。お金も入らないし、次は声もかからないかもしれないしから、かなり勇気をもって断る。もちろん師匠や仲間の仕事は断らないですが。自分が作りたい、自分の思いにもっと忠実な落語を作りたいという、青臭い考え方も死ぬまで持ち続けようと思ってます。
- 鯉八
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おめでたいネタを作りたいなと思いますね。自分の披露目だけじゃなくて、次に誰かのおめでたいときに寄席に出る機会があったらと思うと。なんか、僕のネタは嫌な噺が多いんですよね……(笑)。
取材・構成=渡邉 恵(編集部) 撮影=武藤奈緒美
撮影協力=かふぇ・あっぷる