オフィスの目の前に角打ちスポットがある不思議なお店
『ノミヤマ酒販』とその名を初めて聞いたとき、思わず「本名ですか?」と店主に聞いてしまった。呑む人が山のように来るのか、はたまた、呑み好きが崇め奉る“山”なのか。そんな想像が湧いてしまったが「許山」と書いてノミヤマと読むという。この名前で酒を取り扱うことになったのも、偶然だった。そう話すのは6代目店主の許山浩平さんだ。
「創業は明治21年(1888)で明治時代は質屋をやるなど日用品も扱っていました。酒販免許を取ったのは昭和の初めのほうなのですが、昭和40年代にお酒とお米に特化していき、僕のおじいさんの代で今のようなスタイルになりました。角打ちの発祥は北九州といわれていて、福岡では角打ちはカルチャーになっていますね。うちは昔、大手のビールや大手の焼酎、日本酒くらいしか置いてなかったんですが、顔の見える小規模の酒蔵と人をつなげたいという気持ちから、小さな蔵のお酒を中心に飲んでもらっています」
おいしいお酒を買えるだけでなく、角打ちでサクッと飲める仕組みが愛され、地元の人たちが集う場所となっているのだ。
さらに許山さんは、酒店としての思いをこう話す。
「店を続けることは経営上、一番大事。ではなぜ、この場所で経営を続けられているのかというと、やはり地元の人に支えてもらってきたからです。そう考えたときに、この街に『にぎわい』を作りたかった。それって酒販店のひとつの業務だと思っています。お酒を売ることで人と人とをつなぐネットワークを広めていきたいんです。現代社会における新しい商店街の形ともいえるかもしれませんね」
角打ちでのイベントが「お祭り」を生み、街に人を呼びこむ
そう話す許山さんは、地域振興にも力を入れている。2024年9月には新しいイベントを立ち上げた。「古賀西口スイング祭り」だ。
「酒屋をやっていると、食と酒、そして音楽は人と人とをつなぐ重要なファクターだと感じています。そして、それがお祭りを開くことにつながっていきました。お祭りは誰もが楽しめて、街全体が盛り上がる。もっというと街を超えてクロスオーバーできる。そういう意味で音楽イベントなら古賀でもできると思いました。わざわざこのベッドタウン、古賀でお祭りをやるということを考えたときに、老若男女、さまざまな人が楽しめるのは“スイング”だったんです」
このエリアにはもともと放生会(ほうじょうや)や、土曜夜市など人が集まるお祭りがあったが、許山さんほか、有志が中心となって新しいお祭りを立ち上げた。そのエネルギーには驚かされるばかりだ。
お祭りを開く契機となったのが、『ノミヤマ酒販』の角打ちゾーンで何度か開かれている「ask me now!」というDJイベントだ。許山さんはこう振り返る。
「常連客の園田さんという方がある日、角打ちでDJをやらせてくれませんかと言ってきたんです。僕自身、音楽は好きでしたがDJが流すような音楽とは縁がなかったので最初は大丈夫かな?と思ったんですよね、パリピみたいな感じだとお店にちょっと合わないので(笑)」
許山さんの懸念はすぐに解消された。「ask me now!」で流れた音楽は、ジャズを中心とした「スイング」。多くの人が心を震わせることができるやさしさを持ち、そしてお酒に合う音楽だった。
「この『ask me now!』をやったところ、古賀の外からも人が来てくれ、今後も続けていこうという流れになった。最初は『お祭り』まで想像できていたわけではないですが、地元でこんなに波長が合う人とイベントが開けたことが、すごくうれしかったんです」
酒店が角打ちにつながり、角打ちがイベント、さらには街をあげての「お祭り」にまでつながった。地方創生という言葉が叫ばれて久しいが、まさにこういう動きこそ、今の日本には必要なのではないだろうか。
「誰かの役に立ちたいという気持ちは酒店の人間としても商店街の人間としてもずっとあるんです。今回のように、お祭りをするには役所とのやりとりなど必要なことも多かった。誰かにとっての説明書になれるとうれしいですね。少しでも、これからの『ローカル』の生き方の参考になれたらいい。ずっとこの街に住んでいる僕のような人も、移住者として新たに古賀に入ってきた人も、本当にいろいろなプレイヤーがいる。みんな違ってみんないいと感じています(笑)」
取材の途中で、DJイベント、そしてお祭りの仕掛け人である園田さんにも話を伺う機会を得た。彼はこのイベントは音楽フェスではなく「お祭り」ということを強調し、さらに「この街に住む人の自己肯定感を少しでも高められれば」と話していた。自己肯定感、なるほどこれもまた、今の時代を考えるための大事なキーワードではないだろうか。その中心に古き良き角打ち文化、そしてお酒があるというのがなんとも素敵だ。
この記事を読み『ノミヤマ酒販』に足を運んでみたいといただけると本当に本望なのだが、一点だけ注意点が。酒店の営業時間も角打ちも19時で閉店なのだ。夜遅い時間に飲めないのは残念!なのだけど、その裏には『ノミヤマ酒販』が酒を卸している飲食店で飲んでほしいという許山さんの思いがある。なんて律儀な人だろう。許山さんは、最後にこんな話をしてくれた。
「きっかけを提供したいという思いが強いんです。誰でも、いろんな人に出会い関わるなかで自分の価値基準が形成されてきたわけですよね。僕は角打ちや酒屋さんという以前に、誰かに何かを提供できる商売をしていきたい。たまたま酒屋なので、お酒を扱っているんですが、それが誰かに届けばいい。だから、店には僕自身がお酒を好きになる“きっかけ”になったお酒がたくさん並んでいるんですよ」
取材・文・撮影=半澤則吉