アクセス
鉄道:JR・地下鉄東京駅からJR東海道本線・御殿場線で約1時間45分またはJR・私鉄・地下鉄新宿駅から小田急電鉄小田原線・JR御殿場線で約1時間35分の山北駅下車。
車:東名高速道路東京ICから同道を利用し、大井松田ICまで約58km。同ICから山北町中心部まで約8km。
今なお息づく「鉄道のまち」としての矜持
とある建物から外へ出た途端、聴き覚えのある「鉄道唱歌」のメロディーが耳に飛び込んできた。明治22年(1889)開業の山北駅は、急勾配の箱根越えに備え、追加の蒸気機関車を連結したり切り離したりした東海道本線屈指の鉄道拠点として、大いに活況を呈した地である。時を経た昭和9年(1934)、丹那(たんな)トンネル開通に伴い東海道本線は熱海ルートとなり、従来の路線が御殿場線となったのを境に往時のにぎわいは消えていったが、今なお「鉄道のまち」としての矜持(きょうじ)が地域に息づいているのを実感する。その1つが先ほど耳にした「鉄道唱歌」で、10時と15時の2回、防災行政無線を通じて町内に流されているそうだ。
駅周辺を離れて足を運んだ大野山は、富士山をはじめとする山々の眺望が人気の低山である。山頂付近には、山地(やまち)酪農と呼ばれる自然に即した手法でジャージー牛を育てる「薫る野牧場」があり、こちらの牛乳は、売り切れ必至の人気商品だという。その味をソフトクリームやプリンなどでも楽しめると聞きつけ、再び山北駅近くの『やまきたさくらカフェ』へ。すると、注文した品をテラス席へ運んできてくれた山田肇さんから、「薫る野牧場同様、応援したくなる若者が山深い集落で奮闘しているんですよ」と、皆瀬川上流にある『八丁やまめ養殖センター』の存在を教えられた。
そんなこんなで駅界隈と人里離れた地を何度か行き来したのだが、その都度急ピッチで進められている新東名高速道路の建設現場に行き当たることに。このエリアを行き交う移動手段の主体が鉄道から車へ移行して久しい現実を、奇しくも思い知る旅となった。
西丹沢の懐に分け入り、さらなる魅力を探る
西丹沢の気になるスポットをさらに探ろうと、水上レジャーが盛んな丹沢湖の先へと分け入った。『中川温泉ぶなの湯』へ立ち寄り、ついでに足を延ばしたのが箒(ほうき)杉だ。ことさら気にもせず無防備に歩み寄ったところ、日頃から霊感が乏しいにもかかわらず、老杉が放つ「気」に思いきり圧倒されてしまったのだから、自分自身驚くほかない。
「こんなこともあるんだなあ」と独り言を漏らしながら『YAMAKITAバル』に顔を出し、帰途、山北町みやげに買い求めたのが、ミネラル分をほどよく含む西丹沢山系の中硬水で仕込んだ『川西屋酒造店』の「丹澤山麗峰」である。燗酒の歴史から旨味を引き出すための飲み方まで、代表の露木雅一さんの話は尽きず、その奥深さにはただただ感心するばかりだ。
帰宅後、教わったとおりお燗専用のフラスコで60度まで温度を上げてから、味わいが広がりやすいとされる平盃でくだり燗をすするようにチビリ。なるほど、こうきましたか!
洒水(しゃすい)の滝
上ったかいがある展望デッキからの眺望
礫岩(れきがん)層を侵食した三段からなる名瀑で、1990年に選定された日本の滝百選の1つ。駐車スペースから滝沢川沿いの道を数分歩くと、赤橋の先に一の滝が見えてくる(上部の二の滝・三の滝は見えない)。滝の様子をより間近に感じたい場合は、2022年に完成した新遊歩道を利用するのがおすすめだ。ただし展望デッキまでは226段の階段を上るため、訪れる際は歩きやすい靴や服装で。
●見学自由。神奈川県足柄上郡山北町平山
山北鉄道公園
関係者の熱意によりSLを動態保存
かつて隆盛を誇った山北機関区跡を整備した公園で、1968年まで御殿場線で活躍し、最高1600馬力を誇ったD52形蒸気機関車を展示。毎月行われる整備時にはコンプレッサーによる圧縮空気を動力源とした動輪2回転分の運転を見学できる。整備運行の日時は町のHPで確認を。
山北鉄道資料館
鉄道のまち山北の歩みに触れられる
JR山北駅に隣接する山北町ふるさと交流センター内にあり、町の委託を受けたNPO法人が運営。職員の制服や改札鋏(きょう)など貴重な品々展示のほか解説板や書籍も充実している。Nゲージの鉄道模型や山北駅~谷峨(やが)駅間の様子を模したプラレールも運行。
瀬戸スッポン養殖場
疲労回復や二日酔い解消、健康維持に
西丹沢山系の清らかな水を引き入れ、3000匹もの食用すっぽんを養殖。時間をかけて大鍋で煮込んだすっぽんは、ドリンクや雑炊などに合うスープとして好評を博している。サプリのスポヘルス70粒入4000円や捌(さば)いて皮をむいた鍋用すっぽん(要予約/4・5人用5800円~)も販売。
大野山
大展望が待ち受ける関東の富士見百景
目の前に富士山が堂々とそびえ立つ大パノラマに息をのむ眺望自慢の山。JR谷峨駅を起点に標高723mの大野山山頂を経てJR山北駅へと下るハイキングコースはファミリー層にも人気で、一般的な歩行時間は4時間少々。車利用であれば山頂近くの駐車スペースから約5分でピークに着くが、自らの足でたどり着く感動には到底かなわない。
やまきたさくらカフェ
地元作家の作品や雑貨も扱う居心地のよい空間
緑に囲まれた民家を活用したカフェで、「薫る野牧場」のノンホモ牛乳を原料としたソフトクリーム450円は濃厚ながら後味はさっぱり。ランチメニューはカレー、パスタ、魯肉飯(ルーローファン)など4種で、手作りスイーツとドリンクのセットも。テラス席で時間を忘れてのんびりくつろぎたくなる。
八丁やまめ養殖センター
山深い皆瀬川上流で厳選したヤマメを養殖
血統を固定化する継代養殖と選抜育種にこだわり抜いて育てた大型のヤマメは、ほどよい脂ののりとくせのない旨味が評判。6~8月に水揚げした旬のヤマメを刺し身用に加工した八丁やまめ源流のお刺身は、『露木勝兵ヱ商店』など町内の一部店舗で販売。その他の入手方法は「イシタカ|林業とやまめ」Xにて確認を(生産地での販売はなし)。
中川温泉ぶなの湯
信玄の隠し湯と伝わる美肌自慢の湯
県道から急坂を下った河内川沿いにある町立の日帰り温泉。pH値10.1の肌ざわりなめらかな湯が自慢で、内風呂は男性用が広く、露天風呂は女性用がやや広めの造りだ。登山帰りのほか夏は川遊び客の利用も多い。
箒杉
圧倒的な存在感の国指定天然記念物
中川温泉からさらに山側へと分け入った地に立つ巨樹で推定樹齢は2000年。根回り約18m、高さ約45mを誇る大きさもさることながら、この地を見守り続けてきた老杉から放たれる「気」に圧倒される。箒杉を回り込んだ上部に展望台があるが、周囲の樹木に視界を妨げられるため、下側から見上げたほうが巨木ぶりを実感できる。
●神奈川県足柄上郡山北町中川701
川西屋酒造店
日本古来の燗酒文化の魅力を伝える全量純米蔵
「食事の邪魔をしない食中酒ではなく、存在を忘れるくらい融和している究極の食中酒を醸しています」と力強く語る代表の露木雅一さん。燗酒に対するこだわりは徹底しており、扱う銘柄は熟成純米酒「丹沢山・丹澤山」と米ごとに違う味わいを楽しめる「隆(りゅう)」に大別される。
YAMAKITAバル
登山やハイキングの帰りにも
山北駅前にある戦前築のレトロな建物を再生した酒場で、1人でも入りやすい。ドリンク、フードとも品揃えが豊富で、価格もリーズナブルなのは、気さくな店主のサービス精神の表れだろう。電車の発車時刻間際まで飲めるのも魅力だ。
【耳よりTOPIC】森林セラピー体験ツアーを随時実施
町域の9割が丹沢山塊に属する山北町では、森のおもてなしガイドとともに豊かな自然に触れ、五感を通して森林浴を楽しめるツアーを開催。参加者の体力に合わせ、LEVEL1~4のコースが設定されている。
●開催日・概要は町HPにて告知。☎0465-75-0822(山北町健康福祉センター内山北町森林セラピー運営協議会事務局)
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2024年9月号より