江戸前海苔から千葉県産の落花生へ『与三郎の豆』
創業以来、千葉市中央区の現在地に本店を構える千葉県産落花生と豆菓子の『与三郎の豆』。京成千葉中央駅から千葉市美術館へ向かう美術館通りを500mほど歩いたところにある。千葉都市モノレール葭川(よしかわ)公園駅からは徒歩4分、JR千葉駅からは12分程度とアクセス至便だ。
二代目現社長の福井晶一さんの伯父が、昭和24年(1949)に「総三郎海苔店」を創業したが、江戸前海苔の減産を危惧し、創業の翌年には千葉県産の落花生の取り扱いもスタート。
海苔店の屋号は福井社長の祖父の名に由来するが、落花生店の屋号は、歌舞伎が好きだった先代が、千葉・木更津を舞台とした情話『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』で、赤間源左衛門の妾お富と密通した罰で全身を切られた与三郎から取った。
千葉県産落花生と豆菓子は、契約農家での栽培から加工、販売まで一貫して自社で管理する。殻つきの煎り落花生も豆菓子もすべて市原市潤井戸の工場で職人さんが作っているそうだ。
3品種の千葉県産落花生を食べ比べ
『与三郎の豆』へ来たら殻つきの煎り落花生は外せない。煎っただけだろうと侮るなかれ。ここに並ぶ落花生は品質は安定しているし煎り加減は絶妙。おいしい千葉県産の殻つき落花生はいつでもどこでも手に入るわけではないのだ。
現在同店に並ぶ煎り落花生は「Qなっつ」と「千葉半立(ちばはんだち)」、「ナカテユタカ」の3品種。せっかくの機会なのですべて購入し、食べ比べをしてみた。
平成30年(2018)にデビューした千葉県の新品種「Qなっつ」は、「これまでのピーナッツを超える味」という意味を込めてアルファベットの並びでピーナッツのPに続くQを付けたそうだ。さやの黒斑が目立たず渋皮が薄め。甘みが強く後味はあっさりしている。
「千葉半立」は落花生ファンの間ではよく知られた千葉県を代表する品種だ。小ぶりで味わいは濃厚。香りはほか2種類よりだいぶ力強い。
「ナカテユタカ」は実は大きめで香りは淡く、甘みはあっさりしている。
私はこれぞ落花生という風味がしっかり感じられる「千葉半立」が一番好みだが、「Qなっつ」と「ナカテユタカ」はマイルドな味わいで万人受けしそうだ。ちなみに芳しく栄養素も含む渋皮(薄皮)は除かず食べるのがおすすめだ。
レトルトゆで落花生と豆菓子
品種の違いを楽しんだ後は製法による違いも楽しもう。香ばしい煎り落花生に対して、ゆでた落花生はしっとりホクホクとした食感で別の食べもののようだ。収穫期に産地でしか食べられない貴重な味だと思っていたけれど、福井社長が「レトルトゆで落花生も作っています。」と教えてくれた。
実が柔らかくゆで落花生向きという品種「郷の香(さとのか)」を、収穫後すぐに茹でて真空パックしたもので、未開封なら常温で数カ月日持ちがする。開封後は生ものと同じなので、その日のうちに食べきろう。
殻つき落花生を堪能したら次は豆菓子だ。福井社長のおおすすめは、いろいろな味が楽しめる「千味豆(せんみまめ)」。落花生に砂糖蜜で溶いた小麦粉を薄くコーティングして、餅を白焼きして粉にした寒梅粉をまぶしてじっくり煎ったら味をつけ、天然色素で色づけして仕上げる。カレーやいか、唐辛子味などの豆菓子に加えて昆布や小魚まで入る。これを食べたらビールを飲まずにはいられまい。
『与三郎の豆』では、好きなものを好きな量だけ買える量り売りが人気だが、コロナウイルスの蔓延により一時的に休止中。現在は計量し封をしたものが販売されている。
崩れた落花生は利用範囲の広い落花生ペーストに加工する。
落花生をさやから出すとき、どうしても一部割れたり崩れたりする。「そういったものは、すりつぶしてペーストにしています」と福井社長。砂糖も塩も入らない100%千葉県産落花生のペーストは、料理にもお菓子にも使える。レシピが同梱されていてプレゼントにも喜ばれそうだ。
『与三郎の豆』本店がある千葉市中央区中央は、不思議な印象の街だ。昭和2年(1927)に建てられたネオ・ルネサンス様式の旧川崎銀行千葉支店の建物を利用した千葉市美術館がある一方で、ビルの合間を千葉都市モノレールが走行する。過去と未来の建造物が混在し、独特の趣がある。
そんな街で長年店を営んできた同店は街でのつながりも多く、同じ中央区の和菓子店へ落花生菓子用の落花生を卸すほか、同区の昭和5年(1930)創業の蕎麦店『阿づ満庵』本店・支店へ、落花生が商いのメインになった今も、そば海苔を卸しているそうだ。
落花生や豆菓子をたっぷり抱えてJR千葉駅に着いたとき、落花生ペーストを買い忘れたことに気がついた。戻ろうとしたところで、駅隣接のそごう千葉店にテナントがあったことを思い出す。そごう千葉店の開業以来55年にわたり入店しているそうで常連さんも多いそう。落花生と豆菓子は『与三郎の豆』と決めているのは私の実家だけではないのだろう。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)