肉そばの名店が肉そば以外に挑戦
『豊しま江戸川橋店』があるのは、地下鉄有楽町線江戸川橋駅からすぐの新目白通り沿い。『豊しま』はほかに春日と飯田橋にあり、春日店はリニューアルした際に取材をしている。ここ江戸川橋店も、ほかと同じく肉そばが名物で、看板におなじみの「是れはうまい! 関東風肉そば」の文字が書かれている。
肉そば推しだけに『豊しま』のメニューはシンプルだ。甘じょっぱく似た豚肉が豪快にのった肉そばと厚肉そば、天ぷら(かき揚げ)にたぬきときつね、トッピングに玉子といった具合。なにしろ客の大半が肉そばを注文するのだから、それでいいのだ。
ところが、そんな『豊しま』の江戸川橋店が、急に新メニューを増やし始めた。それも大量に。ちょっと読みにくいが、取材時のメニューを書き出してみる。「紅生姜天」「ゲソ天」「コロッケ」「わかめ」「カレーそば」「辛味コチュジャン」「きくらげかき玉(肉あり・なし)」「担々そば」「柚子唐辛子」「ピリ辛鶏ネギ」「鶏皮黒コショウ」「山菜」「鶏おろし」「どて煮」「鴨南蛮」「あさり」の15種類。さらにこれら以外にメニュー落ちしたものもある。驚くなというほうが無理だろう。
これまで『豊しま』に行くとほぼ肉そば一択だったのだが、これは頼まざるを得ない。膨大なメニュー群の中から、きくらげかき玉(肉入り)520円を頼んだ。これを選んだのは、作るのが面倒そうだから。ちょっと性格が悪いが、どこまでちゃんと作るのかなと、本気度を推し量りたかったのだ。
肉そばよりこっちがいい……
ところがこれが驚いた。ツユにきくらげと豚肉を投入し、玉子を入れてかき玉に。さらに水溶きカタクリをまわし入れてと、忙しいのに実に丁寧な仕事。
食べてみても『豊しま』の濃いめツユに肉の旨味が合わさりコク深い味になっていて、玉子のふんわり、きくらげのコリコリが心地良い。そばに絡みまくるとろみもいい塩梅だ。肉そばもうまいのだが、こっちもかなりの完成度だ。次に来たら肉そばより、これを頼みそう……。
新メニューを始めたのは、江戸川橋店スタッフの玉置隆司さん、小原有二さんの2人。玉置さんは今はなき池袋の立ち食いそば店「君塚」で、小原さんは『富士そば池袋西口店』で長く働いてきた、立ち食いそばのベテランだ。
2人が『豊しま江戸川橋店』で働き始めたのは2024年になってから。同年の6月に前任者がやめることになり、2人で店をまわすことになった。『豊しま』といえば肉そば。立ち食いそばのチェーン店もインスパイアメニューを出すほど有名なのだが、それに対し2人はちょっと違和感を覚えたという。
徐々に浸透してきた新メニュー
いろいろなメニューを出していた立ち食いそば店にいた2人にとって、肉そばだけというのは物足りないものを感じたのだ。特に「君塚」は多種多様なメニューを展開していたので、そう思うのは無理からぬことだ。また、江戸川橋店は飯田橋店、春日店に比べて立地条件が劣ることもあり、売上で遅れをとっていた。他のメニューを試してもいいのではないかと、『豊しま』を運営する山崎社長に許可をもらって、新メニューを出し始めたのだ。
ただ、始めた当初は『豊しま』=肉そばという強烈なイメージもあり、なかなか注文が入らなかった。始めたのが夏の時期というのも良くなかったようだ。常連はそもそもメニューを見ずに注文する人も多いので、新メニューが貼り出されていることに気づかなかった人も多かっただろう。しかし、涼しくなるにつれ、状況は変わってきた。肉そばを注文する客が大半なのは変わらないが、新メニューを頼む客が徐々に増えてきたのだという。
それにしてもこの大量さ。かき玉やカレーなど都度調理のものもある。天ぷらも業者から卸しているかき揚げ以外は、店内でフライパンを使って揚げているそうだ。手間が大変なのではないかと聞けば、「ベテラン2人がいれば大丈夫」と、頼もしい言葉が返ってきた。
よほど出ないメニューについては落とすこともあるというが、「これからもなるべく数を保っていきたい」と2人は言う。実はまだ食べていないメニューが、まだまだあるのだ。肉そばに続く名物が生まれることに期待しつつ、とりあえず全メニュー制覇を目指したいところだ。
取材・撮影・文=本橋隆司