人気のうどん店が突如“ラーメン店”へ?
新中野駅から5分ほど歩くと、「粉から手打麺」と大胆に書かれた看板が目に飛び込んでくる。実はここ、約10年にわたり営業していた武蔵野うどんの人気店「こめんこ屋」が、2020年にリニューアルして変貌を遂げたラーメン店だ。
うどん店からラーメン店にリニューアルしたきっかけは、店主の地元で75年続いた中華そばの店の存在。この店のファンだった店主が、店が閉店される際に「この味が継承されないのはもったいない」とレシピの継承を頼み込んだ。その結果、鶏の仕込みやさばき方など、鶏のプロである同店の先代から受け継がれる長年のノウハウをすべて継承することに。
うどんとラーメンの違いに試行錯誤しながらも「このスープはうちの手打ち麺に絶対に合う」という確信のもと、75年のレガシーとうどん店のノウハウが詰まった手打ち麺が一つになった、集大成としての“手打ちラーメン”が誕生した。
ガラリと業態が変わったことで、これまで店に通っていた人の反応を尋ねてみると「ありがたいことに、ラーメン店に変わっても“この麺は他では食べられないから”とそのまま通い続けてくれるお客様がたくさんいるんです」とのこと。
毎日通うほど熱烈なファンがいることからも、業態に関わらずこの店が愛されていることが伝わってくる。
長年のノウハウが詰まった手打ちの技術
普段は営業中に麺を打たないが、今回は営業時間外にお邪魔したため麺を打つところを見せてもらった。
最初は熟成させた生地を麺棒で丁寧に伸ばし、そのあとに専用の麺棒で“打ち込み”という作業を行う。生地に少しずつ力を加えて細かなウェーブを作ることで小麦粉のグルテンを一度破壊させ、破壊されたグルテンがもう一度結びつこうとする際にコシのある麺に仕上がる。実際、打ち込みを行うと行わないでは麺のコシやハリに歴然の差が出るそうだ。
長年の修業が必要な打ち込みの技術は、まさにうどん店のノウハウが詰まった賜物といえる。
また、水分量が多く柔らかい同店の麺は1本1本手切りで仕上げている。包丁を真っ直ぐに入れたあと斜めにおくる作業を高速で行っているそうだが、目では追えないスピードだった。均一の太さの麺があっという間に出来上がる様は圧巻。機械を使った麺と手切りの麺とでは、食感にも違いが出るという。
最後は、手もみでスープに絡むちぢれ麺にする。簡単そうに見える手もみの作業も、経験によって麺の潰れ方に差が出るとのこと。
全身の力と体力が必要な作業の連続に、思わず「毎日大変ではないですか?」と古畑さんに尋ねると「もう習慣になってしまったので大変には感じないですね」と笑う。うどん店から黙々と麺を打ち続ける職人のすごさを感じた。
同店は麺を茹でる工程も一般的なラーメン店とはひと味ちがう。うどん店から使っている大きな窯にたっぷりのお湯をぐつぐつと湧かせ、泳がせるように茹でるそうだ。
麺を茹でたあとは一度冷水で締めることにより、余分な打ち粉などが落ちて麺がサラサラに。ここでようやく手間暇かけた手打ち麺が完成する。
手打ち麺とスープが絡む無化調の特製中華そば
今回注文したのは、人気の特製中華そば。自家製麺とオリジナルのスープに、2種類の豚チャーシュー(肩ロースのレアチャーシューともも肉のチャーシュー)と鶏のチャーシュー、半熟の味玉、レトロ感のある鶏つくねなど、他ではあまりない組み合わせの具材がのせられている。麺を多い尽くすほど具沢山なのもうれしい。
作ってもらったばかりの手打ち麺を食べてみると、絶妙なモチモチ感が心地良い。それでいてとても歯切れが良くて食べやすく、うどんとラーメンの良いところをミックスしたような麺に「これがうどん店の技術が詰まった麺かぁ」と思わず感心してしまう。小麦の香りも引き立っていて、食べ進めるうちに「最後の1本まで逃すものか」という気持ちになる。
チャーシューはそれぞれ味わいと食感が違うので飽きがこず、素朴で昔ながらの鶏つくねにほっこり。具材すべてが個性的なので、一つひとつを楽しんで味わえる。
オリジナルのスープは伝統を受け継いだ地鶏ガラのスープをベースに、上質な素材にこだわった鰹節など“節系”のスープをあわせて昇華させたダブルスープ。複数の食材の旨みが凝縮していながらも、化学調味料を一切使っていないため後味はすっきり。重たさが口に残らない優しい味わいのスープは、最後の一滴まで飲む干す人も多いのだとか。そして麺とスープ、すべてが手作業で作られた手間暇に思いを馳せるといっそう美味しく感じてくる。
うどん店からラーメン店へと大きく業態が変わっても、お客が離れずに通い続けるのも納得だ。本格派の手打ち麺は、一度食べたら心打たれるに違いない。
取材・文・撮影=稲垣恵美