街道の往来と水運で栄えた
松戸駅の中央改札を出て西口から少し歩くと、歴史薫る旧水戸街道が現れる。街道からさらに江戸川寄りの平潟神社へ参拝すると、鳥居に「水神宮」の文字が。
「松戸宿は、江戸川の水運による物資の中継地として栄えました。松戸神社境内にも水神社が祀られていますし、この辺りは水難、水害除けの神社・祠が点在してるんですよ」と街道入り口で創業約300年の提灯店を営む、『八嶋商店』10代目の八嶋正典さん。八嶋さんによると、平潟神社から200mほど南の江戸川河畔には舟運を中継する納屋川岸(なやかし)があり、松戸宿の西側には昭和初期まで江戸川を渡る渡船場もあったそう。
松戸宿の街道沿いには、和菓子店や呉服店など古い商店も健在だ。
最後の将軍がこの地を撮影?
街道を南へ下り、春雨橋からは坂川沿いへ。並木が緑を落とす小川沿いは、歩いていて心地よい。川を泳ぐ亀の親子も気持ちよさそうだ。松戸神社を参拝し、さらに下ると「あなたも慶喜公気分」と書かれた謎の説明板が。詳細を読むと、松戸に弟の徳川昭武が住んでいたことから、慶喜も松戸を度々訪れていたのだとか。説明板では慶喜の撮ったステレオ写真を見ることが出来るので、構図をまねて坂川をパシャリ。
江戸川の逆流防止のために造られた3連アーチの小山樋門(ひもん)が見えたら、そこを左折して坂川とお別れ。歩道橋で常磐線を超え、さらに南の浅間神社へ向かう。標高28mの山丘にある神社は、林に囲まれ落ち着いた雰囲気。この林は、樹木の淘汰が進み、生育に適した植物のみが高木・亜高木・低木など層位ごとに定着した極相林で、県の天然記念物にも指定されているそう。
全国で唯一、一般公開されている徳川家の住居へ
国道6号を渡り、江戸時代中期の創建と推察される矢切地区の神明神社を拝んだら、引き返して、進路を北へ。20分ほど歩いた先にあるのが、徳川昭武の住居だった国指定重要文化財の『戸定邸』だ。
「ここは明治17年(1884)に建てられ、昭武が後半生を過ごしました。特に表座敷の床の間から望む庭園の美しさは、格別ですよ」と学芸員の小川滋子さん。
行く先々で芸術作品が彩る取手
松戸駅まで戻ったら、常磐線に揺られ取手駅へ向かう。千住から数え、松戸宿が水戸街道2つめの宿場なら、取手は5つめ。平成3年に東京藝大の取手キャンパスが開設されたことから、昔ながらの宿場風情とアートが絶妙に混ざり合う街なのだ。駅の東口を降りると、バス1番乗り場の脇にイルカをモチーフとしたアート作品が早速お出迎え。
駅構内の連絡通路を通って西口を出たあと、常磐線と関東鉄道(以下関鉄)の常総線にまたがる四ツ谷橋を渡る。振り返れば、巨大な壁画の前を、関鉄のトリコロールの列車が通り過ぎて行った。
レトロ団地の新たな活用法が斬新
小さな大師堂と不動堂が並ぶ少し手前、サン美容室が建つ曲がり角を左折し、山中坂を下る。やがて見えてくるのが、昭和世代には懐かしい巨大な井野団地だ。この団地の一角には、14年前にオープンした井野アーティストビレッジが。
「若いアーティストのための共同アトリエです。東京藝大と取手市が連携し、UR都市機構の協力のもと、シャッター通りとなっていたショッピングセンターを一棟改修しました」とは同ビレッジコーディネーターの飯野哲心さん。
ビレッジの斜向かいには、自家栽培の米や野菜を買える『やさいINO』がある。秋は新米のおにぎりも100円程度で買えるので、ここで小腹を満たすのもいい。
井野団地から利根川方面に向かう途中、寄り道したのが『ボニーズキッチン』。『やさいINO』の気さくなスタッフに「最近オープンしたんだけど、ハンバーガーがすんごいおいしいの!」と聞いたからだ。アボカドバーガーにかぶりつくと、牛モモ肉100%のパテは赤身のうまみたっぷりだが脂はしつこくなく、ほんのり甘い全粒粉入りのバンズと好相性。店長さんいわく「誰でも食べやすいバーガーを目指して作りました。若い方に加え、この辺のおじいちゃんおばあちゃんも食べに来てくれますよ!」。
渡し舟や本陣通りで往時の風景を想像
埋蔵文化財センターの前庭で、小さな豚のブロンズ像が並ぶ作品『87(はな)』を鑑賞したら、のどかな畑を抜けて利根川沿いの土手へ。ゆったりと流れる大河と歩調合わせるように、解放感のある土手の道をのんびり歩く。遠くには、利根川で運航する小堀の渡しが、水面に白いラインを描いていた。
土手から離れ、取手の総鎮守・八坂神社へ出ると、鳥居前の通りが本陣通り。旧取手宿本陣 染野家住宅もある、宿場の中心街である。なかでも風情を感じさせてくれるのが、『田中酒造店』と奈良漬けの老舗『新六本店』の並び。『田中酒造店』の女将さんによると「お店の前の杉樽は、使わなくなったものを東京藝大の卒業生がオブジェとして再生してくれたの」。
壁画で彩られる常磐線高架下や常磐線西側を歩いたら、取手駅西口に到着。最後に駅ビルのアトレ取手4Fにある『たいけん美じゅつ場 VIVA』へ。アートを通じた文化交流施設として令和元年にオープンし、東京藝大卒業生の作品を展示する東京藝大オープンアーカイブなどで、アート作品にふれられる。
「取手に藝大のキャンパスができて30年。取手で培われた芸術文化を、ここから街の人々や社会に還元できたら」と施設を運営する取手アートプロジェクト事務局の五十殿(おむか)彩子さん。
これにて、松戸と取手をめぐるロング散歩も大団円。ヤンキーが多いという先入観(失礼!)のあった松戸はしっとりとした歴史を感じさせてくれたし、取手がこんなにクリエイティブな街だったとは露知らず。千葉の東葛エリアやお隣の取手の魅力にふれ、この地に住んでることを肯定された気分に。
常磐線沿線に住んでいてさえ新たな発見があった今回の散歩。「駅からハイキング」に参加すれば、江戸川を超えたの先には何があるの?と謎だった常磐線沿線の魅力がどしどし見つかること間違いなしなのだ。
次回は柏・我孫子を激歩するゾ!
取材・文・撮影=鈴木健太