お店のテーマは“飯と酒”。ビルの中、羽釜で米を炊くこだわり

魅惑的という表現が似合う「メグロード」の入り口。
魅惑的という表現が似合う「メグロード」の入り口。

『酒嚢飯袋』は、居酒屋やスナックなどがひしめき合う雑居ビル「メグロード」の2階にある。店内がちらりと見える窓の周りには、ご飯を炊く釜をかたどったデザインが施され、ドアの取っ手もしゃもじ形。2012年にオープンした当時から“飯と酒”をテーマにしている。

お店は階段を上ったらすぐ。
お店は階段を上ったらすぐ。

店名である“酒嚢飯袋”。“酒嚢”はお酒を入れるふくろ、“飯袋”がご飯を入れるふくろで、お酒を飲んでご飯を食べるだけの役立たずといった意味がある。飲酒や食事以外に何もしなくても、その人やその時間には意味があるという気持ちを込めて名付けられた。

昼間の店内は明るい。カウンター席もある。
昼間の店内は明るい。カウンター席もある。

オーナーは富山県の米農家で育ち、料理人になった人物。「ご飯が炊ける匂いを嗅いだら、おなかが減ってくることも日本人らしさだ」と、オープン当時からお米は羽釜で炊いて提供している。山手線の駅から近いビルの中で、羽釜で丁寧にご飯を炊いているという意外性もこのお店の魅力のひとつだ。

お米は粘りが強すぎない北海道産ななつぼしを採用。
お米は粘りが強すぎない北海道産ななつぼしを採用。

2018年まではオーナーが1人で店を営んでいたが、事情があって郷里・富山に帰ることに。一時は店を閉めるつもりだったが、常連客に愛されている店を閉めてしまうのは惜しい。そこで、かつて一緒に働き、信頼を寄せていた後輩に声をかけて、店を任せることになった。その後輩が、現在お店を1人で切り盛りする長谷川大輔(はせがわだいすけ)さんだ。

鮮やかで味わいたっぷりの名物、海鮮わっぱ飯

オーナーが店を開いた2012年からの看板メニューは、羽釜で炊いたご飯を木製の曲げわっぱに入れ、マグロなどの具材を彩りよくのせた海鮮わっぱ飯だ。ランチタイムではおよそ9割もの人が注文し、夜にはお酒を飲んだ後の締めに頼まれることも少なくない。

ご飯の上に刻み海苔、そしてビンチョウマグロのブツ切りをたっぷり。
ご飯の上に刻み海苔、そしてビンチョウマグロのブツ切りをたっぷり。

このメニューは、オーナーと長谷川さんが、かつて六本木のお店で一緒に働いていたころに思いついたもので、何年もかけて現在の形に進化させてきた。

曲げわっぱのお弁当箱にご飯を敷き詰めて刻み海苔を散らし、ビンチョウマグロの刺し身をたっぷりのせる。上から甘辛いタレをかけて、しらす、小さく刻んだいぶりがっこ、しば漬け、ゆでた大根の葉に胡麻を和えたもの、紅生姜を散らして最後に中央にイクラをこんもりと盛り付ける。これが進化を遂げた今の作り方だ。

仕上げにイクラを添えて完成。
仕上げにイクラを添えて完成。

わっぱの中だけでもいろいろな味がするのに、とろろと温泉たまごの小鉢、さらに山椒の入ったミルまでお盆の上に置かれた。

海鮮わっぱ飯(温玉、トロロ、赤だし付)ランチは並1500円。夜は単品で並1540円(価格は取材時の値段。時期によって変更あり)。
海鮮わっぱ飯(温玉、トロロ、赤だし付)ランチは並1500円。夜は単品で並1540円(価格は取材時の値段。時期によって変更あり)。

「わっぱから茶碗によそって、まずはそのまま。その後トロロをかけたり、温玉を混ぜたりして、最後に山椒をふってみてください」と長谷川さん。

鮮やかに盛り付けられた海鮮わっぱ飯。とろりと舌に馴染むマグロ、いぶりがっこのぽりぽりした食感と深みのある旨味、しば漬けの香り、刺激的な紅生姜と、ひとくちごとに違う味わいや食感が楽しい。さらにトロロをかければ喉越しよく、半熟卵をのせればコクもプラス。最後には山椒を挽きかけると香りが広がる。

茶碗によそって食べるので味変しやすい。
茶碗によそって食べるので味変しやすい。

ごはんにかけられた甘辛いタレと山椒のしびれる辛味の組み合わせは、食事の終わりを引き締める。これならお酒のあとでも、完食してしまうこと間違いなしだ。むしろ海鮮わっぱ飯をあてに、もう一杯!?

試したくなる豊かな日本酒と、その日のあて盛り合わせ

日本酒は、誰もが知る有名銘柄から、マニアが泣いて喜ぶようなレアなものまで常時20種類以上が用意されている。

日本酒は770円から。左から東村山『豊島屋酒造』の「屋守」、群馬『牧野酒造』の「MACHO」シリーズ、滋賀『矢尾酒造』の「鈴正宗 Happy」。
日本酒は770円から。左から東村山『豊島屋酒造』の「屋守」、群馬『牧野酒造』の「MACHO」シリーズ、滋賀『矢尾酒造』の「鈴正宗 Happy」。

「ラインアップは産地を限定せず、しっかりボディとかサッパリとか、甘いの、辛いの、いろんな種類のお酒を用意しようと思っています」と、長谷川さん。中には、ラベルだけを見たら日本酒とは結びつかないような、ポップなデザインのお酒も。もちろん、焼酎やワインも用意されている。

夜のメニューは壁に貼られているスタイル。
夜のメニューは壁に貼られているスタイル。

夜のおすすめを尋ねると「メニューを見てもらって、自分の好きなものを選んでもらうのがいちばんです」という返事。常連客の多くが注文するのは、あて盛り合わせ。1人前700円で、寿司店で働いた経験がある長谷川さんが「一貫ずつ程度」と話す、ひと口ずつのおつまみが6〜7種類盛り付けられている。

あて盛り合わせの仕込み中。味付けのうずらや、チーズのスモークも自家製だ。
あて盛り合わせの仕込み中。味付けのうずらや、チーズのスモークも自家製だ。

取材当日のあて盛り合わせは、いぶりがっこ、スモークチーズ、味付けのうずら、りんごとクリームチーズの生ハム、すじこの巻物、つぶ貝の旨煮、かぼちゃのサラダという7種類。いろいろな味がちょっとずつ、しかも自家製のものが食べられるのは嬉しい。

長谷川大輔さん。「SUPPORT」と書かれた額入りのTシャツは、コロナ禍に仲のいい洋服屋さんが作ってくれた宝物とのこと。
長谷川大輔さん。「SUPPORT」と書かれた額入りのTシャツは、コロナ禍に仲のいい洋服屋さんが作ってくれた宝物とのこと。

夜の営業には、日本酒を中心とした居酒屋の雰囲気を楽しめる人に来てほしいそう。それは長谷川さんが調理場から、お酒を飲みながら楽しそうに“中身のない話”をしている人を見るのが好きだから。

昼はおいしい海鮮わっぱ飯、夜は酒のあてを含む飯と酒をお供に、難しいことなしの時間を『酒嚢飯袋』で過ごしたい。

取材・撮影・文=野崎さおり