北海道大学カレー部活動でハマった札幌スパイスカレー
店主の馬屋原亨史さんがカレーに目覚めたのは、北海道大学に入学して寮生活をしていた頃。「食堂がない寮で、週に1、2回、当番制で夕飯を作ってたんですね。寮にスパイスを揃えていた人がいて、その影響でカレーを作るようになったんです。ちょうどスープカレーブームで、いろいろな店に連れていってもらうようになって、どんどんカレーにハマっていきましたね」と馬屋原さん。
北大カレー部の3代目部長を任されてからは食べ歩きにスパイスカレー作りにと、カレーづくしの大学時代。しかし、大学卒業後、カレーとは無縁の職に就く。「カレーは仕事として考えてなかったですね。とりあえずお金がなかったので、働かなきゃなって」という馬屋原さんに、カレーの神はついてきた。
「仕事で配属された大阪で、北大時代の後輩から『両親がスープカレー屋を開くから、ウマさんアドバイスしてください』と連絡が入ったんです」。初めての開業に不安そうなご両親を励ましながら通ううちに、店は大繁盛していった。
「おじさん、おばさんが楽しそうにお仕事されていて、やっぱりカレー屋っていいなと思ったんです」。その後、馬屋原さんはカレーの試作を始め、しばらくして会社も退職した。
もともと旅行好きの馬屋原さん。退職後、アフリカとインドへ一人旅に出る。「カレー屋を開くつもりだったので、安くて雰囲気のあるものを買い集めてきました。壁の煤汚れたタペストリーはジンバブエで買ったもので、値段は50万ジンバブエドル。100円くらいです」。
2007年9月4日、旅にかかる枕詞“草枕”を冠して『curry草枕』を開業。わずか10席の店は年を重ねるごとに行列の人気店となり、2013年には1ブロック先の現在の店に移転した。
店主自ら「スパイシー玉ねぎカレー」と称する、その味は?
目指した味は、馬屋原さんが札幌でよく通った店『mirch(ミルチ)』。玉ねぎをいっぱい使ったスパイスカレーの名店だ。そこに、馬屋原さんのこれまでのカレー遍歴が加わる。
ちょうど仕込みの時間で、スタッフが延々とすりおろし続けるのは大量の玉ねぎ! 毎日20~30kgの玉ねぎをすりおろすのだそう。それに合わせるこだわりのスパイスはこちら。
香り重視でブレンドしたスパイスと辛味スパイス。辛さも調整可能で、1番2番が普通の辛さ。店主オススメは7番。「20番ぐらいまでは、バランスが崩れないように設定しています。それ以上は僕の舌が追いつかないんで、わからない(笑)」。まずは普通の2番でお願いしてみた。
すりおろし玉ねぎ、トマト、塩、油を煮込んだベースとスパイスを小鍋で注文毎に加熱。スパイスの香りが立つように、一杯一杯丁寧に仕上げている。素揚げ野菜もきれいに盛り付けられ、食欲をそそる。
「辛味で出せる旨味がある」。辛さを選べるオールドスタイル
よく見るとカレー表面がザラっとした質感。「1皿にだいたいMサイズの玉ねぎ1個分入ってます」と聞いて、スプーンでひとすくい。とろりとしたカレーがご飯を包み、口に入れた瞬間の一体感が心地よい。これ、小麦粉を使わず、じっくり熱したすりおろし玉ねぎのとろみというからびっくり!
お米は、北海道・西川農園の“大地の星”。「北大時代の寮の先輩が減農薬栽培で作っているお米です。うちのカレーに合う、粒が大きめでしっかりした食感なんです」。
こだわりのスパイスは爽やかな風味が印象的。「日々の生活やら旅行やら、いろんなものから刺激をもらって、スパイスの配合も少しずつ変えてます。2018年にロシアを旅行したときにハーブの使い方に触発されて、それからスパイスのミックスを爽やか系に変えました」と馬屋原さん。
辛さが選べることにもこだわる。「辛味で出せる旨味ってのがあると信じてるんで」。
『curry草枕』は、幡ヶ谷の『ウミネコカレー』や渋谷の『ハブモアカレー』など、新たな人気店も輩出している。「うちから独立していく方は多いけど、僕は味付けを教えたりはしない。その人の手から出る味、自分の味を作り出して勝負してくれと。だって、同じようなカレー屋がいっぱいあっても面白くないじゃないですか」。
馬屋原さんは今でも一人のカレー好きとして食べ歩き、学生時代に通った店にルーツを確認しに行ったりもするそう。「少しずついい店になりたい。もうちょっとお客さんを待たせずに、もうちょっとおいしく、もうちょっと働いてくれている人の時給が高くて、そういう店になればいいなと思ってます」とまだまだ先を目指す。
ちょっと先の『curry草枕』を想像しながら、食べ終わったあと何とも言えない幸せな気持ちに。馬屋原さんの人柄から出る味のせいに違いない。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代