令和の時代に信じられない値段
安さが売りの立ち食いそばながら、最近はかけでも300円前後、天ぷら(かき揚げ)そばは400円前後というのが、ほとんどだ。しかし江戸川区にある『今井橋そば』はかけが230円、天ぷらそばはなんと300円だというから、驚く。
ツユは甘めで口当たり良く、山芋を練り込んだという生麺のそばはツルツルと喉越しがいい。天ぷらは衣が多めのタイプながら、玉ねぎなどの具材はしっかり入っている。普通においしい立ち食いそばなのだ。これが300円でいいのかと、今は令和の時代なのではないかと、食べながら不思議な気分になってくる。
そんな『今井橋そば』は、都営新宿線一之江駅から、だいぶ歩いたところにある。まず一之江駅を出たら、目の前にある今井街道を南東方面に進む。
橋を渡ってそばを食う
しばらく行くと新中川にかかる新今井橋があるので、渡ってずんずん歩く。そして、篠崎街道との交差点を左折すると、年季の入った青い建物が見えてくる。それが『今井橋そば』だ。
『今井橋そば』は篠崎街道沿いの路面店なのだが、この通り沿いは引退した商店がけっこう見られ、これがなかなか趣深い。私が大好物の、街道沿いでかつてにぎやかだったけどいろいろな事情で寂れちゃったエリアの匂いが、プンプンするのだ。店主の古橋さん(御年74歳!)にそのへんの事情を聞いてみたところ、やはり、いろいろあったようだ。
今井街道は篠崎街道で左折せずに直進すると、旧江戸川にかかる今井橋を渡り、南行徳方面へと続く。この今井橋なのだが、できたのは1979年で、それまでの今井橋は少し上流、『今井橋そば』のそばにかかっていたのだ。
当時は現在の今井橋のような高架式ではなかったため、街道と橋の交差点近辺は交通量も多く、店もたくさんあったんだとか。しかし旧今井橋の老朽化などの事情で新しい橋が作られたため交通量が減り、地域住民の高齢化も加わって、だんだんと寂しくなってしまったのだという。が
橋の痕跡を探してみる
そう聞くと、かつての今井橋の痕跡を見つけたくなるのが、人間というもの。残念ながら右岸(今井橋そば側)には、説明書きがあるぐらいだったのだが、対岸の千葉県側に、その痕跡を見つけられた。
再び今井街道に戻り、現在の今井橋を渡って千葉県側に入る。川沿いに走る道を上流に少し歩くと、ちょうど橋があったであろうところに今井橋交番があり、その先が広めの道路として残っていたのだ。後で古橋さんに聞いたところ、やはりここが橋のかかっていた道のようだ。
かつてここには今井橋があって、それを渡ると目の前に『今井橋そば』があったのだ。橋のたもとの交差点。今は別として、当時は商売をするにうってつけの場所だったのだろう。目をつぶると、かつてのにぎわいが浮かんでくる。『今井橋そば』は青い外壁と「立喰そば」と書かれた大きな看板が特徴だが、それも橋を渡る人たちにもすぐ分かるようにとのことだったんだろう。
さて、過去へのタイムスリップから戻り、今度はカレーそばをいただく。カレーは「スパイスカレー? なにそれ?」なおうちカレーで、それをドチャッとそばにかける。そしてそこに、常連客がくれたという、ハゼの天ぷらをサービスで乗せてくれた。淡白な旨みのハゼだけど、カレーが優しめだから、これはなかなか合う。
近隣の人やドライバーさんなど、常連客が主ながら、最近は遠方からわざわざ食べに来てくれるお客さんも多いのだという。なんとも独特な雰囲気、立地は、スキモノにはたまらないのだろう。最近はコロナ禍でお客さんが減ってしまった飲食店も多いが、ここはほとんど影響を受けていないのだという。
一之江の駅前はきれいに整理され、『マクドナルド』や『餃子の王将』などのチェーン店が立ち並ぶ、現代の典型的な郊外駅前風景となっている。しかしそこから橋を渡って15分ほど歩けば、過去の痕跡があちこちに残っている。そして、かつては「ポツンと」ではなかった『今井橋そば』は、今もしっかりと営業を続けている。
『今井橋そば』店舗詳細
取材・文・撮影=本橋隆司(東京ソバット団)