ゆっくりとした時間が流れる特別感あふれる場所
東武百貨店船橋店5階の5番地、宝飾サロンや時計サロン、和装小物などの高級品を扱うテナントが並ぶフロアの奥にある『茶房つむぎ』。ブラウンを基調にした落ち着いた上品な雰囲気の店内は、甘味を食べながら休憩されているご婦人や殿方で半分ぐらいの席が埋まっていた。窓際の席からは、JR船橋駅北口のロータリーが見下ろせる。
昭和に子供時代を過ごした筆者は、百貨店に買い物に行くときは母にワンピースに着替えさせられた。そして買い物の途中に立ち寄る百貨店のフロアにある喫茶や甘味処が楽しみで、そんな記憶からか今でも特別なところといった思いが抜けないのだ。
いざ、賞味期限10分の葛きりを実食!
そんな百貨店の中にある甘味処『茶房つむぎ』には、蜜で食べるオーソドックスな「葛きり」、白玉入り「葛きり白玉」、粒あんと白玉の「葛きりぜんざい」。
葛きりぜんざいにきな粉がセットになった「葛きりつむぎ」、ふなばしセレクション認証品、“『ル カフェ ドゥ ボム』の船橋産梨のコンフィチュール・梨っ子”とコラボした「梨っ子葛きり」5種類の葛きりがある。
しばらく迷って、店名を冠した「葛きりつむぎ」を注文。蜜は黒みつと抹茶のどちらか選べるので、この日は王道の黒みつをチョイスした。
南九州産の本葛100%のくず粉を使い注文を受けてから一から丁寧に作る。そのため、できあがりまでに10分ほどの時間がかかる。10分で生まれて、10分で食べきる葛きりのはかない生涯を想っているうちに、お待ちかねの葛きりがテーブルに登場。
キラキラ輝く葛きりのうえに、たっぷりの粒あんと白玉が3個のっている。すでにカウントダウンの始まっている葛きりをまえに、まずは大粒の大納言を使ったぜんざいを一口。ちょうどよい炊き具合と甘さだ。一口のつもりが、二口、三口……。
おっといけない、ぜんざいを食べている場合ではない。本題を忘れちゃいけない。賞味期限10分だ。黒みつで葛きりのみをいただく。ぷるぷる、もちもちで歯ごたえシコシコ。葛きりにコシがある!
『茶房つむぎ』の葛きりが賞味期限10分の理由とは?
黒みつに加えて、ぜんざいもからめながら食べ進む。あっさりした葛きりに、黒みつの甘さが加わったぜんざいとのマリアージュもたまらない。途中、きな粉を投入し、香ばしい味変も楽しんだ。果たして賞味期限の10分をほぼ使い切って完食。ここで、賞味期限がなぜ10分なのかを3代目店主の橋本有記さんにやっと聞いた。
「葛切りは性質的に、おうどんとか、お蕎麦みたいに時間が経つと伸びてきてしまって弾力がなくなってしまうんです」とのこと。
しかも、本葛100%のくず粉を使って作られた葛きりは時間がたつほどに固くなり、透明さが失われ白っぽくなってボソボソな食感になってしまうのだとか。本物の葛きりを美味しく味わうには、作ってから10分までがベストなのだ。
祖母・母から受け継いだ若き3代目が守る伝統と新しい試み
中学生の頃からお店を手伝い始め、大学生のときには授業を集中させて週3日はお店に出ていたという橋本さん。結婚、出産のブランクを経て、今は店主を務める。
高級志向の人だという初代(現・会長)や、母(現・社長)から受け継いだ良いものをお客様に提供するという伝統を守りながら、若い人にも葛きりや甘味の美味しさを知ってほしいと新しいことにもいろいろチャレンジ中だ。
「これからは物販もやっていきたいと思ってるんです。若い人にも興味を持ってもらえるようなインスタ映えするかわいい容器やカラフルな寒天とか。昨日思いついたんですけど(笑)」と、お話を伺うそばからアイデアがどんどん出てきてワクワクする。
また、外出が難しいご高齢の常連さんにも、テイクアウトして自宅で楽しんでもらえたらとも。『茶房つむぎ』は、祖母と母が築いてきた伝統を守りつつ、しなやかな感性で特別な場所をもっと特別にしてくれる予感のする3代目がいる甘味処だ。
取材・文・撮影=京澤洋子(アート・サプライ)