マンガ家たちが夢を追った場所、だから未来に残したかった
トキワ荘は日本で一番有名なアパートかもしれない。手塚治虫、藤子不二雄Ⓐと藤子・F・不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎たち時代を担ったマンガ家たちが過ごした聖地だ。1982年に取り壊されてしまったが、2020年にミュージアムという形で見事その勇姿が蘇った。たくさんのファンが訪れ、昭和のマンガに想いを馳せている。だが、30年以上のときを経て、どうして令和の時代に「トキワ荘」の名がつく施設が生まれたのだろうか?
「契機となったのは平成11年(1999)ごろでした。地域のなかでトキワ荘記念館をつくってほしいという陳状が出されたんです」と話すのは豊島区文化商工部文化観光課の野上正人さんだ。平成11年というともう四半世紀近く昔の話。かなり前からトキワ荘を復活させたいという地域住民の想いがあったことがわかる。このときすぐには記念館をつくるという動きは起こらなかったが、ついに大きな一歩を踏み出すことになる。記念碑「トキワ荘のヒーローたち」ができたのだ。
野上さんはこのモニュメントができた経緯をこのように話す。
「トキワ荘は若いマンガ家さんが夢を叶えた場所。仲間や友だちと一緒にマンガ家という夢を追った場所なんです。そんな建物が自分たちの街にあったということは住人の方にとって誇りだったわけですね。その誇りを継承していきたいという想いから、まずモニュメントが建てられました」
この街にトキワ荘という文化遺産があったことを後世に伝えていきたい。そんな想いからつくられたこの記念碑は大きなインパクトとなり、「マンガの聖地」に向けて街が動き出していく。
「平成25年(2013)には『トキワ荘通りお休み処』ができ、情報発信の拠点となりました。そうやって、少しずつですがミュージアムをつくりたいという想いがふくらんでいったんですね。実際ミュージアムを作るとなると本格的な調査が必要ということで、しっかり時間もかけて2020年にとうとう開館となったわけです」と野上さん。
並行して駅などにマンガやマンガ家たちにちなんだモニュメントも作られていく。ミュージアムがある南長崎近辺は徐々にではあるが着実にマンガの聖地になっていったのだ。有名マンガ家たちが育った街の記憶を残したい……『トキワ荘マンガミュージアム』はそんな地域住民の想いが詰まった、一大プロジェクトだったのだ。
まさに『まんが道』の世界、昭和のアパートを見事に再現!
※「藤子不二雄Ⓐのまんが道展」は2023年3月26日までで終了しました。
では、『トキワ荘マンガミュージアム』はどんな場所なのだろうか。見どころがたくさんある施設だがここでは、ダイジェストで紹介する。2階は常設展となっており、若きマンガ家たちが過ごした『まんが道』のような風景をそのまま体感することができる。
マンガ好きなら誰もが感動するのが、この14号室。昭和28年(1953)、トキワ荘ができたばかりの頃にまず手塚治虫が住み、その後、藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄の2人が引き継いだ。その際に駆け出しでまだお金がなかった2人のために、手塚が敷金を置いていってくれたという逸話も残っている。実際に見てみるとその狭さに驚く。若き日のマンガ家たちが四畳半の部屋で、この空間で作品作りに情熱を燃やしていたかと思うとグッとくる!
マンガ家たちが使ったあの炊事場を目にすると、思わず拍手したくなるはず。壁面全体がトタン張の流しとなっていて、the昭和という雰囲気だ。置いてある小物たちも昭和を思わせるものばかり、思わずさまざまなアングルから撮影したくなる。
マンガ家の再現部屋もあるのでぜひゆっくり眺めてほしい。ご本人からのヒアリングにより、当時の部屋をそのまま今に蘇らせた。ほかにも2階エリアは写真を撮ってもOKのスポットもたくさんあるので、スマホでパシャパシャ撮影して思い出を刻みたい。
1階の企画展エリアも見応え十分!
1階エリアには特別展を開くスペースがある。これまでも手塚治虫にちなんだものや、トキワ荘のアニキとして慕われたテラさんこと、寺田ヒロオの特別展が開催され話題となった。現在(2023年1月)は「藤子不二雄Ⓐのまんが道展」を開催中だ(2023年3月26日まで)。
当時の写真や『まんが道』の名シーンのパネルがたくさん並ぶ。ぜひ現地で体感してほしい。
トキワ荘周辺散歩も楽しみたい!
最後に野上さんはこのように話してくれた。「『トキワ荘マンガミュージアム』のほかにも『トキワ荘通り昭和レトロ館』、『トキワ荘マンガステーション』といった施設もありますし、マンガのモニュメントもあります。ミュージアム界隈を巡るというのも楽しいですよ」
ということで、近隣の施設も簡単に紹介。トキワ荘から徒歩圏なので、散歩がてら出かけてみよう。
2022年11月にオープンした『トキワ荘通り昭和レトロ館(豊島区立昭和歴史文化記念館)』。昭和にタイムスリップできる文化施設。戦後マーケットの形を今に残す味楽百貨店の建物を使っており外観も素敵!
『トキワ荘マンガステーション』。トキワ荘関連の書籍約6000冊を自由に読むことができる。マンガ好きにはたまらない場所だ。
トキワ荘に住むマンガ家たちが訪れていた伝説の町中華、『松葉』は今も健在。
ミュージアムができる前に町中華探検隊で取材をしているので、こちらの記事も合わせて読んでほしい。
トキワ荘が棟上げしたのは昭和27年(1952)。その翌年に手塚治虫が入居し、その次の年には藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄が住み始めた。昭和20年代から30年代にマンガ家の若者が青春を謳歌しマンガへの情熱を燃やした街は、長い年月を経て今、マンガの聖地となった。ミュージアムを訪れたらぜひ、マンガ家たちが吸ったであろうこの街の空気も一緒に味わってほしい。
文・撮影=半澤則吉
※石ノ森章太郎の「ノ」は正式には55%縮小で表記。