昭和の風情が色濃く残る江戸前天丼の名店

有楽町と新橋の間の高架下には、レトロな雰囲気の飲食店がたくさん。
有楽町と新橋の間の高架下には、レトロな雰囲気の飲食店がたくさん。

JR有楽町駅と新橋駅を結ぶ高架下のディープなエリアに足を踏み入れると、昔ながらの飲食店が立ち並んでいる。昼時とあってちょうどおなかもすいてきたところで、ガード下で光る“天麩羅”の看板に誘われて店に入ってみることにした。

昼間でもほの暗いガード下に、飲食店の看板の灯りが点る。
昼間でもほの暗いガード下に、飲食店の看板の灯りが点る。

『有楽町 天米』は、1952年に創業した江戸前天ぷら屋。初代店主はかつて神田須田町にあった高級天ぷら店「天米」で修業した職人で、のれん分けされて有楽町に出店。開店からほどなく店主が亡くなり、女将のいとこにあたる川口成一さんが養子となり2代目を継いだ。今なお厨房に立つ成一さんから店を託されたのは三男の敬紀さん。現在は3代目が中心となって、親子で店を切り盛りしている。

職人歴50年以上の成一さんが揚げる天ぷらは絶品!
職人歴50年以上の成一さんが揚げる天ぷらは絶品!

10年もの間さまざまな日本料理店で経験を積んだ敬紀さんは、29歳の時に店に入り、老舗の味を受け継いだ。

「江戸前天ぷらの流儀は諸説ありますが、新鮮な魚介をごま油で揚げた天ぷらを“江戸前”と呼んでいます。うちは天丼の場合、天ぷらを丼つゆにさっとくぐらせて盛り付けるので、サクサクした衣ではなく、しっとりした食感の天ぷらをお楽しみいただけます」と敬紀さん。

何十年も注ぎ足されてきた丼つゆは創業当時から変わらぬ味。この店の天丼目当てに長らく通い続ける客も少なくない。

カウンターは6席。ガラス越しに職人技を見ることができる。
カウンターは6席。ガラス越しに職人技を見ることができる。

敬紀さんが店に入ってから、メニューのバリエーションが増えた。毎朝、豊洲で新鮮な魚を仕入れ、ランチでは定番の天丼、天茶漬けのほか、曜日限定で天ぷらと刺し身の定食を提供。夜も天ぷらだけでなく、焼き魚や小料理など、晩酌にうってつけのメニューがそろう。

さて、今日のランチは何をいただこう。

ランチメニューは1000円~。数量限定のサービス定食は火・木・金のみの提供。
ランチメニューは1000円~。数量限定のサービス定食は火・木・金のみの提供。

独特のしっとり感がたまらない天丼にドハマり!

数ある天丼の中から今回選んだのは、かき揚げ・エビ・キス・野菜1種がのった天丼1200円。

ランチにはすべて小鉢・みそ汁・お新香が付いている。
ランチにはすべて小鉢・みそ汁・お新香が付いている。

蓋付きの丼だと、なんだかテンションが上がる。蓋付きにしている理由をうかがうと、「丼がなるべく冷めにくいように、昔から蓋付きでお出ししています。ちょっと蒸らしてから食べたいというお客さんもいて、それぞれお好みで楽しんでいただいています」とのこと。

早速、蓋を開けるとごま油の芳醇な香りがふわっと立ち上がる。この日の野菜はナス。

丼の蓋を開けると、ほどよく蒸された天ぷらがお目見え。
丼の蓋を開けると、ほどよく蒸された天ぷらがお目見え。

衣は丼つゆがしみしみで、見るからにしっとりしている。また、衣の付き具合が絶妙で、口の中でふわり&ほろりとほどける感じがいい。エビやキスの食感も良く、成一さんの熟練の技が光る。

かき揚げの具材は、イカと小エビ。このかき揚げがまたしっとり衣にマッチしていて、白飯といっしょにかっこみたくなる。

かき揚げにはプリプリの小エビとイカがた~っぷり。ボリューム満点で大満足!
かき揚げにはプリプリの小エビとイカがた~っぷり。ボリューム満点で大満足!

丼つゆは甘すぎず辛すぎず上品で、さすがは名店の味。このつゆがしみたご飯、いくらでもいけてしまう!

粒立ちのいいツヤツヤのご飯。ランチタイムは大盛り無料。
粒立ちのいいツヤツヤのご飯。ランチタイムは大盛り無料。

ご飯がおいしい理由は、2升釜で少なめの量の米を炊いているから。1升分ちょっとくらいの量で炊くと釜の中で米が踊り、ふっくら炊くことができるそうだ。ややかために炊き上がるように水加減を調整し、しみしみ衣の天丼にピッタリのかたさに仕上げている。

開店当時から使用している年季の入った2升釜。昼時は2~3回ご飯を炊くのだとか。
開店当時から使用している年季の入った2升釜。昼時は2~3回ご飯を炊くのだとか。

「常連さんに、『おこげありますか?』ってリクエストされることもあって、よほどおいしいんでしょうね」と話すのは敬紀さんの母・安子さん。

油っぽさやしつこさはまったく感じられず、最後までおいしくいただけて大満足! 食べ終えたあとも口の中がしあわせだ~♪

客が愛してやまない昭和レトロな雰囲気と家族の人情味

「繫盛期はものすごい数の天丼の注文が入って、丼つゆが底を突きてしまいそうなくらいだったんですよ」そう言って、昭和の時代を懐かしむ安子さん。3人の息子を育てながら50年以上、女将の役目を担ってきた。

(後列左から)川口敬紀さん、成一さん。(前列左から)敬紀さんの息子・英幸さん、安子さん。
(後列左から)川口敬紀さん、成一さん。(前列左から)敬紀さんの息子・英幸さん、安子さん。

もともと看護師だった安子さんは仕事が大好きで、病院で働き続ける気満々だったそうだが、「ここにお嫁に来たら、ずっと店に立つようになって。主人にだまされたんですよ」とうれしそうに笑う。

安子さんの出身地である鹿児島からも客がやってくるそうで、志布志市長もこの店のファンだとか。「地元のローカルテレビで紹介された時は、親族や友人がとても喜んでくれましたね」。

店の奥にはテーブル席が4卓。入り口からは見えないが、店内は意外に広い。
店の奥にはテーブル席が4卓。入り口からは見えないが、店内は意外に広い。

しっとり衣の天丼とアットホームな雰囲気で、多くの人を虜にし続けている『有楽町 天米』。長らくこの地で営業し続けてきたが、一時は立ち退きの話が持ち上がったこともあったという。

「数年前に高架橋の補強が行われることになったんですが、ここは運よく大工事をしなくて済んだんです。お客さんには『今の雰囲気じゃなくなっちゃうと落ち着かない』って言われてたんで、本当によかったです」と敬紀さん。客がそう言うように、この昭和レトロ感はめちゃくちゃ居心地がいい。

6人掛けの掘りごたつもある。店内に飾られた熊谷守一の絵画は必見。
6人掛けの掘りごたつもある。店内に飾られた熊谷守一の絵画は必見。

味も店も人情味も何ひとつ変わらぬまま、ずっとこの場所にあり続けてほしいと願ってやまない。次回は鹿児島の焼酎で天ぷらをいただくとしよう。

住所:東京都千代田区有楽町2-1-10/営業時間:11:30~14:00・17:00~21:00LO/定休日:土・日/アクセス:JR・地下鉄有楽町駅から徒歩5分、地下鉄日比谷駅から徒歩4分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ