大正時代創業の老舗定食屋へ

オフィスビルや商業施設が立ち並ぶビジネス街・有楽町。駅の高架下には赤提灯が目印の飲み屋街がある。有楽町の東側は銀座の繁華街、西側には劇場や映画館が軒を連ねる日比谷があり、有楽町周辺はいわば大人の街だ。

有楽町駅と接続する日比谷駅を出て、高架沿いから細い路地に入ってすぐの場所に、定食屋『お食事 いわさき』がある。店名が記された看板や軒先テントなどからレトロな雰囲気が漂い、引き戸の先は昭和の大衆食堂そのもの。

高架のすぐそばの路地にある。この一帯だけノスタルジックなたたずまいだ。
高架のすぐそばの路地にある。この一帯だけノスタルジックなたたずまいだ。

同店は大正9年(1920)に、有楽町のガード下で24時間営業のおでん屋として創業した。昭和7年(1932)には、いまは『ザ・ペニンシュラ東京』がある場所に第2号店をオープン。現在の場所に移った1947年以降、ここで営業を続けている。

こぢんまりとした店内は趣たっぷり。障子には「キャッシュ・オンリー」の貼り紙も。
こぢんまりとした店内は趣たっぷり。障子には「キャッシュ・オンリー」の貼り紙も。

「定食屋になったのは、ここに来たときから。当時はおでんと茶飯もやっていたし、寿司もやっていたんだよ。寿司はちゃんと板前を入れて、店の隅にカウンターつくって。フライだけじゃメシ食っていけないから、いろんなものをやっていた」

そう語るのは、3代目店主の岩崎博茂さん。昭和17年(1942)生まれで、80代になったいまでも厨房に立つ、熟練の料理人だ。

厨房に面したカウンター席の周りに、店の歴史を物語る写真や、お品書きの札が並んでいる。
厨房に面したカウンター席の周りに、店の歴史を物語る写真や、お品書きの札が並んでいる。

現在、同店は博茂さんと妻・君榮さん、そしてご夫妻の娘さんたちの計4名で切り盛りしている。客席はテーブルとカウンターを合わせて15席ほどだが、ランチタイムの客は後を絶たない。それを家族ならではのチームワークでさばいていく様子が、これまた昭和的で親しみが湧いてくる。

料理人としての長年の勘が、唯一無二の味を生む

現在『お食事 いわさき』が営業しているのはランチタイムのみで、メニューは定食が中心。お得な日替り定食750円をはじめ、とんかつ定食1100円や、さば塩定食900円など、10種類以上ある。揚げ物も焼き魚もおすすめということだが、今回は同店の名物的なメニュー、かつ丼セット950円を注文。その調理工程を見せてもらった。

豚肉にバッター液(卵、水、小麦粉などを混ぜたもの)を絡ませてから、パン粉をまぶしていく。
豚肉にバッター液(卵、水、小麦粉などを混ぜたもの)を絡ませてから、パン粉をまぶしていく。

まず、ほどよい厚みの豚肉を、卵や小麦粉などを混ぜたバッター液にくぐらせる。パン粉をまんべんなく付けたら、フライヤーへIN。揚げ油はサラダ油や天ぷら油ではなくラードで、これがこってりとしたコクのある味わいを生む。揚げる時間は、博茂さんの感覚らしいが、だいたい2、3分。

パン粉をまとわせたお肉をフライヤーに、ポンッと投げ入れる博茂さん。流れるような手さばきだ。
パン粉をまとわせたお肉をフライヤーに、ポンッと投げ入れる博茂さん。流れるような手さばきだ。

カツと平行して、取っ手が付いた親子鍋に割り下(タレ)を準備する。タレは「企業秘密」とのことだが、「数こなしているから、だんだん煮詰まってきて、おいしくなる」という。

カツを揚げているあいだに、親子鍋にタレを用意。具材のタマネギを入れて加熱しておく。
カツを揚げているあいだに、親子鍋にタレを用意。具材のタマネギを入れて加熱しておく。

カツが揚がったら、細すぎず、太すぎない、絶妙な幅にテンポよく切り分けていく。すでにいい香りが漂っており、見ているだけでおなかがすいてくる。

カツが揚がったら、食べやすいサイズにカット。カツを切る音から、衣のカラッとした感触が伝わってくる。
カツが揚がったら、食べやすいサイズにカット。カツを切る音から、衣のカラッとした感触が伝わってくる。

カットしたカツを先ほどの親子鍋に並べてフタをし、2分ほど煮る。こちらも揚げ時間と同様に、博茂さんの長年の勘が頼り。実際、キッチン周りにタイマーは見当たらなかった。

カットしたカツをタレの入った親子鍋へ投入。フタをして2分ほど煮込んでいく。
カットしたカツをタレの入った親子鍋へ投入。フタをして2分ほど煮込んでいく。

頃合いを見て溶き卵をまわし入れ、三つ葉を加えてから、さらに火を通す。ここまでくれば、あとは盛り付けるだけ。

頃合いを見て溶き卵を加え、てっぺんに三つ葉を添えて、さらに煮込めば出来上がり。
頃合いを見て溶き卵を加え、てっぺんに三つ葉を添えて、さらに煮込めば出来上がり。

盛り付けは、うな重のような四角い器に。見ればご飯の上に海苔が敷いてある。てっぺんに刻み海苔を盛ったカツ丼はよくあるが、のり弁のようなこのスタイルは、ちょっと珍しいかも。その海苔の上に出来たてのカツ煮を盛り付ければ完成だ。

かつ丼セットには、味噌汁とお新香が付く。ラードで揚げた昔ながらのカツは、食べ応えあり!
かつ丼セットには、味噌汁とお新香が付く。ラードで揚げた昔ながらのカツは、食べ応えあり!

さっそくカツ煮を1切れ頬張る。衣はサクッと軽い食感で、玉子はとろとろ。内側のお肉は適度に弾力感があり、噛むと旨味と甘みがあふれ出す。そして甘辛く濃厚なタレの風味で口の中が満たされていき、とにかくご飯が進む。また、奥深く重厚感のある味わいを楽しめるのは、ラードで揚げているからこそ。おなかをすかせたビジネスパーソンも大満足に違いない。

お肉の柔らかさと、甘辛い濃厚な味付けがたまらない。
お肉の柔らかさと、甘辛い濃厚な味付けがたまらない。

ちなみに同店のカツ丼には、“ワカレ”なる裏メニューも存在する。ワカレは、カツ煮とご飯を別々に盛り付けたもので、常連客のリクエストによって生まれたのだとか。カツ丼が気に入ったら、次はワカレを注文してみるのも一興だ。

長年の常連客のため生涯現役を貫く岩崎さんご夫妻

料理人としての豊富な経験に裏打ちされた勘をもとに、日々厨房で腕を振るう博茂さん。てっきり幼い頃から料理の道を志していたのかと思いきや「親父がぶっ倒れたから仕方なくやってんだよ」と笑う。

博茂さんが『お食事 いわさき』の3代目店主になったのは1959年、なんと17歳のとき。妻の君榮さんは、その当時からここで働いており、博茂さんが20歳、君榮さんが22歳のときに結婚した。姉さん女房ということもあり、実質的には君榮さんがお店を切り盛りしていたようなものだったという。

店内に飾られているモノクロ写真の1枚。いまの場所に移転した1947年当時は、おでんやお寿司なども出していた。
店内に飾られているモノクロ写真の1枚。いまの場所に移転した1947年当時は、おでんやお寿司なども出していた。

「仕方なくやっているから、いい加減で、商売ヘタなのよね」と君榮さんは言う。「でもね、お父さんがここを継いだばかりの頃、お客さんに『今日のカツ丼、ちょっと甘いよ』って言われてね。すごく落ち込んじゃって、かわいそうで見ていられなかった」。君榮さんは博茂さんにとって、苦楽を共にしてきた最良のパートナーだということが、ひしひしと伝わってくる。

そんな岩崎さんご夫妻に会うために同店へ通う、数十年来の常連客は多い。だからこそ、お2人は「ボケ防止のため」と冗談を飛ばしながら、生涯現役を貫いている。

3代目店主の岩崎博茂さん(右)と君榮さん(左)。多くの常連客に愛されている、仲良しご夫妻だ。
3代目店主の岩崎博茂さん(右)と君榮さん(左)。多くの常連客に愛されている、仲良しご夫妻だ。

「いまでも仕事をイヤだと思ったことない」と君榮さん。「毎日がホントに楽しい。いろんな人に尽くしているから(笑)。楽しくやらないとケガしたり、病気になったりするのよね」。

口数は少なめだけど、にこやかで心優しい博茂さんと、陽気で人懐っこくてイケメンが大好きな君榮さん。お2人には、これからも仲良く元気にお店を続けてほしいと思う。書きたかったエピソードはまだまだあるのだが、最後はとくに印象的だった君榮さんの言葉で締め括りたい。

「このあいだ、七夕に書いたのよ。『夫婦でずっとお仕事を続けられますように』って」

住所:東京都千代田区有楽町1-6-9/営業時間:11:00~14:00/定休日:土・日・祝/アクセス:JR・地下鉄有楽町駅、地下鉄日比谷駅から徒歩1分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純