板橋って便利で静かだけど、名物がないよね」「向こう(北区)側には近藤勇の墓があるよ」「それくらいでしょ」。
下板橋のとある店で地元っ子夫婦の会話を小耳に挟んだ。が、歩けば街には名物の“芽”がちらほら。『蕎麦居酒屋よかや』では、「この辺そば屋が多くて8軒くらいある。みなさん個性的だからゆくゆくは“板橋そば通り”ができるかも」なんて言う。
クラフトビール醸造所が入るビルにはホテルもでき、アルコールに特化した施設『Itabashi Cask Village』としてパワーアップ。「実は東京でのビール製造の先駆けが下板橋という説もあり、明治時代、火薬製造に必要なアルコールの派生でできたと聞きます。クラフトビールで板橋が盛り上がる日も近いはず」と担当者の言葉には期待しかない!
街の魅力を支える縁の下の力持ちも
やきとん、ハンバーガーの店が目につく板橋はお肉の街という印象が強い。大山には区内はもちろん、遠くは横浜まで得意先を持つ食肉卸の『アダチヤ』も。通りかかると、清潔な作業場で何人もの白衣姿の人たちがきびきびと肉を切り分ける姿がのぞける。お肉の街を支える縁の下の力持ちを見た。
工場が多く、製本業も盛んな板橋。その空気に触れようと中板橋では『手製本工房まるみず組』を訪ねると、「場所を決めたのは住まいが板橋というだけで、製本の街ってことは後から知りまして」と意外な答え。だが、この地で営むことで周辺の製本会社と連携でき、量産と手作業を組み合わせた新たな仕事も手がけられるそうだ。
ときわ台といえば、南に緑豊かな天祖神社、北にハイソな常盤台住宅地があるが、個性が際立つ個人店の存在も見逃せない。ほほえましいオカメサブレが買える『KIBI’SBAKE SHOP』では、“枚”ではなく、1羽、2羽と数えるのを聞くと愛を感じずにはいられない。目指すは、「オカメサブレをみんなが知ってるお菓子にする!」だとか。『TOKIWADAI BASE』は、「人が集う場を作りたい、せっかくなら自分のコレクションも展示しよう!」で始まった店。でも、ミニ四駆レースにプラモデルに本、アルゼンチンタンゴも踊れば将棋も指すし絵手紙教室も……と、できることが縦横無尽すぎ! わが道を行く店主たちの生き生きとしたことよ。これが街の懐の深さか。
永遠の少年たちよ、大いに遊べ!『TOKIWADAI BASE』[ときわ台]
多趣味の渡邉幸典さんが営むのは、プラモデルなどのホビー、1人1箱の棚貸し本屋、レザークラフトという3本柱の店。催しも多く、ダンガンレーサー(写真)やゲキドライブの走行会も月1~2回開催。高速で激しくコースを回る様は迫力あり!
12:00~19:00(土・日は10:00~)、月・木休。☎090-9243-4754
週2日はお店で会える愛しき菓子たち『KIBIʼS BAKE SHOP』[ときわ台]
2023年3月に開店した焼き菓子店はオカメインコをモチーフにしたオカメサブレ400円~が看板。「クルミをローストしてから生地に練り込むのがこだわり。ほっぺ(木いちご)を付けるのも手作業です」と二見さわや歌さん。パウンドケーキは各400円。
13:00~17:00、土・日のみ営業。☎080-6522-4297
心ときめくキュートな雑貨に囲まれて『little flower』[ときわ台]
ヨーロッパ雑貨に日本の作家による手作り品、レトロな昭和家電そっくりなチョコレート缶など、キュートな品々でいっぱいの雑貨店。区立美術館で出会った3人が描き続けて17年の季刊フリー漫画『イモマンガ』も単行本で販売。ゆるくて癒やされる~。
12:00~18:00、火・水・第3日休。☎03-6905-8449
個性派そばのデザートはいもがよか!『蕎麦居酒屋 よかや』[下板橋]
そばは長野産蕎麦の自家製麺。博多肉ごぼ天そば1000円はじめ、店主の出身・博多の色を出した品もちらほら。軒先ではいもマニアな奥さんがつぼ焼きいも490円~も販売。通年あり、夏は“冷やし”も味わえる。
12:00~13:30LO(イモは11:00~16:00)・夜は予約営業、土・日・祝休。☎03-6339-1188
ワイン屋と飲食店をつなぐ楽しい試み!『Anche Vino!/cafe arica(アンケ ヴィーノ / カフェ アリカ)』[ときわ台]
好きなワインを飲食店に持ち込める「BYO」がときわ台のワイン販売店『AncheVino!』と周辺の店で楽しめる。『cafe arica』ではボローニャ風サンドイッチのピアディーナ900円とスリランカカレー900円に、イタリアのロゼ「ムタビリス」2970円(+持ち込み料500円)を。中板橋『ペルケノ』、上板橋『鉄板酒処 はな家』でも可。持ち込みワインはぜひ店主にも振る舞って。
『Anche Vino!』:12:00~20:00、日・祝休(不定休あり)。☎03-6326-5051/『cafe arica』:13:00~20:00LO、水休。☎03-5948-3885
上質な肉を卸値価格でお得に入手『アダチヤ』[大山]
国産、輸入の多様な肉を区内外へ届ける創業40年の食肉卸会社。窓越しの作業場では職人たちがほれぼれする手さばきで注文ごとの加工を行う。サイズ指定には定規も使う!小売り可で、牛スジ500g594円など。
販売10:00~17:00(土は~12:00)、水・日・祝休。☎03-3961-8000(事前連絡がベター)
作業机で黙々と手がけるのは……?『HOBBY STOREフジヤ』[ときわ台]
浅草から昭和10年(1935)に移転した老舗おもちゃ店は、藤田宏さんによる模型が見事。「ある時、作った模型にシルバニアファミリーの人形を置いたら子供も興味を持ってくれて」と、シルバニアにもすっかり夢中。ときわ台駅にも展示し、隔月で飾り替える。
11:00~20:00(日・祝~19:00)、火休。
旅立つ日まで大切に育てられます『アクアトレジャー』[大山]
壁の大きなアロワナやクマノミの絵が目を引く、一戸建ての熱帯魚店。店主におすすめの魚を聞くと、クマノミの赤ちゃんを見せてくれた。「これで生後3カ月くらい。もう少し大きくなるまでは非売品です」。クマノミは野生で10年生きるとか。
12:00~20:00、月休(7~12月は水休)。☎03-6908-0521
まるで手製本のワンダーランド『手製本工房まるみず組』[ときわ台]
ヨーロッパの伝統工芸製本技術を学んだ井上夏生(なお)さんが営む工房。依頼は製本会社や印刷所、ギャラリーなどからの1点物が多い。製本が学べる教室、針山330円や煤竹ヘラなどの製本道具や紙モノ雑貨の販売、生徒さんの作品展なども楽しめる。
11:00~20:00、火・水休。☎03-5995-0052
ビール造りも宿泊もできる醸造複合施設オープン!『Itabashi Cask Village』[下板橋]
クラフトビール醸造所『TOKYO ALEWORKS』ではビール醸造が体験でき(予約制で330㎖×約48本分5万7600円~)、タップルームでは4種類飲み比べセット1600円など常時20のオリジナルビールが味わえる。2023年オープンした上階のホテルでは生罇クラフトビールも飲める(オプション)。他にワインレストラン、試飲できるウィスキー専門店も。
地域の鎮守社が開いた“まちの家”『天祖神社/杜のまちや』[ときわ台]
鎌倉時代創建と伝えられる鎮守社。緑深い境内には“神猫”と噂されるとら子さん(4歳の猫)の姿も! 2018年にはパブリックスペース「杜のまちや」もオープン。木材を多用した心地良い空間で文化活動やカフェ、展示などが催される。
☎03-3956-6168(社務所受付9:00~16:00)
どんな具材もおにぎりになっちゃう!『おにぎり鈴丸』[中板橋]
大きく厚いおにぎりが毎日15種類ほど並ぶ販売店。ハンバーグ250円、チーちく(チーズ入りのちくわの天ぷら)のおにぎり240円など、月替わりでユニークな品も登場する。「おにぎりは無限。何でもおにぎりにします!」と店主の渡部亜紀さん。
7:00~売り切れ閉店、日休。☎03-6905-5330
店名が表すとおりのふわっふわ感!『綿帽子』[下板橋]
2022年、十条から移転した米粉100%のシフォンケーキの店。一口食べれば、ふわふわしっとり!「米粉は膨らみにくいのでメレンゲの量と固さが重要です」とご主人。味は日替わりでプレーン200円ほか常時約8種類。手作り雑貨も並ぶ。
11:00~21:00(売り切れ次第閉店)、月・火休。☎03-5948-9157
【Column】ときわ台と相撲のいい関係
2023年4月某日、創業60年の『キッチンときわ』に常盤山親方が訪れた。豚レバーをひと口、「やっぱり最高!」とにんまり。コロナ禍で場所中1カ月は外出禁止だとか。
「だから今のうちに食べ歩かないとね」
常盤山部屋が台東区から移ったのは2021年。物件探しの範囲を両国周辺から少し広げた途端に出合ったのがときわ台だった。「よく聞かれるけど、別に狙ったわけじゃないですよ(笑)。縁です」。
板橋区唯一の相撲部屋は今や街にすっかり愛され、2023年の一月場所、大関・貴景勝の優勝報告会では駅前広場に2000人以上が集まり祝福したという。
「街の人はアットホームで、よく声をかけてくれるんです。『キッチンときわ』さんは駅前を初めて歩いた時に入った店なんですが、ママが気さくで、いろんな方を紹介してくれて。おいしいし、懐かしい雰囲気もよくてね。そうだ、ママのお名前も常盤さんなんです。これも縁ですよね」
さらに親方、お気に入りがまだおあり。「おいしい店が多いんですよ。うちの子たちもよく食べに出ます。部屋の近くならそばにイタリアン、寿司に中華!」。
今後も、ときわ台グルメでスタミナを付けた力士たちがきっと活躍していくはずだ。
『キッチンときわ』店舗詳細
取材・文=下里康子 撮影=山出高士
『散歩の達人』2023年6月号より