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結婚を意識するようになったのは、交際開始から5年経った頃。きっかけは、周りからやたらと「なんで結婚しないの?」と言われるようになったことだ。

私としては「なんでと言われましても、別に結婚したいと思ってないし。かといって結婚したくないってわけでもないんだけどねぇ」と思っていたが、それを言うと、「じゃあこの先も結婚しないってこと!?」などと言われてますます面倒くさい。婚姻届けに提出期限があるわけでもないのに、どうしてみんな結論を急ぐのだろう。私は漠然と「今じゃないな」と思っているだけなのに。彼も似たようなスタンスで、どうやら私たちは世間一般よりものんびりしているらしい。

当時、私たちは遠距離恋愛中だった。私は札幌、彼は足利に住んでいて、会うのは半年に一度。近距離(?)で何年か付き合ったのち、訳あって遠距離になったのだが、付き合いが長いせいか淋しいとは感じなかった。

そんな私が結婚を決めたのは、直感的に「あ、今だな」と感じるタイミングが訪れたからだ。それは3回あって、登山に向かうバスの車中と、彼にプレゼントされた合皮のバッグが破れた瞬間、そしてドラマ『最高の離婚』を観ている最中。いずれも理由はわからないが、急に「そうだ、入籍しよ」と思った。ピーンとひらめいた感じだ。

結婚を決めた理由はほかにもある。現状に飽きてきて、「そろそろ人生に変化がほしい」と思ったことだ。結婚すればなにかしらの変化はあるだろう。私がそう言うと彼も賛同し、あれよあれよと籍を入れる方向で話が進んだ。

入籍日は私の提案で3月20日に決めた。理由があってこの日にしたのだが、思いついた瞬間から「あ、絶対にこの日だ」と確信した。自分で決めたことなのになぜか、あらかじめ決まっていたような感覚があった。

それを幼なじみに話すと、「3月20日はジョンとヨーコの結婚記念日だよ」と言われた。なんと! 縁起がいいのか悪いのか。ジョン・レノンの最期を思うと複雑な気持ちだった。

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入籍に先だって、私は足利の彼の家に行った。

式は挙げないが、両家の顔合わせや結婚写真、その後のことなど、決めるべきこと、準備すべきことはたんまりある。さらに私たちは半年間の長旅に出る予定があり、結婚準備と並行して旅の準備をする必要もあった(万が一のとき身元確認や保険の受取がスムーズになることも、籍を入れた理由のひとつ)。治安の悪い地域にも行くので、下調べは入念にしたい。

私は専業主婦のような生活をしながら、結婚と旅の準備をおこなった。朝は朝食とお弁当を作り、彼を送り出してから掃除と洗濯、お昼は『ヒルナンデス』を見ながら調べものや用事、スーパーへ買い出しに行き、夕方は『相棒』の再放送を見てから夕飯を作る。これが平日のルーティーンだ。

土日は彼の仕事がお休みのため、ふたりであちこち探索した。森高千里の歌に出てくる渡良瀬橋を渡ったり(想像していたよりずっと大きな橋だ)、バイクで群馬のイオンモールに行ったり。やや遠い業務スーパーへの近道を探し、ザックを背負って小高い山を越えたこともあった。

足利はとにかく遊ぶ場所がない。かといってアウトドアライフを満喫できるような大自然に囲まれているわけでもなく、日本に無数にある「よくある田舎」のひとつだ。そんなこの街が、私はけっこう好きだった。どこに行っても、劇的に面白いわけじゃないけれどほんのり楽しい。

また、足利は人の印象もよかった。たまたまかもしれないが、大家さんやお店の人など、私が出会う人はみんなおっとりしていて優しい。それと、「意外と訛っていないんだな」と思ったことを覚えている。栃木といえばU字工事のイメージだったが、あんなふうに訛っている人には出会わなかった。

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そして迎えた3月20日。春分の日で、彼の仕事はお休みだ。私たちはアピタという商業施設の中にある「足利市行政サービスセンター」に赴いた。

婚姻届を提出すると、職員さんたちが笑顔で「おめでとうございます」と言ってくれた。受理してくれた人だけではなく、奥にいた人たちもわざわざカウンターに出てきてお祝いの言葉をくれた。

夫婦となった私たちは、その足で織姫神社へ向かった。アピタから織姫神社はけっこう遠い。よく晴れた暖かい日で、ジャケットを着ていた私は少し汗ばむほどだった。渡良瀬川に日が当たり、水面がきらきらしている。

途中のスーパーで缶チューハイと焼き鳥を買い、神社のベンチに座ってお花見をした。すぐそばに桜の木があり、花びらが頭や肩に落ちる。花粉症の私は鼻をぐしゅぐしゅにしながら焼き鳥を味わった。

Twitterとfacebookで結婚報告をすると、祝日でお休みの人が多かったからか、すぐに祝福のコメントがたくさん来て驚く。

そうか、私たちの結婚っておめでたいことなんだ……。

近いうちに、私たちはアパートを引き払って長旅に出る。言ってしまえば、夫婦そろって住所不定無職になるのだ。本人でさえ「こんなんで大丈夫かなぁ」と不安な結婚なのに、こんなに祝ってもらえるとは。

嬉しさとありがたさで、ふわふわした温かい心持ちになり、同時に身が引き締まる思いでもあった。

アパートに帰ると、花粉で頭がぼーっとしていた。しばらくこたつで眠ったあと、買っておいたお肉で焼肉をする。また乾杯をして、お酒を飲んだ。夫とどんな話をしたかは覚えていない。

「あっ!」

楽しみにしていた『相棒』のスペシャルを忘れていたことに気づく。慌ててテレビをつけると、すでに右京さんが謎を解き終えたあとだった。

その晩のことはよく覚えていないが、『相棒』を見忘れるくらいには楽しかったのだろう。

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その後、私たちは予定通りアパートを引き払って足利を去った。半年間の旅は無事に終了し、帰国後は町田に部屋を借りて今に至る。

もうすぐ9回目の結婚記念日を迎えるが、いまだに「新婚さん?」と言われることがある。事情があって昨年から遠距離夫婦なのだが、淋しい日はあれど困ってはいない。

「結婚生活は幸せ?」

そう聞かれたなら、私は「日による」と答えるだろう。けれど、「幸せじゃない」と即答しない程度には悪くないと思っている。

足利にいたときも今も、劇的に面白いわけじゃないけれどほんのり楽しい。

文=吉玉サキ(@saki_yoshidama